第39話 敵の船

 「司令、ミサイルは建物の上空で爆発してしまった模様です。」

 「想定内だ。どうせあの婆さんが魔法で何かをしたのだろう?」

 「偵察機からの映像来ます。」


 目の前のスクリーンには、時間が巻き戻された直撃から少し前の飛行中のトマホークミサイルを追尾する望遠カメラの動画が映し出された。

 ミサイルはシェスティンの研究所を目掛けて海面上を飛行して行く。

 しかし、研究所の手前の空中で突如爆発してしまった。

 一見すると迎撃された様にも見えるが……


 「その部分の映像を拡大してみろ。」


 映像は巻き戻され、爆発する瞬間の前から始まる。

 ミサイルはやはり空中で爆発する。

 更に爆発地点を拡大すると、画像はかなり荒いが黒衣の人物に衝突した様に見える。


 「うそだろ!?」


 画像を操作していた人物がそう声に出した。

 対地巡航ミサイルの直撃を受けて無事な人間なんて居るのか? という感情が現れている。

 魔法使いはミサイルも防ぐのか?

 しかも、爆炎は途中で拡散を止め、逆回しの映像の様に1点に向かって吸い込まれていってしまった。


 「あいつか……」


 司令と呼ばれた男は、その黒衣の人物に見覚えがあった。


 「飛行物体がこちらへ向けて移動開始。早いです! マッハ17! 弾道ミサイル並みの速度です!」

 「対空ミサイル発射!」

 「えっ? 相手は人ですよ!?」

 「丁度良い、魔法使い相手に現代の兵器がどれ程効果が有るのか、データを取ろう。」


 沖を航行中の一般船舶に偽装された大型船の甲板のハッチが開き、一本の細長い艦対空ミサイルが発射された。

 一人の人間に対して、1本数十万ドル(数千万円)もするミサイルを撃たなければ成らないなんて、コスパが悪すぎるだろう。

 しかし、各国が魔法使いに対して恐れている理由を知れば、数十万ドル程度で屠れるなら安いものなのかもしれない。

 なにしろ、銃弾を防ぎ、音速以上の速度で飛び、密閉空間だろうと自在に侵入が可能なのだ。

 そして、今まさに巡航ミサイルの直撃にも耐えてみせた。こんな兵器が敵の手に幾つもあったらたまったものではない。


 「兵器ではないのじゃがのう……」


 モニターを凝視している兵士の後ろから掛けられた声に全員が振り返った。

 そこに立っていたのは、シェスティンだった。

 兵士達はすぐさま銃を抜いて、その銃口を彼女へ向けた。

 しかし、彼らは内心思っていた。『どうせ銃なんて通用しないんだろうなー……』

 訓練された動作が、頭が考えるよりも早く体を動かしてしまったというところだろう。


 司令官の男が手で銃を下ろす様にというジェスチャーをすると、兵士達は安堵した様に銃を下ろし、安全装置を掛けてホルスターへ仕舞った。

 司令官は、下ろせとだけ指示したつもりだったのだが、全員が銃を仕舞ってしまったのでため息をついた。

 この婆さんは此処で暴れたりはしないだろうし、銃を撃ったところで跳ね返されてしまう。

 かえって跳弾が人に当たったら危ないし、高価な電子機器を壊したら事だ…… と皆が考えてしまったのだろう。


 この仕事に就いている人間は、皆例外無くこの婆さんの危険性を熟知している。

 そして、実際に対面してしてしまった場合のその手におえなささも知ってはいるのだ。


 しかし、その魔法は喉から手が出る程欲しい。

 あわよくば科学的に分析したい。

 一国に独占させたくはない。

 自陣営側に引き込みたい。

 自分側に無いのであればぶっ壊してしまえ。

 そんな諸々の考えを持つ人間は全ての組織に一定数居る。

 ミサイルをぶっ放したこの船は、ぶっ壊してしまえ派なのかもしれない。


 全く迷惑な婆さんだ。

 存在しているだけで世界の脅威なのだ。

 懐柔も脅迫も聞かない、金銭でも動かせない、っていうか、この婆さんより金持ちって居るのか? 地位も名誉も興味無いときた。天涯孤独の身なので、身内から搦め手で攻める事も人質に取る事も出来ない。

