第29話 私、嫁にされちゃうの?
「ええっ!? うそお! この山って300メートル以上あるよ!?」
ほぼ垂直に切り立った、高さ300メートルはあろうという岩の壁だ。
それを素手で登って来たというのか。
「おいおい、いきなり逃げる事はないだろう。」
男は、崖を登り切ると、私に向かって文句を言い始めた。
300メートルの崖を登ってきたとは思えない口ぶりだ。まるで街中で数メートル程度恋人を追い掛けて走った位の様子で、息も切らせていない。
「こやつ、身体強化を完璧に使い熟しておる。」
身体強化術は私も使うし、DDやピートが使うのを見たけど、こんなに凄くない。
男は、私の右手首を掴み、連れ戻そうとする。
力いっぱい男の胸を押して抗ってみたが、今度は本気で連れ戻そうと掴まれているので、さっきみたいに振りほどけ無い。
まるで巨大な岩を押したみたいにびくともしない。
その圧倒的な力に抗う事は出来そうも無いと思われるが、私は抵抗をする為に有る閃きを試してみた。
「身体強化術、2重掛け!」
【身体強化術は重ね掛けは出来ません。】
くそう、いいアイデアだと思ったのに!
よし、じゃあこれならどうだ!
「身体強化術と魔力による身体能力アシスト」
【Roger(了解) 身体強化術起動 魔力運動能力補助】
男は、突如私がびくとも動かなくなったので驚いた様だ。
私はさっきと同じ様に男の胸を左手で突き飛ばした。
ドーン!!
まるで象でも体当たりしたかの様な鈍い音と地響きが鳴り、男は後ろへ数歩押し戻された。
「魔導ジェット」
【Roger(了解) 魔導ジェット起動】
既に魔法は2つ使ってしまっているので、残り1つしか使えない。
私は、飛行術ではなく、魔導ジェットと指定した。
というのも、飛行術は安全に飛行するために
この前、敵に襲撃された時にその魔道具使いの双子が言っていた、魔導ジェットだけで飛行する事が可能だという言葉がずっと気に成っていたんだ。
ただし、魔導ジェットのみで自由自在に飛び回るには、スラックラインとかバランスボールの上に立って自在に跳ね回れる位には、体幹とかバランス感覚とかが身についていないと出来ない。。
だから私は、双子の姉妹と戦った時に感じた身体能力の無さを補う為に、日夜特訓を密かにしていたんだ。
その成果も有って、拙いながらもどうにか魔導ジェットだけでホバリング出来る様には成っている。
私はそのまま空中を移動し、崖の外側へ移動した。
これで男から逃げてやろうと思っていたのだ。そうすれば、諦めるだろうと。
しかし、男の行動は私の呑気な想像の外側を行っていた。
なんと、崖の縁から私に向かって飛び付いて来たのだ。この、300メートルはあろうかという断崖絶壁の崖から身体強化されているとはいえ、生身の体でダイブして来るとは正に想定の範囲外だった。
うわっと思った時には既に遅く、
魔法は既に3つ(正確には常時発動中のテレパシーを加えて4つ)使ってしまっているのに、バリアーを張れるのは何故かとお思いに成られるだろうが、魔法は私が使っているのでは無く、私が命令して
今の場合では、私の許可も得ずに今の状況で優先順位の低いと思われる魔法を勝手に停止し、
あっと思って、直ぐに魔力で拾い上げようと思った時には、魔力が作動せずに焦った。
咄嗟に何で魔力が使えないのかが分からずに慌て、何度も魔力で助けようと頭の中で命令してしまった。
そう、
私がその事に気が付くのに2~3秒、やっと声に出して命令を下すも実行されない理由に気が付くのに更に数秒、
「今の、シェスティンさんなら助けられたよね!?」
「カーツーンに出てくるコヨーテみたいに墜落して行きよった。」
「酷いよ! シェスティンさんの人で無し! 目の前で人が墜落死する所なんて見たくなかったよ!」
私が非難する様に睨みつけたのだが、シェスティンお婆さんは肩を竦めて見せただけだった。
シェスティン婆さんが言ったのは、
だけど、それはカーツーンの中の話で、現実では頭の上にピアノを落としたりダイナマイトで爆破したり高い所から墜落したりすれば死んでしまうんだ。
時々現実と架空の世界の区別が付かなくて現実で問題行動を起こしてしまう人が居るけれど、彼女もそういう類の人なのだろうか?
なんて非情な人だ、私がそう思った時に頭の中へテレパシーが届いた。
『--下へ行って確認してみるが良い--』
やれやれ、人の墜落死する瞬間を見てしまうなんて、なんてついていないんだ。
でも、現場に居た当事者としては放置は出来ない。弔ってやるしかないか……
覚束無い魔導ジェットでのホバリングで徐々に高度を下げ、魔力が地上まで届く距離に成ったら
浮上術をリフターと呼んだりフロートと呼んだりしているけど、私の中でも呼び名が確定していないのでご容赦願います。
それはそうと、あいつが落ちたのはこの辺りだったはず……
あーあ、不謹慎だけど本当にカーツーンみたいに地面に穴が空いてるよ。
穴っていうか、窪みか。地面でバウンドしたのだろう、10メートル程離れた場所に倒れている。
手足が千切れたり地が出たりしていないのが不幸中の幸いだ。
穴を掘って埋めてやろうと近寄ったら、その男はムクリと起き上がった。
「ウギャワー!!!」
思わず可愛くない悲鳴を上げちゃったよ! 本当にびっくりした!
死んで無いどころか無傷だよこいつ!
身体強化術って、こんなに凄かったっけ? いや、私この高さを落ちて無傷で居られる自信無いよ!?
『--一口に身体強化術と言っても、何段階ものレベルがあるのじゃ。--』
『--えっと、それはどういう事なの?--』
シェスティンさんの説明によると、単純に筋力を強化する段階から神経の伝達速度や細胞組織の強度まで、それこそ銃を曲げコンクリートを砕きそして時速100キロで突っ走る、どこぞの危機一髪なサイボーグみたいな活躍が出来る段階までの強化が可能なんだそうだ。
『--ちなみに私は、亜光速まで加速出来るぞ。--』
『--嘘つけ! 漫画の読みすぎ!--』
ホラ吹き婆さんの戯言は無視だ。
今はこのトンデモナイ男をどうにかしなければ。
私は再び魔導ジェットで上空に逃れ様としたのだが、地上10メートル位の上空へ飛び上がった所で、男は素早く私の真下へ走り込み、垂直にジャンプして私の足首を掴んだ。
ビックリしたなんてもんじゃない、まさか10メートルの高さにジャンプで届くなんて、リアル仮面ライダーごっこ出来ちゃうよ。
空中でいきなり足を掴まれた私は、魔導ジェットのバランスが取れずに男と一緒に墜落して地面に叩き付けられてしまった。
男は咄嗟に私を庇う様に私を抱き抱えて自分の背中から落ちる体勢を取った様だけど、私の
乱暴なのか優しいのか良く分からない男だな。
『--そりゃあ、お前さんを嫁にしようとしておるのじゃろうから、怪我はさせないように気を使っておるのじゃろう。嫁に成ってやったらどうじゃ?--』
『--嫌だよ!--』
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