第28話 えっ?魔法使いなの?

 男は、私を担ぎながら砂漠を走って行く。結構な力持ちさんだ。

 私は後ろ向きに担がれているので、シェスティンお婆さんが呑気にクッキーを齧りながらこちらに手を振っているのが見える。

 その時、私の脳内にテレパシーが届いた。


 『--自分で切り抜けてみなさい。私も若い頃、似た様な目に何度かあったわい。懐かしいのう……--』


 何だよ、ババアの『私の若い頃はモテモテだった』自慢かよ!

 ああ、レジャーテーブルを畳みだした。

 荷物を魔導倉庫へ放り込んで、空間扉を出してー…… って、何だよ! 自分だけ帰っちゃうのかよ! 私、この男の嫁にされちゃうんだよ? 気にならないの!?


 あーあ、行っちゃった。

 放置だよ。放置で勝手にレベルアップしませんよ。あ、するかも……

 要するに、自分で考えて自分で行動しろって事だよね。

 しかしこの男、いかに私が小柄な美少女だとはいえ、人間一人担いでよくこの灼熱の砂漠を走って行けるものだ。普通に考えて可笑しいでしょ。


 『--さらっと自分で美少女とかよく言うわ!--』

 『--あ! 他心通テレパシーが届くといいう事は、結構近くに居るな!?--』

 『--こりゃいかん、昔のクセで思わずツッコミを入れてしまったわい。--』


 玉の妖精さん、シェスティン婆さんの居場所を教えて。

 思考操作の実験の為に、頭の中だけで命令してみた。


 【Roger(了解) 空間サーチ シェスティン様は、進行方向左手の岩山の上に居ます。】


 ほう、やっぱり隠れて見張っていたか。

 いざと成ったら助けてくれるつもりだな。


 『--いや、助けんぞ?--』

 『--助けろよ!--』


 そうこうしている内に、砂漠から草原っぽく成ってきた。

 いや、草原と言うにはまだ草がまばらか? 土の方が多すぎて、草原に見えない。土が七分で、草が三分。いいか!?土が七分に、草が三分だ!

 草原の所々にポツポツと、モンゴルのゲルみたいな円形のテントっぽい物が見え始めた。

 男は、1つの大きなゲルの前で足を止めると、私を地面に降ろした。


 「ここは?」

 「オルドだ。」


 いきなりかよ!

 てゆーか、つまりこいつ結構身分が高い奴なのか?

 てゆーかてゆーか、これは何時の時代の話なの? えっ? いやいや、まさか……


 ちなみに、オルドというと某ゲームのおかげで変なイメージを持つ人が居るけれど、普通に宿営地の事だからね。

 主に、皇帝カーンやその后妃達の宿営地だ。財産という意味もある。まあ、女も財産と捉えているのかも知れない。

 后妃が住む場所オルドを日本では後宮と訳したりもする。


 男は、私にこの大きなゲルを与えようと言っているのだろう。

 妃としてね、入ったら嫁に成っちゃうけどね。


 「お断りします。私は、白き牝鹿じゃなくて、黒き魔女ムスタ・ノイータなのだから。」


 男は困惑の表情を浮かべている。

 まさか、自分の嫁に成れる名誉を拒否されるとは思ってもみなかったのだろう。

 でも私にはそんな事は知ったことではない。

 一歩下がった私の腕を男は掴んだのだが、私はそれを振り解き、玉に命じた。


 「垂直上昇。」

 【Roger(了解) 飛行術】


 私は、立ったままの姿勢で垂直に200メートル程上昇し、そこからお婆さんの居る岩山の方向へ向けてミサイルの様に飛行した。

 男は、空を飛ぶ私の姿をポカーンとした顔で見送ったが、直ぐに正気を取り戻し私の飛んで行った方向へ猛然とダッシュして追いかけて来る。こうして離れて見ると、尋常成らざる速度だ。


 私は、岩山の上の平らな所に椅子を置いて、日傘片手にティーカップに口を付けているシェスティン婆さんを見つけ、その目の前に着地した。


 「ちょっと! どういうつもりなの!?」


 私は本気で怒っていた。如何に私を鍛えるためとはいえ、目の前で攫われるのを黙って見ているだけっていうのはどうなのよ?


