第23話 CEOとCOO
通常、厳重なセキュリティが施されている上に、魔法の結界も掛けられているここの研究施設から情報を盗み取るなんて芸当は不可能な筈。
まあ、人間が出入りしている以上、どんなに厳重にしても完全に穴を塞ぐ事は無理なのかもね。
それにしても、シェスティンお婆さんは言う程危機感を持っていない感じがする。
「まあなぁ、向こうの道具をこっちが取って、こっちの情報を向こうが取った、行って来いでトントンじゃろう?」
いやいやいや、こっちの方が損害大きいでしょうよ。何呑気な事言ってるの。
その研究データという物が、どれ程重要な物かは知らないけどさ。
身内から裏切り者出した件といい、不手際が多すぎでしょう。
「うむ、そうじゃのう…… お前さんにはもっと動いて貰いたいから、もう少し情報を与えておこうかのう……」
「いえ、結構です!」
お婆さんは、顎に手をやり、考え事をする様に中空を見ながら呟いた。
しかし私は、それを速攻で断った。
だってさ、これ以上深入りさせられたら堪らないもん。
私は、ゆる~く魔女ライフを送りたいんだよぅ。
「なんじゃ、報酬が欲しいなら幾らでも用意するぞ?」
「私はお金では動きません!」
「魔法使用数を増やすとか、魔導倉庫とか、思考操作出来る様にするとか考えておったのじゃがのう……」
「! な、なんだとう!!」
ちくしょう! 汚いぞ! どれも魅力的じゃないか! 特に最後の思考操作がー!
「どれか1個じゃぞ?」
「うああああ! ちくしょー! 選べない!」
魔法が4つ使える様に成るのは魅力的だ! 魔導倉庫というのは、ゲームで言う所のマジックストレージとかいうやつかな? 思考操作なんて、もう究極の夢じゃん!
魔法が4つ使えれば、空飛びながらもう一つ使えるし、魔導倉庫が有れば、荷物運び放題だし、思考操作出来れば、いちいち方向指定しなくても自由自在に好きな方向へ飛行出来るんだ。
なんだよー、選べないよー、何だか泣けてきた。
「私、どうしたら良いの? うえぇぇん、べそべそ。」
「期限は明日までじゃ、よく考えれば良いぞ。今日はもう遅いので、ここのゲストルームにでも泊まって行くが良い。」
「うぇーん、べそべそ。」
ちくしょう。お金にはなびかなかった理性の持ち主を自負していたのに、金銭には替えられない対価を提示されたらこんなに弱いとは。もう、お婆さんの掌でコロコロされまくりじゃん!
メソメソする私は、例によって超豪華な客間へ案内された。高級ホテルのスイートルーム並だよ。普段、どんな人が止まってるんだよ!
あれ程豪華な生活に慣れてたはずのピートも、『お金って、有る所には有るものなのねー……』と言ったきり、フリーズしていた。
シェスティン婆さんは、本当に凄い魔女だと思うよ、他人を思う通りに動かし、他人の運命を自在に操ろうとする、悪い魔女だ。
『--おおや、お言葉だねぇ、私は悪い事なんて、何一つやっちゃいないつもりなんだがねぇ。--』
「ぎゃー! 頭の中に直接語りかけてきますー!」
「うまい! うますぎる!」
頭の中に直接声が響いてパニクっている私の隣で、部屋に備え付けの菓子を貪る様に食べているピートが居る。
食欲に現実逃避している様だ。
『--ほっほっほ、
「て、てれぱしーだとう!」
『--これも付けちゃおうかな?」
どんどん欲しいものリストを追加してくるよー。あなたのおすすめ商品はこちら。お前はam○zonか!
………………
…………
……
次の日の朝。
一晩中シェスティン婆さんに説得され続けて一睡も出来ずに目の下に隈を作った私と、美味しい物をお腹いっぱい食べて、私の事なんか気にも掛けずにぐっすりと眠ってお肌ツヤツヤのピート、対照的な二人が居た。
そして、とうとう私は明け方の4時頃に、意識が朦朧とした所でお婆さんのしつこい勧誘に落ちていた。
「ちくそー、どれを選んだのかさえ覚えてないよー。」
「ああ、全部くれるなら考えても良いって言い出したから、全部追加したぞ?」
まじか、粘り勝ちか? いや、勝ってない、お婆さん初めからこう成る事を分かってて私を嵌めただろう!
