第33話 重力飛行

 「と、その前に、ドリーや、玉をお貸し。」

 「そう言えば、そんな事言っていたわね、はい。」


 シェスティンさんに玉を手渡すと、玉の中から妖精ジニーが4匹出て来た。

 シェスティンさんは、その4匹の妖精ジニー達をそれぞれじっくりと眺めると、その中の1匹を指差して言った。


 「お前じゃな? ドリーを危ない目に遭わせたのは。」


 指差された妖精ジニーは、羽を下げ、項垂れてしまった。


 『ゴメン……ナ…サイ。アワテ……チャッタノ……』

 「お前をリコールする、戻りなさい。」

 『イヤデス……ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……ユルシテ……』


 妖精ジニーは、慌てた様にブンブン飛び回って拒否の意思を示した。


 『ドロシーノ……オヤクニ…タチタイノ。オネガイ……』


 シェスティンさんは、この妖精ジニーの言葉を聞いて、とても驚いていた。

 妖精ジニーが自分の意思を示す事は今迄無かったのだそうだ。


 「うーむ、信じられん。この私の命令に逆らうとは。」


 妖精ジニー達の最上位権限者であるシェスティンさんの命令を拒否する個体が居る事に驚きを隠せない様子だった。


 「ううむ、困ったのう、どうしたものか……」

 「お婆様、この子、私にくださいな。ほら、怖くない、怖くない……」

 「…………」


 妖精ジニーを片手に乗せてクルクル回る私を、シェスティンさんはじっと見つめたまま何も言わない。

 いや、ネタにつっこんでくれないと、私が恥ずかしいから。


 「仕様が無いのう…… その子はお前にくれてやるわい。ただし、何が起こってもドリーの責任じゃぞ? 取り敢えずメインの命令コマンド流れフローから外して、替わりに新しいのをもう一匹追加しよう。そいつは補助サブとして使うがよい。」


 お? なんか棚ぼたで魔法の使用数が5つに成っちゃった。ラッキー!

 じゃあ、この子には何をして貰おうかな? 他心通テレパシー専門で働いて貰おうかな。


 『ハイ……イママデドオリ……デスネ、ウレシイナ。』

 「そっか、あなた今迄ずっと他心通テレパシーを担当してくれていた子だったのね?」

 「成程のう、人の意識と長い間触れ合ったお陰で自我が芽生えたのかも知れぬなぁ。」


 そうなの? じゃあ、他心通テレパシー担当を順番に入れ替えて行けば、他の皆とも自由に会話出来る様に成るのかな?


 「そんなの、ドジっ子が増殖するだけじゃろう?」


 とか言いつつシェスティンお婆さんもちょっと興味が有るみたいで、1匹を他心通テレパシー要員に肩に止まらせている。

 お婆さんはマナの供給を妖精ジニーにさせているだけで、魔法自体は自分で行使出来るのだけど、実はもっと簡単な受け答え以上の会話の出来る、友達みたいな妖精ジニーは欲しかったみたいだ。

 私の妖精ジニーの事をドジっ子ドジっ子と言う割には、私に懐いているこの子を見る目が羨ましそうなんだ。

 結構可愛いとこが有るよね。


 「よし、少し特訓でもしてやろうかのう。」


 急に話題を変えてきたぞ? 図星か、ふふふ。

 でも、新しい技の習得は嬉しい。やろうやろう!


 私達は別荘のバルコニーから外へ出て、海の上へ飛んだ。

 シェスティンさんは相変わらず滑らかに滑る様に飛行している。対して私はというと、初めてサーフボードに立てるように成ったばかりの初心者といった感じで、おっかなびっくりの屁っ放り腰だ。かっこ悪い。


 「ねえ、シェスティンさん、以前に魔力で物体を動かす力は重力場を操作しているのだと言っていたよね?」

 「ああ、そうじゃよ。魔力とは自然界の4大力の操作の事じゃ。」



 自然界の4大力というのは、物理学で言うところの『重力』『電磁力(電力と磁力は物理学的に同じ物なので、一纏めに成っています。)』『大きな力(本当にこの名前)』『小さな力(マジでこのネーミングです)』この4つの力の事を言います。

