第34話 名付け

 目を覚ました時には、シェスティンお婆さんにお姫様抱っこされて空中に浮かんでいた。


 「はっ! 私…… どの位の間、気を失っていたの?」

 「ほんの2~3秒じゃよ。」


 「一体…… 何が起こったの?」

 「逆に聞くが、どの辺りまで覚えておる?」


 「確か、体がぐるぐる回転し始めて、重力飛行を停止しても止まらなくて、逆向きに重力を掛けた所まで……」


 そうだ、その重力加速度に耐えられなくて気絶しちゃったんだ。

 どうやらその直後に助けられたらしい。


 「私も昔、体験しとるんじゃよ。」

 「だったら教えてよ!」


 と、食って掛かってしまったのだけど、多分私の性格からしたら言葉で教えられたとしても納得出来なくて、いつか自分で試して痛い目に合っていたかも知れない。


 「ご、御免なさい。助けてくれてどうもありがとう。」


 まず、重力制御で飛行すると、自由落下での飛行と成るために無重量状態と成ってしまい、姿勢を制御するのが難しくなる。

 ある程度の速度で飛行するには、地球の重力以上の強い重力を掛ける必要が有るため、方向転換時や停止時のGが半端無くきつい。 進行方向(落下先)が下に知覚されるため、地球に対する前後左右上下の感覚が乱される。

 通常の乗り物で掛かるGとは方向が逆な為、進行方向を錯覚しやすい。

 周囲の空気も同様に一緒に移動している為、宇宙船の中と同様に無重力の密閉空間内では対流が起こらず、吐いた呼気が顔の周囲に留まってしまうために窒息しかねない。(宇宙船内では、機械的に空気を循環させている)

 自由落下で落ち続けるのは結構な恐怖感が有る。


 「とまあ、ざっと思い付く限りでこれだけの問題点があるな。」

 「まじかー…… でもそれらを克服できれば、結構優秀な飛行方法だと思うんだよね。」


 特に、姿勢制御と呼吸の問題点以外は感覚的な問題なので、慣れれば何とか克服出来そうな気がしないでもない。

 周囲の空気と一緒に落下しているので無風状態なのは良いのだけど、翼や矢羽みたいな空力を利用した姿勢制御は使えない。

 とすると、ジャイロ? ジャイロスタビライザー的な姿勢制御になるのかな? でも、それだと魔法を1個使っちゃうんだよなー、空気の循環にも魔法を使うから、合計3つ使う事になっちゃうのかー……


 いや待てよ? 周囲の空気ごとじゃ無くても良いのか?

 ジェットでの飛行みたいに、重力で引っ張るのは自分の体だけにすれば、無風状態での飛行という快適性は犠牲に成るけど、体を覆う風防と断熱の為の防護殻シェルの魔法を張って、その形状変更で姿勢制御出来るぞ?

 方向転換時の重力加速度はきついけど、空間を歪めて常に直線で落下するような感じで、横Gが掛からない様にすれば……

 でも、停止時の強力なGがきついんだよなー……


 「じゃろう?」


 私の思考にシェスティンお婆さんが割って入って来た。


 「そもそもじゃが、遠距離は空間扉を使えば良いので、近距離飛行で音速以上の速度を出すメリットはあまり無いのじゃ。」


 言われてみればそうなんだ。

 空間扉が有るのだから、遠距離移動をする為にスピードを出したい訳じゃ無いんだ。

 有視界の範囲で音速以上の速度が必要なのかと言うと、う~ん、って感じになってしまう。

 重力飛行で複雑な制御が必要になるなら、単純に魔導ジェットで飛んでた方が気楽な気がして来た。

 でも、重力飛行を捨てるのは、なんか勿体無い感じがするんだよなー……


 「私は直ぐに割り切ってしまったが、ドリーは納得行くまで研究してみるが良いよ。ひょっとしたら、とんでもないメリットを見出す事が出来るかもしれぬしな。」


 ううむ、学校の課題でも無いのに宿題を出されてしまった。

 魔法はイメージ次第という。シェスティンお婆さんの居た世界では、こういう時はこうするというノウハウが確立されているのかもしれないけど、この地球では数少ない魔法を使う私達が先達であり、やり方を自ら考えて行くしか無いんだ。