 「実はな、あの男から回収してもらいたい物があってのう。」

 「えっ? それは、最後の道具っていう、剣の事?」


 お婆さんの探している道具はあと一つだと言っていた、それをあの男が持っているのだろうか?

 アーティファクトをあの男が持っている?


 「じゃあシェスティンさんは、あの男が最後のアーティファクトを持っているのを知っていて、私をここへ連れて来たのね?」

 「いや、誰が持っているのかは知らなんだ。昔、剣を無くしたこの辺りを調べれば何かの手掛かりを掴めるのではないかと期待してのう、お前さんと一緒にここへやって来たのじゃが…… まさか向こうからこちらへ来てくれるとは、嬉しい誤算じゃったよ。」


 へー、そーなんだー。

 私は、感情の籠もらない声でそう答えて睨みつけた。

 シェスティンさんは、そんな私の視線に臆する事も無く言葉を続けた。


 「実際、剣の捜索はもっと難航すると覚悟しておったのじゃが、以外な程あっさり見つかって逆に驚いておるよ。」


 というのも、シェスティン婆さんは過去何回も一人で来ては調べ回って、いつも空振りに終わっていたからなんだそうだ。


 何でも、若い頃の逃亡生活で東へ行く行商隊に潜り込んで、何年も旅をして回ったらしい。

 そう、このシルクロードを旅して回ったんだって。

 そして、記憶が曖昧らしいのだけど、大体この辺りの砂漠地帯で大勢の騎馬民族に襲われたらしい。

 多分、他の目的地へ向かう軍隊が、偶々見つけた異国の行商隊を襲ったのだろうと言っていた。


 当時は、国際法なんて無いし、民間人を襲ってはいけないとか、医師団や従軍カメラマンを襲ってはいけないとか、そんな決まりは有りはしない。

 軍隊は普通に通り道の村を襲うし、女を攫ったりもする。まあ、ぶっちゃけ盗賊と何ら変わりは無いよね。

 だって、戦場に成ってこちらが劣勢に成れば、どうせ敵に襲われて略奪されるのは目に見えているんだもん、先にこちらが貰って軍の為に役立てるのが何が悪いってもんだ。

 敵に利用される位ならぶち壊しておこうっていう、極当たり前の考え方だ。焦土作戦とか言う立派な? 1つの戦術だよ。

 まして異国の、食い物や水や女が乗っている、鴨葱状態の商隊を襲わない訳が無いじゃないの。


 そんな状況の中で、若いシェスティン姉さんは必死に戦ったのだけど、戦い慣れしていない商人達はあっという間に壊滅、若い女は連れ去られて酷い目に遭わされるのは目に見えていたので一人で戦ったのだけど、一人対千人規模の構図になってしまい、如何に強かったシェスティンさんといえど、やがて剣は折れ、逃げ出すのがやっとだったそうなんだ。


 「いやいや、千人規模の軍隊に追われて、女一人が逃げおおせたのは凄いでしょ。」

 「ドロシーや、私を何だと思っておる? 当時、この世界唯一の魔法使いじゃぞ。相手を殺さない様に手加減してやったのは私の方じゃ。あの時、剣を手放してしまったのは痛恨の極みじゃったがのう……」


 確かにそうか。魔法が使えれば、ステルスでも飛行術でも空間扉でも何でも使って逃げるのは簡単な話だ。

 千人の軍隊相手に手加減してやったというのもあながち大げさに言っている訳ではないのかも。


 「でも、その剣が今日見つかったのはラッキーだったね。」

 「うむ、お前さんの幸運引き寄せ効果は大したものじゃ。」


 私って、そんなにラッキーガールなのかな? 私のおかげなの?

 シェスティン婆さんに言わせると、私は物凄いラッキーカードを何枚も引き当てているそうなんだけど、実感がまるで無いや。

 多分、魔力に寄って幸運を引き寄せているというか、無意識の軽微な運勢操作というか、極微かに因果律に干渉しているのかもしれないと言っていた。

 それは、シェスティンお婆さんにとっても難しい術なんだって。でも、出来ないとは言わないんだ。

 魔法を使うように成って僅か数ヶ月の私がその片鱗に触れた事に驚いていた。

 むふふ、私に彼女を越える部分が微レ存でも有るのが分かって、ちょっと嬉しい。


 そんな話をしていたら、背後の崖から物音がした。

 振り返って見たら、岩山の崖の淵に掴まる手が見えた。




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