第31話 一騎打ち

 竜巻の風の怖さは、その巻き上げられた飛来物の速度によると言える。

 巨大な竜巻では、その外周の風速は音速に達する場合もあり、地面の至る所に落ちている小石や土までもがとんでもない速度で飛んで来る質量兵器と化すのだ。

 何の変哲も無い木の角材がコンクリートの壁を貫通する程の威力を持つ。


 今、その竜巻の中にあの男は巻き込まれ、天高く飛ばされて行った。

 そのまま錐揉み状態で落下しても只じゃ済まなそうに思えるが……


 『--あいつなら大丈夫なんだろうな、きっと。--』

 『--ああ、こっちでもあ奴の姿は捉えておる。生死に関わる様であれば直ぐに助けよう。--』


 シェスティンお婆さんが、まるで審判員みたいに見張ってくれている。

 私の丁度良い特訓相手とでも思っているのだろう。もしもの場合でも直ぐに助けられる様に監視しているみたい。


 術を解くと、岩山よりも更に高い所に胡麻粒の様に小さく彼の姿が認められた。

 そのまま重力に引かれ、不自然な姿勢で頭から落下して来る。


 「彼のバイタルサインチェック」

 【Roger(了解) 血圧、心拍正常 失神はしていません 出血量若干多め 骨折箇所多め】


 骨折箇所多めって報告もどうかと思うよ。

 でも、気を失ってはいないんだ? 魔力で受け止めてやろうかな。

 そう思っていたら、彼は体を伸ばし、両手をアーティスティックスイミング(旧称シンクロナイズドスイミング)みたいなスカーリングの動きで姿勢をコントロールして、足から着地しようと試みている。


 ドォーン!!


 物凄い地響きと音を立てて、私から100メートル位先の地面に衝突した。

 土煙がもうもうと立っている。

 バイタルサインをチェックした所では、酷く弱っては居るが命に別状は無いみたいだ。

 直ぐに駆け寄ると、土煙の奥に倒れている姿が見えた。

 状態を確認すると片足があらぬ方向へ曲がっていて、全身に無数の傷があり、出血が酷い。生きているのが不思議な位だ。

 ちょっとやりすぎちゃったかなと思い、脈を直に計ろうと伸ばした私の手を逆に握り返された。


 「ギャーーー!!」


 身動き出来る傷じゃ無いだろそれ!

