第40話 ポータルゲート

 メシャァッ!


 「えっ!?」


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 舷側の前側に船員の出入り口らしきドアを見つけたので、そこのドアノブへ手を伸ばしただけなのだから。

 そうしたら、ドアが周囲の壁ごとひしゃげたのだ。

 そう、まるでアルミホイルででも出来ているみたいな、それを潰してしまった位の感触だった。

 周囲の構造材とか鉄板とかが、まるで巨大なプレス機で押し潰されたみたいにペラペラになってしまっている。

 壁の内部に配線されていたであろうケーブルは切れて火花を散らしているし、何かの配管からは白いガスが吹き出し、潰れた箇所と無事な部分との境界あたりからは、破壊的応力の差から来るのかギシギシという軋み音が聞こえる。


 「ちょっと何よこれっ?」


 私は咄嗟に飛び退った。

 まるで人の家に遊びに行って、うっかり棚の上に置いてあった高価そうな置物を落として壊してしまった様な居た堪れなさを感じたからだ。

 ミサイルを撃って来た相手にそんな事を感じる必要は無いのかもしれないけど、自分の意志でわざとやったというよりも、ついうっかりやってしまったという事で、無意識に後ろへ逃げてしまっていた。


 次の瞬間、甲板上に有った白い円筒形のドームがくるりとこちらを向き、猛烈な勢いで弾丸を発射し始めた。



 ◇◇◇ ◇◇◇



 「攻撃を受けました! アクティブ防護システムAPSが作動します!」

 「なんだと!?」


 艦内は緊張に包まれた。

 しかし、シェスティンだけはやれやれという感じで眉間を押さえて首を振っていた。


 「大人しく待っていなさいと言ったのに、あのは全く……」



 ◇◇◇ ◇◇◇



 弾丸の発射音は、まるで雄牛の咆哮の様に連続した音となり、弾丸はあたかもホースで水を撒くかの様に一本の筋となって飛んで来る。


 しかし、私の正面から飛んで来たその弾丸は私の元まで到達しなかった。

 妖精ジニー達が絶対障壁バリアーを張ってくれた訳では無い。

 私の前方数センチの辺りまで近付いた弾丸は、先端から粘土の様に潰れて行き、大きなメダルの様な形に成ってバラバラと下へ落下して行くのだ。


 「これって、ヴィヴィアンが何かやってるの?」

 「うーん、やっているっていうか、今、重力飛行中で自由落下しているって状態に居ると説明しましたよね? そのせいです。」


 意味が分からないよ。

 重力飛行すると防御も勝手に付いて来るの? お得だね!


 「つまりですね、飛行中は直線に墜落している状態な訳です。方向転換する時は、体の投影面積の分だけの空間を曲げて地球から見た目のベクトルを変更しています。物理的に進行方向を曲げると横方向に余計なモーメントが発生して、また気絶してしまう事に成ってしまいますから。」


 だそうだ、ますますもって意味が分からない。

 要するに、魔法で空間的な方法で方向転換しないと、遠心力が発生して押し潰されてしまうって事か。

 減速や停止も物理的に行っている訳ではなくて、進行方向の空間を超圧縮して見た目に移動していない様に見せかけているのだとかなんとか…… だから私の体的にはマッハの速度で常に落下中なんだって。

 川の上流へ向けて泳いでいるけれど、岸から見たら進んでいない様に見える状態って事だね。


 「そこまでは前に聞いた気がする。正確には理解出来ていないかもしれないけど…… でもそれと弾丸が私に届かないで勝手に潰れるのはそれとどう関係があるの?」

 「それは、私達の前方数センチが、数十キロ分の空間を超圧縮したものだからです。空間自体を圧縮しているので、そこへ突入した物質は例えダイヤモンドだろうとタングステンだろうと、物質の種類に関わらず全て押し潰されてしまいますよ。」


 船の扉が潰れたのはそのせいか。


 「私達は潰されないの?」

 「私達はその外側、超圧縮空間が解かれて超高速で流れている空間の内部に居ます。体積は変化していないので潰される事はありません。」

 「ふ、ふぅん…… 凄いじゃん。バリア要らずじゃん。」

 「ただし、横方向から攻撃されると当たりますよ。」


 なんだと! 横方向の防御力はゼロなのか! ア○ラ100%かよ。


 「移動と回避と防御は私が上手い事やりますから、ドロシーは気にしなくて大丈夫ですよ。」


 移動と回避と防御をやって貰ったら、私もうやる事ナッシングですよ?