「ほっほっほ、何の事やら?」
「私の将来を勝手に決められちゃった感じ。大学卒業したら、スパイか傭兵に決まりなの?」
そりゃあさ、卒業後どうしようとか成りたい職業とか夢とかが特に有るわけじゃないけどさ、強いて言えば子供の頃から成りたかった魔女には成れたわけじゃん? じゃあ、夢は叶っちゃった訳だよね、という事は? 私は卒業後にどうしたいんだ? 全く分からなくなっちゃったぞ?
「別にスパイとか傭兵とか、そんな危ない事をやらせるつもりは無いぞ? 憧れの日本で漫画家に成りたければ成れば良いじゃろう。」
「ちょっと待て! 私、シェスティンさんに将来の夢を言った事有ったっけ!?」
何でそんなの知ってるんだよー! 私の秘密日記を勝手に読んだか!?
「そんなの付けておらんじゃろうが。」
「頭の中勝手に読んでるの!?」
「
成る程、今の所筒抜けに成るのは、私とお婆さんの間だけって事か。
逆にお婆さんの思考を読んでみた所、一般人の思考を無差別に読み取る事は出来ないらしい。だから、道を歩いていて他人の思考が無差別に流れ込んで来て五月蝿くてしょうが無い、なんて事は無いそうだ。その時に考えていなければ駄目なんだって。
例えて言うと、あるラジオ局が生放送を放送していて、自分がその同じ時間にラジオのスイッチを入れて、かつ周波数も合わせていなければ聞こえない、しかも、その時間に放送している内容をリアルタイムでしか聞けない、みたいな感じらしい。聞き逃した分を時間を遡って聞く事は出来ないというのも同じ。
「色々と制約は多いじゃろう。じゃが、使い熟せば色々な事が出来るぞ。」
例えば、翻訳機要らず。
意思の乗った音声は、言語の種類を問わず、その意思のみをダイレクトに受信して理解する事が出来るのだという。
「テレパシーの通じる距離は数百メートル程度、内緒話をするには打って付けじゃろう?」
ピートやDDの聞いている言葉では、本当のメリットは話さない積もりなのか。
この調子だと、他の魔法にも隠された何かが有るのかも。
「何事も、応用次第という事じゃよ。習った事を習った通りにしか使えない様では本物の魔法使いとは言えん。お前さんは私の弟子に……」
「私をお婆さんの弟子にして下さい!」
二人の意思は揃っていた。
お婆さんは後継者を探していたし、私はお婆さんの弟子に成るしか無いんだ。
例えそれが、お婆さんの思惑通りだったとしても。
「よし、今からドロシーは私の後継者じゃ。私はこの娘と一緒に旅に出るぞ。」
「お待ち下さい! そんな勝手が許されるとお思いですか? 会社はどうするお積もりですか!?」
DDがシェスティン婆さんの突然の発表に困惑し、その考えを改めさせようと強い口調で言った。
しかし、お婆さんは冷静な口調で言い返した。
「DDや、心配せんでも約束通り、私の会社の全てはお前に譲り渡す事に成っておるよ。」
「私はそんな積りで言っているのではありません!」
DDは本気で怒っているのだが、お婆さんはそんな事には気にも止めずに話を続けた。
「私は嬉しいんじゃよ。私と同等の力を持つ者が現れた事に。私と対等の目線で会話する事の出来る者に出会えた事が。魔法の存在しないこの世界にたった一人で放り出されて二千年余り、私はずっとこの時を待っていたのかも知れない。DDや、私の最後の我儘を許して欲しい。」
「シェスティン様……」
「私はこの娘を導かねばならぬ。暫く留守にするぞ、DDや、後は頼んだぞ。」
「お任せ下さい。お早いお帰りをお待ちしております。」
DDもお婆さんの突然の気紛れに、とうとう諦めが付いた様だ。
「あ、あのう~……」
びっくりする位蚊帳の外だったピートが、遂に口を開いた。
話が一段落するタイミングをずっと忍耐強く待っていたのだろう。意を決して口を挟んだのがこのタイミングだった。
「おお、すまぬな、お前さんの事をすっかり忘れておったわい。」
酷いぞ糞婆。
「お前さんを現任務から解任する。」
ピートがあからさまにがっかりした様な顔をした。
「新しい任務を与える。今から
DDがCEOで、ピートがCOOか。上手くいくのかこの会社。喧嘩が絶え無さそう。
暫く経ってから見に来たら潰れてそう。
「「そんな真似はさせないわ!!」」
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