第30話 トルネード

 私は今、男にガッチリとハグされて押し倒されてしまっている。これヤバくない?

 えっと、この体勢を日本ではなんて言ったっけ? そうだ、床ドンだ!

 いやいや、そんな胸キュンシチュエーションじゃねーよ!


 どうしよう、私の魔法力で跳ね除けられるか?

 今、私は身体強化術と魔力の身体能力アシストの2つを掛けている。その力で彼の分厚い胸板を押し戻そうとしているのだけど、さっきと違って本気で抑え込まれているのか、びくともしない。

 さっきの段階でも2~3歩よろけさせた程度だったから、本気出されるとやはり私の強化よりも上を行っているのかも。


 だけど、私は焦っては居ない。

 何故なら、私が今使っている魔法は2つ。あと2つ使えるのだ。


 「界王拳3倍!」

 【Roger(了解) 魔力アシスト重ね掛け3倍】


 ドーン!!!


 私の体が半分程地面にめり込み、男の体は空中高く跳ね上げられた。

 そして、私は素早く起き上がり背後へ飛び退った。

 だが、彼は空中で姿勢を整え、空中回転をして足から地面に着地した。

 しかし、玉の中の妖精ジニーさん達、他心通テレパシー無しでも私の考えている意図を正確に読み取ってくれている。出来る奴だ。


 「魔力アシスト2つ解除、他心通テレパシー復帰。」

 【Roger(了解) 他心通テレパシー常時使用モード】


 物理的に力を使った場合、必ず反作用は帰って来る。これは小学生でも知っている常識だ。

 ドロシーが男を空中へ跳ね上げた時に体が地面にめり込んでしまったのが反作用の結果となる。

 例えば、壁を手で押した時に壁からも同じだけの力で押し返されている。これが反作用。

 しかし、魔法で物理的な力を行使した場合では、その反作用は自身の体には帰って来ない様に成っている。

 何故なら、重機並みのパワーが自分の体に跳ね返って来れば、生身の体は無事では済まないからだ。


 では何故、ドロシーの体は地面にめり込んでしまったのか?