 そのうち魔法書でも書いてみようかな。禁呪とか開発しちゃったりしてな。



 「精々頑張りなさい。さて、ドリーや、お前の今の実力を見てやろう。」


 シェスティンお婆さんと模擬戦をする事になった。

 魔法の訓練に模擬戦闘が必要なのかと言われると、う~んちょっと疑問なんだけど、ボクシングもスパーリングするし空手も組み手という仮想PvPやるもんね。きっと必要なんだろうね。


 とはいえ、模擬戦闘が必要なのは、日本のゲームや漫画に出てくるみたいな火の玉ズドンとか電撃バリバリとかの戦闘用の魔法の事だよね。

 私が想像していた魔法は、オズの魔法使いとか指輪物語やハリーポッター、メリー・ポピンズみたいな、不思議でワクワクする魔法の事なんだ。


 「そういう魔法だって可能じゃぞ? ドリーはそういう魔法を極めて行ったら良いじゃろう。」

 「では、模擬戦闘というよりは、魔法合戦という感じで宜しくお願いします。」

 「良いじゃろう。では、始め!」


 私達は、お互いに距離を取り睨み合った。

 お互いに相手の出方を伺っているというよりは、シェスティンお婆さんが私の出方を伺っているというのが正しいのだろう。


 「あ、そうだ、勝敗のルール決めてなかったよ。」

 「じゃあ、鬼ごっこみたいに相手の体に先に触れたら勝ちというのではどうだ?」

 「それ、本当に鬼ごっこじゃん! 移動魔法に熟達しているシェスティンさんが断然有利じゃん!」

 「いや、そうでも無いぞ? 相手が近付いて来るのを待って相手の手を躱して先にタッチしても良いし、攻撃魔法を威嚇や目眩ましに使っても良い。要は、自分の手が相手より先に相手の体に触れれば良いのじゃ。結構頭を使うと思うぞ?」


 成程、ルールが鬼ごっこなだけで、何をやっても良いのか。


 「よーし、負けないぞ!」

 「では、始め!」


 シェスティンお婆さんは、鳥か水の中を泳ぐ魚かの様に滑らかな動きで空中を自由自在に移動して行く。

 対して私は、生まれたての仔馬みたいに覚束無い感じだ。これじゃ全く勝負に成りそうにない。


 その時ふと背後に気配を感じた。

 だが、振り返ろうとした時にバランスを崩して元の位置から5メートル程落下してしまった。

 海面まで落ちる前に何とかバランスを取り戻して踏み止まったけど、危うくずぶ濡れに成るところだった。


 私の元居た場所を見上げると、虹色の空間から手が突き出て空振った所だった。

 そして、その空間から手に続いて上半身そして下半身と、シェスティンお婆さんの全身が出て来た。


 「おや? 捉えたと思ったのじゃが、勘の良い娘だね。」


 あぶねー! それにしても、お婆さんの空間扉はチート過ぎる。

 私のは何処かに扉が無いと駄目なんだ。絵でも良いのだけど、この空中じゃ扉の絵を描く事も出来ない。

 取り敢えず、シェスティンさんから目を離さないのと、絶えず動き回って座標を固定しない事。その間に何か考える!


 しかしこれは、想像以上にきつい。

 禄に立てやしないスケボーに乗りながら、それには集中させて貰えずに他を見ていないといけない、しかも同時に他の事も考える必要が有る。無理ゲーだ、これ!

 バランスを崩して視線が逸れると、その死角から手が出て来る。

 何故か勘が働くせいで、間一髪で避けられてはいるけれど、時間の問題だなこりゃ。


 『--ドロシー……テイアン…アルノ……ワタシニ……ナヲ…ツケテ--』


 唐突に頭の中に声が響いて来た。

 あっ、あのサブに使えと貰った妖精ジニーの子だ!

 妖精ジニー側から話しかけられたのは初めてだったので、ちょっと驚いた。


 『--どうしたのこんな時にいきなり?--』

 『--ワタシ…アイデア……アルノ……ナマエ…ツケテ--』




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