第38話 茶々

 私も肌感覚でシェスティンさんが来る方向は察知出来ていたんだと思う。

 だけど、それを頭で理解する前にヴィヴィアンが回避行動をしてしまい、結果何も起こらない為に原因と結果が結び付いていなかったのだ。


 だけど今、理解した。

 肌がピリピリする時、そこにあの人は居る。

 だから、そこに魔法を置いておけば向こうから当たってくれるはず。


 多分、私が察知出来るのは、0.1秒前とか、いやもっと短いのかもしれない。

 魔法を命令して発動するまでの時間の方が全然長い。

 つまり、察知してから魔法を撃とうとしても間に合わないのだ。

 じゃあ、どうしたら良い?

 予め魔法を命令しておいて保持したまま発射しないで、ここぞというタイミングで発射する? そんなブログの予約投稿みたいな事出来るのかなー……


 「まあいいや、試しにやってみよう! 電撃、発射しないで待機!」

 【Roger(了解) スタンボルト 発射待機】

 「あ、出来るんだ。」

 【どういう意味ですか?】

 「いや、出来ないのかも知れないと思って言ってみたんだけど、出来るみたいでホッとしたの。」

 【ドロシーのイメージ出来る事は大体出来ます。】


 凄いじゃん、私の道具に入っている妖精ジニーは、皆優秀だ。

 私は両手をグロー放電させたまま、UFOの様な動きで逃げ回り、タイミングを見計らう。

 静止状態からゼロ秒で最高速度まで加速し、速度を落とさないで直角に曲がったり反転して後ろへ飛んだり、ゼロ秒で最高速度から停止したり、本当にUFOみたいな飛び方をしている。

 まるで、音速ジェット戦闘機vsUFOだ。

 3次元空間内では私の機動力の方が勝っているんだけど、シェスティンさんには瞬間移動が有るのでほぼ互角だ。

 お互いがお互いの体にタッチしようと空の上で複雑な攻防が繰り広げられている。


 ちらっと見えたけど、研究所の屋上でDDとピートが私達の鬼ごっこを見物しているのが見えた。

 多分、この動きには付いて行けなさそうだと判断して、ギャラリーに成りきっているみたい。


 「ドロシー、お前のその飛行術は浮上術フローターでは無いね?」

 「正解よ、シェスティンお婆ちゃん。私の重力飛行のアイデアをヴィヴィアンが実現してくれたの。」


 私の飛行は重力を使った落下なので、時間が経つ程加速して行く。

 既に速度はマッハ15を優に超えていると思う。

 さっき、停止したり加速したりと言ったのだけど、実は止まっている様に見える状態の時でも、空間を湾曲させて進行方向の空間を圧縮しているだけで、常に落下中なのだ。

 なので、落下中の私は常に無重量状態の中に居る為に三半規管が仕事をしてくれないので、平衡感覚を視覚に頼るしか無くて、慣れるまで結構大変。ちなみに、未だ慣れていない。