 『大きな力』と『小さな力』は、原子核の内部で働く力なのであまり魔法とは関係無さそうに見えますが、実は変身術や塑性加工術等はこの力を操作しています。


 この宇宙には、この4つの力しか存在しません。

 どんなに頑張って探した所で、謎の不思議な力とか、科学では説明出来ない云々は無いのです。

 全ての不思議に思える出来事、事象は、これら4つの力で説明が付くでしょう。

 偶々現在の科学では説明が出来なくても、時間の問題でしか無いと断言出来ます。


 というか、この4つ以外に第5の力が見つかったりすると、今の物理学が崩壊するんですよ。不都合が生じるんです。

 不都合が生じると、今迄問題無く説明の付いていた部分も整合性が取れなくなったり、逆に説明出来なくなったりと成りかねない訳で、もしも第5や第6の力が存在するなら、今までの物理学を崩壊させる異物としてでは無く、包括して今迄を含め全部を矛盾無く説明出来る、上位互換として存在出来なくては成らない訳です。


 例えるなら、ニュートンの発見した万有引力の法則は、それより大きな集合であるアインシュタインの相対性理論の中の一部で矛盾無く説明出来る、といった具合です。

 アインシュタインは、神は自分の服のポケットの中でそれぞれ別個の事をしていたのか? いいや、その全てを一つの理論で説明出来るはずだと考え、相対性理論、特殊相対性理論をも包括する『統一場の理論』を研究していましたが、それを完成する前にこの世を去りました。



 「私思うんだけど、重力を操作すれば、あらゆる方向へ自由自在に飛べるんじゃないかしら?」

 「ほう? 無い頭で少しは考えておる様じゃな? 私がそれをやらないのには理由が有るのじゃが…… まあ良い、物は試しじゃ、やってみてごらん。」


 何だか含みが有りそうな言い方だな。

 いいよ、やってみせるよ。見て驚け!


 「危なそうだったら私が助けるから、自分で体験してみなさい。」

 「という事は、シェスティンさんは既にやってみた事があるのね? どうだったの?」

 「まあ、こういうものは『百聞は一見に如かず』『論より証拠』と言うじゃろう。一度体験してみれば解るよ。」


 シェスティンさんは何やら楽しそうだ。

 何だか私が失敗するのが分かっているみたいで、それを楽しんでいる様に見える。


 「よーし、やってやる! 見てなさい! 重力操作、上昇!」

 【Roger(了解)重力操作 ベクトル垂直上昇】


 ほれ見なさい、特に問題無いわよ。

 特にバランスを取る必要も無く、振動も感じられない。周囲の空気と一緒に移動するので、防護殻シェルも必要無い。

 どうよ! と自慢しようと思ったのに、目の前に居た筈のシェスティンさんが居ない。あれ? 何時の間にか凄い下の方に居る。移動した感覚が無かったので分からなかったよ。


 そう思った瞬間、ふわっと無重力感に襲われた。

 いや、移動し始めた時からそうだったのかも知れないけど、体がクルクル回転してしまい、自分で姿勢を制御出来ない。

 ジェットコースター…… いや、アクロバット飛行するジェット機のコクピットの中に居るみたいに、天と地がぐるぐる回転してしまい、自分がどちらへ飛んでいるのかさっぱり分からない。目が回って吐きそう。

 宇宙の真っ暗な空間へ、一直線に墜落して行っているみたいな恐怖感に不意に襲われた。


 「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁl!!!」


 お婆さん、助けて!

 だけど、距離が離れ過ぎてしまっているのか、何の反応も無い。

 いや、助けに向かって来てくれているのかも知れないけど、1秒が何十倍にも引き伸ばされたみたいに時間経過がゆっくりと感じられて、全然助けが間に合う予感がしない。


 「ストップ! ストーップ!!」

 【Roger(了解)重力操作停止】


 止まらない、重力操作を止めたのに止まらない! 慣性が働いているせいだ。


 「重力操作、下向き!」

 【Roger(了解)重力操作 ベクトル垂直下降】

 「うぐっ!」


 無重力状態から一転、物凄い加速度を感じ、内臓がひっくり返りそうな感覚を覚えて私は気を失ってしまった。




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