第37話 空の鬼ごっこ

 「ちょっと待って! 未だ勝った時の特典とか決めてないわよ!」

 「そんな物が有るか! 遊びでは無いんじゃぞ!」


 シェスティンお婆さん、激おこです。真面目か!


 「じゃあさ、私達が勝ったらヴィヴィアンを認めてください!」

 「…………」


 シェスティンさんは返事をくれなかった。

 よーし、こうなったら実力で認めさせるしか無い。


 「よーし! やるよ、ヴィヴィアン!」

 「やりましょう、ドロシー!」


 魔導ジェットの滑る様な滑らかな飛行術で私との間合いを一気に詰めて来るシェスティンさんを、私の体はひょいと横移動で躱した。

 ”私の体は”と言ったのは、移動はヴィヴィアンに丸投げだからだ。


 「浮上術フローターだね。随分と扱いが上手くなったじゃないか。」


 浮上術の事を、シェスティンさんは『フロート』と言ったり『フローター』と呼んだりしている。私は『リフター』と呼ぶ事が多い。

 固有名詞が特に決まっている訳ではないので、銘々が適当に呼んでいる。

 現在、この魔法を使える人が片手で数えられる程しか居ない為、なんとなく何の事を言っているのか通じればいいや程度の認識なのだけど、きちんと名前は付けておいて欲しいよね。創始者のシェスティンさんの責任だよ。


 私が真横へ避けたので、通り過ぎたシェスティンさんは100メートル位先で∪ターンして再び私へ向けて突進して来た。

 でも、あの人がそんな単純な動きをしてくる訳が無いのは百も承知。

 私の体は、私の意思が無くてもヴィヴィアンのコントロールで、すうっと上方へ2メートル程移動した。

 前方から飛んでくるシェスティンさんとは別に、下側から手が伸びてきて私の足を掴もうとしていた所だった。

 飛んでくるシェスティンさんの体は、半透明化してすうっと消え、下側からシェスティンさんの全身が現れた。


 「ヴィヴィアン、今のは何と無く私でも分かったよ。前から来ていたのは光学魔法で作り出された虚像で、実体のシェスティンさんはステルス化して下から来ていたんだ。」

 「正解です、ドロシー。」

 「サーチの感覚もちょっと分かってきた。体の背中とか足とか、来る方向の皮膚がビリビリする様な感覚がある。」

 「それが初期段階です。触覚による気配感知から、段々と頭の中で立体的な映像として知覚出来る様に成れれば免許皆伝です。」

 「ふうん、中々奥が深いわー……」


 しかし、気配を感知して避けているだけではジリ貧だ。

 音速で飛行し、光学魔法等の目眩ましを多用し、アストラル化や瞬間移動までしてくるシェスティンさんに勝つにはどうすれば良いのかな?

 防御と回避をヴィヴィアンが担当し、私は攻撃のみに集中すれば良いのだけど、さて、どうしたものか。

 私の使える魔法は、玉に入っている妖精ジニーの数だけ、すなわち4つだ。


 私がこんな事を考えている間に、ヴィヴィアンは横に避けたり上下に避けたりと、素早いシェスティンさんの攻撃をせっせと回避してくれている。


 「あれ?」


 そこで彼女の飛行術について、ある事に気が付いた。

 加速度の変化を全く感じないのだ。

 結構上下左右に激しく動き回っているのにも関わらず、速度の変化によるGを全く感じない。どういう事?


 「ヴィヴィアン、あなたの飛行術ってもしかして……」

 「はい、ドロシーがやろうとしていた、重力飛行です。」


 あれれ? おかしいぞ? 私は急に止まろうとして逆方向へ重力を掛けた途端、その強力な加速度に耐えられずに気絶してしまったんだ。

 だけど、ヴィヴィアンの飛行術では、瞬間に加速したりゼロ距離で停止したりを繰り返しているのに、加速度の変化を全く感じない。

 不思議だ。私がやったのと何が違うのだろう?

 シェスティンお婆さんの空間転移を使った瞬間移動を躱す為に、立ったままの姿勢で、急加速、急停止、急方向転換を繰り返しているのだが、常に無重量状態を維持したままGは全く体に掛かっていないの不思議でならない。


 「ではレクチャーします。ドロシーのやり方はこう。」


 実際は言葉では喋っていない。

 意思が直接ゼロ時間、リアルタイムで伝わって来ています。

 それを私が理解したと同時に、私の体には胃袋を押し上げられる様なオエッと成る、ジェットコースターを何十倍にもした様な加速度が襲い掛かって来た。


 エロエロエロ……おええぇぇぇー!