 でもそんな事は言ってられない。この勝負に勝たないとヴィヴィアンが消滅させられちゃう。


 「如何に優れた飛行術でも、何時までも逃げ回っているだけでは捕まるのも時間の問題じゃぞ?」

 「そろそろ反撃させてもらうわ。」


 私の意思を読み取って、ヴィヴィアンは動きを更に複雑にし始めた。

 ジグザグに飛んだり、上へ行ったり下へ行ったり、前後左右に飛んだりとめまぐるしく動き始めた。


 「エロロエロエロエロロー……」


 吐いた。

 酔う、これはヤバい。


 「ドロシー、視覚だけで位置を確かめようとすると酔いますよ。目を閉じて魔導サーチに切り替えてください。」

 「魔導サーチ? 魔法の空間サーチの事? 肌がピリピリする感覚だけなんだけど……」

 「今はそれだけに集中して下さい。シェスティン様を捉えたら、魔法発射。」

 「そ、そうか、余計な情報をシャットアウトするわけね。」

 「そうです。魔法を当てる事だけに集中して下さい。」


 そうだった。飛行と回避や防御はヴィヴィアンがやってくれてるのだから、私は余計な事に意識を向ける必要は無かったんだ。

 シェスティンさんの気配だけを感じ取り、タッチできれば私達の勝ちなんだ。


 私は目を閉じ、肌感覚だけに集中した。

 時々、二の腕とか脹脛ふくらはぎとかにピリピリする感覚が来るのだが、それが来た直後にその方向から来るのが分かる。

 ピリっと来たら、その場所に電撃を置いておく。

 私は、スタンボルトを発射待機のままにして、触覚に全神経を集中する。


 「凄いなあの娘。シェスティン様とこんなに長時間渡り合える者が居るとは驚きだ。既に目で追うのも難しい。」

 「研究所の全観測装置センサーをフル稼働で追っています。良いデータが取れそうですよ。」


 DDとピートの2人は、私達の勝負の行方よりも研究所の運営を任された今となっては、魔法の科学的研究解明の方に興味が有る様だ。

 マッハ15以上で速度を落とす事無くジグザグに飛行出来る私と、瞬間移動出来るシェスティンお婆さんの鬼ごっこは中々決着が付かない。


 「ぐうっ!……」


 私がここだ! と思って放った会心の電撃スタンボルトは、当たった様に見えたのだが何事も無かった様にシェスティンさんの体をすり抜け、向こう側の空へ拡散して行った。

 でも今、『ぐうっ』って言ったよね?『ぐうっ』って。

 今ちょっと当たったんじゃないの?


 「あ、当たって無いわ!」

 「あやしい……」


 あの婆さん、結構負けず嫌いなんじゃないの?


 またピリッと来た方向へ、さっきと同じ様に電撃を放ったのだけど、これが失敗だった。

 流石に百戦錬磨のシェスティンさんは、同じ手に何度も引っかかってはくれない。

 私の放った電撃は誰も居ない空間へ拡散して行き、シェスティンさんは私の背後の空間から現れ、背中へタッチしようと手を伸ばして来た。

 私は、未だ電撃魔法の発動中で、背中に気配を感じて振り返ると直ぐに目の前にシェスティンさんの手が迫って来るのをスローモーションの様に見るだけだった。


 ガゴーン!!


 「あいた!」


 何かがぶつかって来た、と思った次の瞬間、視界の全部が黄色というか白色一色の爆炎に覆い尽くされてしまった。

 玉の中の妖精ジニー達が何かがぶつかる前に絶対障壁を張ってくれたので、実際は私には当たっていないのだと思うけど、当たった様な気がしたんだ。


 「一体何が起こった?」


 そう思っていたら、視界一杯の爆炎はシュルシュルとシェスティンさんの魔導倉庫の中へ吸い込まれて行って消えてしまった。


 「え? 何今の?」

 「他所から茶々が入った様じゃな。」


 『トマホークよ。シェスティン様、沖合1200キロの公海上から攻撃を受けました。』


 イヤリングの無線機からピートの声が聞こえた。

 ていうか、ミサイル!? 何でそんな物が……


 魔法の絶対障壁って、ミサイルも防げるんだ、ふーん、凄いじゃん…… ついこの間、素手で破った奴が居たけどね。

 下を見下ろすと、研究所の建物全体が絶対障壁バリアーで包まれているのが見えた。

 あれはDDが張っているのかな? だとしたら凄いな。あんな巨大なバリアーを個人で?


 「いや、あれはあの研究所の設備じゃよ。魔法の構造を科学的に解析し、それを機械的に作り出す方法を研究しておるのじゃ。前に見せた転送門ポータルゲートもその研究の一部じゃ。」

 「へ、へぇ~、凄いじゃん。」

 「まだまだ巨大な装置と莫大な電力が必要で、作動も不安定過ぎて実用には程遠いよ。電力をエネルギーとしている所が原因かとは思うのじゃが、今のこの地球では他に利用可能はエネルギーが見当たらんのじゃ。」


 確かに何かの装置を動かすのに、電気程効率の良いエナジーは見当たらない。未来では電気に替わる新しいエナジーが見つかったりするのだろうか…… そんな事をふと思ってしまった。


 そんな事を思っている内に、ヒュウウゥゥゥン…… と、機械が停止する様な音と共にバリアーは薄くなって消えてしまった。


 「有効時間は6秒といった所じゃな。」

 「それじゃ、ミサイル1発しか防げないじゃん。」

 「じゃな。」


 だけど、シェスティンさんは何故か嬉しそうな顔をしている。

 何でだろうね。


 「ていうか、ミサイル撃ってきたやつ!」




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