第32話 ジニーの謎

 ガァン!!


 剣と剣がぶつかり合った結果、俺の剣は粉々に砕け散った。

 だが、破壊されたのは俺の剣だけでは無い。

 女の持つ剣も切っ先が折れ、女はその衝撃で剣を手放して後ろへ弾かれた様に飛ばされた。

 俺は女が手放した折れた剣を片足で踏み、転んで片膝を着き起き上がろうとする女を見下ろした。

 そして、自分の脇腹の傷に手を突っ込み、食い込んだ剣の切っ先をつまみ出すと女の目の前へ投げ捨てた。


 これで勝負は着いたと、その時の俺は思った。

 俺達をぐるりと取り囲んで勝負を観ていた兵士に女を捕らえる様に指示を出すために、ちょっと視線を逸らせた瞬間にどよめき巻き起こり、視線を戻すと女の姿は消えていた。

 回りで見ていた者を問い質すと、女は竜神の如く天へ駆け上り、向こうの岩山の方向へ飛んで消えたと言う。

 普通であればその様な言葉は一笑に付す所であるが、あの鬼神の様な戦い振りを見た後では強ち否定は出来なかった。


 「その後の事は、さっき説明した通りだ。あれ以来俺は、その女を追っている。」


 シェスティンお婆さんは、昔話を懐かしむ様に男の話をニヤニヤしながら聞いていた。


 「その女が持っていた剣はどうした?」

 「さあなあ…… 兵士の誰かが拾って行ったのではないか? 確認はしていないが……」

 「そうか……」


 シェスティンお婆さんは、ちょっとがっかりした様子だけど、すっと立ち上がり私に合図して一緒に空へ飛び上がった。


 「帰るよ。」

 「おーい、お前達はあの女の仲間なんだろう? 俺は諦めないからなー!」


 なんか言ってる。

 結局、彼が追いかけているのはそのひとで、私は身代わりって事じゃない。

 失礼しちゃうわ。


 「何じゃ、がっかりしたのか? そう言えばドリーや、奴の呼び方がいつの間にか『あの男』から『彼』に変わっておったのう…… 満更でも無かったじゃろう?」

 「ば、ばっか言わないでよー!」


 なんだよ! 恋愛上級者みたいな物言いでからかわないで欲しいわっ!


 「それよりねえ、彼の道具アーティファクトは回収しなくて良かったの?」

 「正確には奴の体の内部に残った剣の破片じゃな。ほんの小指の先程の大きさじゃが、妖精ジンの体の一部であるエレメントが宿っておった。今では奴の体と融合してしまい、分離は不可能じゃ。」

 「でもさ、放置しても大丈夫なの?」


 「そうさのう…… お前さんが知っている歴史が変わってしまっても構わないと言うのなら、な……」

 「えっ? それって、どういう……」

 「さあさあ、扉を潜るぞい。」


 有耶無耶に誤魔化された気分です。

 空間扉を出た先は、……山だった。


 「今夜が山だ。」

 「いや、夜まではかからんよ。」

 「…………」


 「ここはどこなの?」

 「奴の墓が在るとされている場所じゃよ。」

 「えっ?」


 ……あっ! もしかして、時を渡ったの!?

 シェスティンお婆さんの顔を見ると、笑っているだけで何も言わない。


 私の想像が当たっているのなら、あの人は歴史上最大の帝国を築いたあの男だ。

 魔法の力を得てそれを成し遂げたのだとしたら、納得が行くかも。

 でも、私の記憶が確かなら、あの人の墓の在処は謎のままで、それらしい場所と言えば、聖地ブルカン・カルドゥンが有力だと言われているのだけど、その発掘は現地政府から禁止されていたはず。