 どんな薬も効かないし、物理的に閉じ込めておく事も不可能と来た日にゃ、どうすれば良いのか逆に教えて欲しい位だ。

 もうね、お手上げですよ。バンザーイってなもんだ。


 「どうやって……」


 『どうやって此処へ来た』と言い掛けて、男は続きを言うのを止めた。もう、聞くのすら馬鹿馬鹿しい。

 この婆さんに『何故』とか『どうやって』とかの質問は無意味だと知っていたからだ。


 空を飛んだり手も使わずに物を動かしたりはまだ良いとしよう。良くないけど。

 しかし、空間転移は駄目だろう。そんなものが存在していては、この世界の何処にも安全な場所など無くなってしまう。

 地中貫通爆弾バンカーバスターみたいな特殊な物を用意しなくても、地下1000メートルに掘られた地下壕にだって普通の爆弾をお届け出来てしまう。

 海底深くに潜った原潜だろうと宇宙空間に在る地上攻撃用の軍事衛星だろうと同じ事なのだ。

 国の指導者がどんな頑丈なシェルターに隠れて居ようと身を守る事が出来なくなってしまう。


 『駄目だろう、転移魔法。』軍関係者は皆そう思っている。

 この艦橋ブリッジ内に居た、魔法を実際に見た事の無い半信半疑だった者達も今はそう確信した。

 現にこの婆さんは、外部の攻撃から厳重に守られた、密閉されたこの艦橋ブリッジ内に難無く侵入して来たのだから。


 「ふっ、婆さんの自慢の愛弟子の事が心配に成らないのか? ミサイルは既に発射された。」


 男はこの婆さんを目の当たりにして沈鬱な雰囲気に支配されていた兵士達に、わざと聞こえる様に敢えて声に出して質問した。

 内心無駄な質問に思えても、どんな小さな針の穴程の取っ掛かりでも良いから見逃さないと言うつもりで、この婆さんの心にほんの少しの漣でも立てられれば攻略の手がかりを掴めるかも知れない、そういう思いで男は言葉を投げかけたのだ。


 「あの娘なら心配は要らないよ。あんな遅いミサイルに当たるもんかね。」


 しかし、シェスティンの返事は非情だった。

 男は落胆した。魔法使いって連中は全く……


 チュドーーン!!


 「直撃しました!」

 「「ええっ!?」」


 レーダー係の声にシェスティンと男は同時にモニターへ振り返り、同時に驚きの声を上げた。


 「「うそでしょ!?」」

 「真正面から直撃しました。避けられなかった様子です。」


 二人も命令口調では無く、最早日常会話である。

 二人共、あのUFOの様な動きで華麗にミサイルを避けると信じて疑っては居なかったのだが、まさかの直撃。

 しかし、煙が晴れるとそこには何事も無かった様な黒衣の少女の姿が在った。


 「ぶはっ! もう! ちゃんと避けてよ、ヴィヴィアンー!」

 「あの程度は避ける必要も無いと思ったものですから…… 思ったより煙で視界が遮られましたね。」


 他心通テレパシーでその呑気な会話を聞いたシェスティンは、安堵のため息を吐いた。


 「ま、まあそりゃあそうよのう…… トマホークの直撃にも耐えたのじゃから。」


 その言葉に艦橋ブリッジ内の複数の兵士が、複雑な顔でシェスティンに注目していた。


 ドロシーはミサイルを発射した船を見つけ、すうっと近付いて行ったが、意外にもそれ以降の攻撃は受けなかった。


 『--ねえ、シェスティンお婆ちゃん、この船の中に居るんでしょう?--』


 ドロシーは、船の中に居るであろうシェスティンに他心通テレパシーで呼びかけてみた。


 『--ああ居るよ、今こいつらと大事な話が有るから、ちょっと外で待ってておくれ。--』


 シェスティンから返事が有った。

 しかしドロシーは、しばらく外で待って居たのだが、たった2~3分で退屈になり、すっと甲板の上スレスレまで降りると、船の中を見てみようと何処かに入り口は無いかと見回し、舷側にドアらしきものを見つけてそこへ近寄った。




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