 反射的に私は、身体強化プラス魔力アシストの剛力で顔面パンチをお見舞いしてしまった。

 彼の頭は、地面に漫画みたいにめり込んだ。


 『--怪我人に酷い事をするのう……--』

 「あっ! つい! 御免なさい!」


 私の目の前の空間が虹色に捻れた様に見え、その中心からシェスティンお婆さんが現れて音も無く地上へ降り立った。

 やはりシェスティンお婆さんの使う魔法は、私達の物とはレベルが全然違う感じが凄くする。


 「まあ良い、気絶している内にさっさと調べてしまおう。」


 シェスティンさんは、彼の体中の傷を一通り確認すると、あっという間に治してしまった。

 だけど、折れた脚はそのままだ。


 「また暴れられると面倒じゃららのう、脚の治療は後回しじゃよ。」


 そう言うと、彼の持っている道具アーティファクトを探し始めた。

 しかし、何処を探しても見つからない。私も一緒に探したのだけど、それらしい物は何も持っていない。


 「へんねえ?」

 「む? ちょっと服の左側を捲って脇腹の辺りを見せてくれんか?」

 「やだエッチ。」


 私の冗談を無視して、お婆さんは真剣な眼差しで男の体を調べている。


 「おや? この古傷は……」


 肋骨の一番下辺りに横一文字に走っている薄い線を指でなぞりながらシェスティンさんは呟いた。


 「ああ、数年前にその傷を付けた女が居てな、その後高熱を出して3日3晩生死の境を彷徨って、熱が引いた後に俺はこの力を得た。」

 「お前さん、気が付いておったのか。」


 彼は、横たわったままポツリポツリと話し始めた。

 もう私の事を嫁にしようと強引に迫るのは止めにするらしい。嫁にするのを諦めた訳では無いらしいけど。


 彼の話によると、西側へ領土を拡大する為の行軍中、異国の行商隊を見つけたらしい。

 当然、積み荷の食料や水と女を頂く為に襲ったのだが、予想外の激しい反撃にあってしまったのだという。

 その戦闘は、異様なものだったそうだ。


 「あれ? シェスティンさんに聞いた話に似ている気が…… あれっ? 数年前の話だったの?」


 私はてっきり数百年前の話だと思い込んでいたのに、ついこの間の話だったのかー……

 何か引っかかるのだけど、具体的に説明出来ないので今はまあいいや。彼の話を聞こう。


 当初、鴨が葱を背負って歩いているのを見つけた斥候が、数人の兵隊を連れて襲いに行ったら敢え無く返り討ちになったらしい。

 末端とはいえ我が部族の屈強な兵士が、たかが商隊の護衛程度に返り討ち?

 その報告を受け、今度は小隊を送り込んでみるが、これも全滅。

 嘘だろ? そんな馬鹿な。

 既に野営の準備を始めていた本隊に中止の命令を出し行軍を早めて現場へ向かってみると、更に驚いた事に我らの兵士と戦っているのはうら若き異国の女一人だけだった。

 見た事の無い装束、見た事の無い髪色、そして、透き通るような白い肌のその女は、まるで戦いの女神の様だったという。

 演舞の様な軽やかな足取りで、屈強な兵士の騎乗した軍馬の間を風の様に駆け巡り、彼女が通り過ぎた後には地上に立っている者は何も居なかったという。


 数千人の軍隊でぐるりと女を取り囲み、生け捕りにする為に命は取らないようにと手足を狙って弓を撃たせるが、動きが早すぎて全く当たらない。

 まるで野生動物かと思わせる、人成らざる速度で右へ左へと疾走し、兵士の被害は増えるばかり。

 惜しいという気持ちは捨てきれなかったが、被害を考え止む無く生け捕りは諦め討伐を選択せざるを得なかった。


 しかし、女は強かった。

 数千居た我が兵は五分の一、四分の一と減って行く。

 矢は一本も当たらず、我々の剣は簡単に圧し折られる。いや、着ている鎧ごと切断されるのだ。

 俺は、兵を一旦引かせ、女に一騎打ちを申し込んだ。

 無敵の戦神の様であった女も、千人以上もの人間と戦った後では、かなり消耗している様子が見て取れた。

 女もこのままではまずいと思ったのか、俺の提案をあっさり受け入れた。

 俺も数十の部族、民族を打ち破り従えて来た自負が有る。

 相手がどんなに強かろうと、たかが女一人に負けるつもりは無い。


 戦いは熾烈を極めた。

 女の剣を受ければ、鋼鉄の剣が小枝の様に切断されてしまうのは知っていた。

 だから、攻撃は受けずに回避に専念する。

 こちらからは女の体を狙わず、女の持つ剣を重点的に攻撃した。

 どんな丈夫な剣だろうと同じ箇所にダメージを与え続ければやがて折れるだろう。

 よしんば折る事が出来なくとも、手が痺れて取り落とせば捕獲が出来るかもしれない。


 そう思って一騎打ちに持ち込んだのだが、最初に限界が来たのは自分の剣の方だった。

 不思議な事に、女の剣筋は避けたつもりでも届くのだ。

 間合いが全く掴めない。まるで、剣の先から見えない剣が伸びている様だった。

 だから、傷を受ける覚悟で女の間合いに飛び込むしか無かった。


 何十何百と打ち合う中、女は手加減している様に思えた。

 女と先に戦っていた兵達も、戦闘不能には成っているが、致命傷は与えられていない。取り返しの付かない怪我を負った者も居ない様に見える。

 俺は、女に手加減をされている事に気が付くと頭に血が上ってしまった。

 俺は殺すつもりで戦っていたというのに、手加減だと!?

 なら殺してみろ、とばかりに女の間合いに飛び込み、横薙ぎに振ってくる剣に対し、防御せずに剣を持った両腕を真上に振り上げた。

 女は無防備に晒された胴に刃が当たる瞬間、戸惑った様な表情を浮かべ、一瞬力が抜けた様に見えた。

 俺は、その一瞬を見逃さず、女の振るう剣の鎬に当たる部分を目掛けて一気に振り下ろした。




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