 横方向が怖いから、絶対障壁でも張っておこうっと。

 もうね、人が運転する車の助手席に乗ってるだけみたいな状態ですよ。


 円筒形の装置からは依然弾丸が吐き出され続けているのだが、その装置の追尾よりもヴィヴィアンの飛行の方が速いらしく、飛び続けていれば全然弾丸は私の元へは飛んで来なく成ってしまった。

 やがて、装置は弾丸を打ち尽くしてしまったのか、それともこれ以上撃ち続けても弾の無駄だと思ったのか、カラカラと空回りをして停止してしまった。


 そんなこんな事をしている内に、陸地の方からこちらへ向けて戦闘機が飛んで来るのが見えた。

 スクランブル発進ってやつかな?

 遥か遠くの方にはブルー・グレーの船が何隻か近付いて来ているっぽい。

 あれって海軍の船だよね?

 領土にミサイル打ち込まれておいて今頃出てきたのか。

 あ、でも、あれから2~3分しか経っていないのか、速い方かな?


 この船、米軍相手にどうするのかなーって見ていたら、船の側面のハッチがスライドし、巨大なアーチ状のフレームが出て来た。

 そのフレームには何本ものケーブルなのかホースなのか分からないけど、チューブ状の何かが何本も繋がっている。

 フレームが舷側から横方向に突き出すと、次のフレームが繋がり、それを繰り返して何本かのフレームが繋がって巨大なサークルが出来上がった。


 私はこれに見覚えが有った。

 そう、シェスティンさんの研究所の地下で見せて貰った転移門ポータルゲートだ。

 でもあれって、まだ未完成だったはずじゃ……

 しかも、稼働させるには巨大な電力エネルギーが必要って言っていたよね。


 「大型の原子炉を積んでいる様ですね。」

 「えっ? マジでこれ作動するの?」


 巨大なサークルは垂直に立ち上がり、ケーブルを通じて電力が供給されるとあちこち火花が散り、内部がプラズマ発光し始める。

 呆気にとられて見惚れていると、サークルの内部は虹色のモヤの様な出来始めた。

 それはシェスティンさんの空間扉の内部と似た感じだった。


 「まさか、本当にこれを潜るつもりなの? 船ごと?」

 「そのまさかの様ですよ。」


 船はゆっくりと前進し始め、そのサークルを潜って行く。

 船首が完全に虹色の空間へ入ったが、サークルの反対側からは突き出していない。

 本当に転移門ポータルゲートの様だ。


 やがて船は半分が虹色の向こう側へ入り、全部が向こう側へ行ってしまった。

 この転移門は残していくのかと思ったが、船の全身が全部向こう側へ行ってしまう直前にケーブルで繋がれた何かの部品を引き抜いて持って行ってしまった。

 多分、この装置のコアとなる部分を回収して行ったのだと思う。

 リングの中の虹色の空間は消え、向こう側の海が見える。

 もうちょっと近寄ってよく見てみようとしたら、いきなりリングの各部が爆発し始めた。


 「あー、びっくりしたー!」


 鹵獲されて相手に再利用されない様に壊して行ったな?

 魔法での空間扉と違って、機械的に再現した転移門ポータルゲートは、入口と出口に装置を設置する必要がある。

 これみたいに緊急で逃げるのに使った場合、入口側の装置は残して行くしか無いので、敵に渡したくなければぶっ壊して行くしか無いのだろう。

 これ1基建造するのに幾ら掛かるのか知らないけれど、こういう使い方するにはコスパ悪すぎるよね。

 彼奴等の組織ってどんだけ金持ちなんだか。


 そんな事を考えていたら、米軍の戦闘機が私の頭の上を通過した。

 怒られる前に逃げちゃおうっと。




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