 「さっきな、奴に魔法のマーカーを付けておいたのじゃ。それによると……」


 シェスティンお婆さんは、空へ浮かび上がり周囲を見回すと、何かを見つけたのかある方向へ向けて飛んで行った。

 私も慌てて彼女を見失わない様にその後を追い掛けた。

 景色は山岳地帯から徐々に草原地帯へと変化して行き、だだっ広い草原のど真ん中にそびえる巨木の元へ降り立った。


 「ここじゃな。しかし、困ったのう……」

 「どうしたの?」


 彼女は、少し考え事をする素振りを見せ、巨木を背に立ち去ろうとした。


 「ここは…… まあ、このままで良いじゃろう。」


 シェスティンお婆さんは、あの男の死後、墓から剣の破片を回収しようと思っていたらしい。

 だけど、現地へ着いてみれば、今度は見上げる様な大樹がそれを取り込んでしまっていて、回収不可能に成ってしまっていた。

 無理矢理回収しようとすれば、この木を枯らしてしまうかもしれない。


 「今度は未来へ飛んで回収して来たら?」


 若しくは、埋葬された直後の時間へ戻るとか。


 「それも考えたのじゃが、エレメントを取り込んだ木の寿命が何千年、もしくは何万年有るのかも見当が付かぬのでな、まあ、人の手に渡って悪用されない様にこの木が守ってくれていると思えば、このままでも良い様な気がしたのじゃ。」

 「ふうん、そうかー……」


 そう決めたのなら、わざわざ時を戻って回収というのも面倒か。

 今度は私がニヤニヤする番だった。

 ロマンチックなとこ有るんじゃん。


 「これ、年寄りを誂うでないわ。」


 じゃあ、残りは2つ? 剣本体と、折れた切っ先の2つだよね?

 1つの道具アーティファクトを砕くと数を増やせるというのは盲点だったわー。


 「それは私も驚いておる。妖精ジンの体を分割すると、意思を持たない、与えられた命令のみを実行し続けるだけのエレメントとなるのは知っておったのじゃが…… それを体に取り込む事によって人の意思でコントロール出来る様に成るとは。」

 「それって、敵対勢力に知られたらマズいんじゃない?」

 「うむ、先を急ごう。」


 私達は再び空間扉に入った。

 出た所は、何処かの別荘地に在る、海沿いの豪邸。

 なんか、ハリウッド映画でこんなの見た事あるぞー? あれだ! アメコミのヒーロー! 鉄男の家だ!


 「私の所有する別荘の1つじゃよ。遠慮無く入りなさい。」

 「ふえぇ…… すっごい!」


 正面のエントランスまで来ると、使用人達が整列して待ち構えて居た。


 「お待ちしておりました、シェスティン様。どうぞごゆるりと御滞在下さいませ。」

 「ああ、暫く厄介になるよ。この子は私の大事な友人だから、粗相の無い様にな。」

 「畏まりました。どうぞこちらへ。」


 私はシェスティンお婆さんの横に並んで歩き、小声で聞いた。


 「ねえ、ここへ来る事は伝えてあったの?」

 「いいや、毎回気紛れでふらっと立ち寄るが、何時も同じ様に持て成してくれとるぞ?」

 「マジか……」


 連絡無しにいきなり来られても大丈夫な様に、何時も準備されているんだろうな。

 従業員の練度の高さに恐れ入るというか、それを維持出来るシェスティンお婆さんの財力にも驚きを通り越して呆れるわ。

 こんな別荘を世界中に何軒持っているのやら。


 「170以上は在るぞ。一回も行った事の無い所も在るがな。」

 「アホじゃん! 超大金持ちの金の使い方、大アホじゃん!」

 「そうか? 私の知っているアラブの王子の方がもっと派手じゃぞ?」


 あー、もういいです。こういう世界もあるのね。

 私達は、お婆さんに続いて広い大ホールの様な所へ入った。

 大きなシャンデリアが4つ位下がっている。何をする部屋なんだろう?


 「ここはダンスホールか何かなの?」

 「何を言っておる、ただのリビングじゃろうが。」


 あ、そうですか、もう一々驚くの止めよう。

 こんなリビングルーム、広すぎて落ち着かんわ。

 部屋の中央の床が、5メートル位の円形に1段低くなっていて、そこにカーブに合わせたソファが設えられている。

 シェスティンさんは、そのソファに無造作に腰を掛けると、私に適当な所へ座るように勧めてくれた。


 「さて、剣の行方を追いかけたいのじゃが……」




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