 それは、魔法を使っている主体がドロシー本人ではなく、道具の中の妖精ジニーが魔法を使っているから。

 妖精ジニーが魔法を使った結果をドロシーへフィードバックしているのだ。

 通常は、反作用で戻って来る力は第5次元空間に有る体が受け止め、受け流している。

 第4次元空間に存在する我々から見るとゴムの様に伸び縮みする第5次元空間が、魔法の反作用を空間自体に拡散させている様に見えるだろう。

 したがって、第4次元空間に在る我々の身体は、見かけ上影響を受けない様になっているのだ。


 だが、例外がある。

 魔法によっては第4次元体の我々の体に作用を及ぼす必要がある魔法が存在するのだ。

 そんな危ない魔法とは何かと言うと、飛行術、特に浮上術リフターと魔導ジェットがそれだ。


 体が全く魔法の反作用を受けないとなると、魔力で自分を持ち上げる事が出来ない理屈に成ってしまう。

 地面を魔力でいくら押しても、自分が浮き上がる事が出来ない。巨大な力で地面が凹むばかりなのだ。

 反作用を自分の体に受けないと、自分の体を空中へ浮かび上がらせる事が出来ない。

 魔導ジェットもそうだ。ジェットこそ反作用を使って推進している装置の最たる物ではないだろうか。ジェット推進の反作用を体に受けないと前進する事が出来ない。

 逆に防護殻シェル絶対障壁バリアーは、体に反作用が戻って来ると都合が悪い魔法だ。

 妖精ジニーはこの2つ、反作用を第4次元体へ戻す魔法と戻さない魔法を意図的に使い分けている。


 妖精ジニーは、ちょっと意思を持っている為に、この一瞬で混乱した。

 先程、ドロシーは身体強化術と魔力アシストの2つを使用中で、あと2つの魔力アシストを追加したと思っていた。

 だが、実際には身体強化術と魔力アシストを1つ、それに魔導ジェットの3つが使用中だったのだ。

 あと2つの魔力アシストを追加するには、使用中の魔法のどれか1つを解除しなければ成らない。

 魔導ジェットを担当していた妖精ジニーは、慌てて魔法を切り替え、その時に反作用の切り替えを間違ってしまった。

 ドロシーの持つ玉の中には、1匹鈍臭い妖精ジニーが混じっていた様である。

 幸い、身体強化術が掛かっていたために事無きを得たが、無ければ危ない状況だったかもしれない。


 『--ドロシーや、カタが付いたら一度玉を私に見せなさい。少々調整の必要が有る様じゃ。--』

 『--えっ? あ、はい?--』


 シェスティン婆さんは妖精の挙動をお見通しだった様だ。


 「今まで俺の力に付いて来られる女には御目に掛かった事が無かったぞ。お前、気に入った!」


 彼に気に入られた様である。


 「嬉しくないわ!」


 彼は地面を蹴り、矢の様なスピードで背を低くし、両腕で私を捕まえようとして来た。

 私は、バックステップで後ろへ飛び、絶対障壁バリアーを張ると、衝突した衝撃で鱗状の障壁パネルの何枚かが砕け散った。

 あんなタックルをまともに受けたら、背骨がへし折れるわ!


 さっき空中で足首を掴まれた時に確信したのだが、相手が悪意を持っていない場合はどうやら防御機構が働かない様なのだ。

 ナイフや銃器を突きつけられた場合や殴られそうな場合等の、相手が悪意を持って私を害しようとして来た場合は、玉の中の妖精ジニーが素早く察知してバリアーを張ったり強化魔法を掛けてくれたりして防御するのだけど、相手が悪意を持っていない若しくは彼の様に寧ろ好意を持っていたりする場合は防御が発動しない事が分かってしまった。


 「攫われた時とか、崖の上で腕を掴まれた時にアレ? と思ったのよね」


 その為、今私は自分で命令してバリアーを張った。

 でも、私の仮説が正しい場合、ストーカーとかの歪んだ好意を持って攻撃して来る人に対処してもらえるのだろうか? ちょっと不安。


 彼は、直径2メートル程のバリアーの球に両腕で抱き着き力を込めると、バリアーはピシピシと軋み音を立てて鱗状の小さなパネルが弾けて行き、ついには砕けて穴が開いてしまった。


 「嘘でしょ!?」

 『--ほう、これは驚いた。--』


 シェスティンお婆さんも、身体強化されているとはいえ生身の体で絶対障壁バリアーを破ったのにはびっくりらしい。


 『--ドリーや、即死で無ければ私が直してあげるから、思いっきりやってみなさい。あの男の持っている道具がどんな物なのか興味が有る。--』

 『--残りは剣だけって言って無かった?--』

 『--うーむ…… 奴は帯剣しておらんようじゃしのう…… それも含めて調べてみたい。--』


 何だよ、結局幾つの道具アーティファクトが残っているのか把握していないんじゃん。やれやれだわ。

 お呆けに成っておられるのかしら?


 『--こりゃ! ドリー!--』

 『--おほほ--』


 他心通テレパシーで繋がっていると、頭の中でちょこっと思っただけで筒抜けに成ってしまう。陰口一つ言えやしない。


 「トルネイドゥ!」

 【Roger(了解) 魔力操作 竜巻】


 彼を中心に風の渦が発生し、その体を空中へ巻き上げた。

 たかが強い風と侮る無かれ、巨大な竜巻の場合その外側の風速が音速を越える事もある。

 高く巻き上げられて墜落すればただ事では済まないし、最も怖いのは音速に近い速度で飛んで来る飛来物だ。

 建物の瓦礫や石が銃弾の様な速度で飛んで来るのだ。只の砂粒や木の葉だって馬鹿には成らない凶器として飛んで来る。柔らかい人間の体など簡単に切断してしまうだろう。

 そして、それらの凶器は地面の至る所に落ちているのだ。




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