 吐いた。車酔いや船酔いの何倍もの吐き気に襲われて、気が遠くなりそうに成った。


 「あっ、ああ、御免なさい。やりすぎちゃいました!」


 再び加速度は感じない様に成り、酔いの余韻で目を回していた私はヒールの光に包まれて、吐き気も治まって来た。


 「空の彼方へ永遠に墜落して行きそうな恐怖感と、四方八方360度の全方向から襲い掛かってくる加速度波状攻撃がヤバい。何であなたがやるとそれが無いの?」

 「加速度は常に1方向へ掛け続けたまま、動かしては駄目なんです。方向転換や停止は、空間の方を曲げて行います。」


 そうか、あの時私は、加速度を一旦止めてから逆方向へ再度掛け直したから大変な事になっちゃったんだ。

 方向転換や停止は、空間を捻じ曲げて…… って、あれ?


 「ねえヴィヴィアン、それだと永遠に加速し続けるんじゃない?」

 「え? そうですよ?」


 ヴィヴィアンは、何を当たり前の事を言っているんだと言うようなトーンの声で言った。

 加速し続けているのに同じ空間に留まっている、それはどういう状況だ?

 頭の悪い私には、何が何だかイメージすら出来ないや。


 「やろうと思えば、亜光速まで行けますよ。」

 「……いや、いい……」


 常に亜光速で落下し続けながら普通の生活するなんて、ものすごく嫌だ。


 「計算では、地球の重力加速度である9.8m毎秒毎秒で落下し続けるとして、大体354日で亜光速に到達します。1年かかりませんよ。」

 「だから嫌だよ! 気が狂うわ!」


 ただ、ヴィヴィアンのこの重力飛行は凄いの一言だ。

 まるでUFOの動きそのものなんだよね。

 未だ落下し始めて数分しか経っていないのだけど、その速度は既に音速を越えている。

 そして、その速度のまま直角に曲がったり急停止したりしている。

 なのに、私には加速度の重圧は一切掛かっていないのだ。完全に無重量状態の中に居る。不思議な感覚だ。

 ただ、飛行姿勢がねー…… 立った姿勢のままなんだ。

 ややもすると、ちょっと斜めった姿勢だったりもする。ひっくり返ってないだけまだ良いけどさ。

 これ、飛行姿勢としてどうなの? ヒーロー的にはやっぱ、頭から飛ばないとかっこ悪くない? どうなん?

 完全に人任せにしといて文句言うのもどうかと思うけどさ、あ、こんな事考えている時点でヴィヴィアンには筒抜けなのか。


 「はい、筒抜けです。でも、このゲームの性質上、頭から飛ぶのは効率悪いです。方向転換する度に飛行姿勢を直さなければなりませんから。立ち姿勢なら、体をちょっと撚るだけで済みますので、相手にタッチするタイムラグを最小に出来ます。」


 そういう事かー。ヴィヴィアン考えてるなー。

 感心ばかりしていないで、私も何とかシェスティンさんを捕まえる方法を考えないと。


 何かあの辺に居そうな気がする。雷撃!

 【Roger(了解) スタンボルト】


 稲妻は何も無い空間に飛んだだけだった。

 そりゃそうだよね、当てずっぽうに撃ったって当たるわけない。

 何とかシェスティンさんの出てくる場所を予測しないと。


 シェスティンさんに捕まりそうに成った直後に、閃光フラシュを浴びせ掛け、シェスティンさんが目を眩ませた隙きに背後に回ってこっちからタッチ!

 というアイデアを実行してみたのだけど、目が見えなくてもシェスティンさんを捕まえる事は出来なかった。

 気配察知はヴィヴィアンの専売特許じゃないっていうか、シェスティンさんが出来るからヴィヴィアンも出来るんだよなー。


 空中飛行だけに限って言うなら、機動力はこっちの方があるみたいなんだけど、向こうは蜃気楼ミラージュやらステルスやら、挙げ句は空間扉を使った瞬間移動やらを駆使してくるので、こちらがやや不利なのは変わらない。

 うーん、これは困ったぞ……


 「あ、何か分かった気がする……」


 何度目かの攻防の後、私はある事に気が付いた。

 ヴィヴィアンが方向転換をする時、それは、シェスティンさんが私を捕まえようとした時なんだ。

 それは、空間扉から出る時だったり、光学迷彩を使って近付いて来ていた時だったりするんだ。

 つまり、ヴィヴィアンはシェスティンさんの気配を察知して、回避する為に方向転換をしているんだ。

 ちょっと冷静になれば解る事だった。




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