第21話 レッツ西海岸
キッチンのテーブルの上には、見た事も無い高価なお肉と、完全有機無農薬のお高いお野菜、そして、800ドルもする例のメロンが乗っていた。
ピートは、テーブルに両手を着き、がっくりと頭を垂れていた。
「ううう…… どんな過酷な戦場でも、こんなに我を失った事なんて無いのに……」
「買っちゃった物は仕様が無い。有り難く頂きましょう。」
ここのショッピングシステムはヤバ過ぎる。無限にお金を使ってしまいそうだ。
ここは、極一部の大金持ちしか住んじゃいけない場所だったんだ。
私達二人は、これまでの人生で無い程に深ーく反省をした。
でも、その日のお食事は、たいそう美味しゅう御座いました。
さて、これだけの報酬を前払いで貰っちゃったからには、お仕事はきっちりこなさないとね。
「行ってらっしゃい。」
「何言ってるの? あなたも来るんでしょう? 魔法貰ったじゃない。」
「あれは、イザという時の為よ。昨日みたいな魔法使い同士の戦闘になった場合、銃器や爆薬では全く歯が立たないもの。」
確かにそうか、魔法使い相手に銃を持っている程度じゃ丸腰も同然だよね。
「それに私、スーパーヒーローごっこの出来る年齢じゃ無いわ。」
「ごっこ言うなー。今じゃ立派なお仕事なんですー。」
結局ピートは、ここで追跡装置を使って私の動向をモニターして記録する係に徹するそうだ。
「じゃあ私一人で行ってきますよ。」
ちょっと膨れてみせたら、ピートにそういう所がお子ちゃまなのよと窘められた。
いいですよ、
部屋のドアノブに手を掛けて、玉に命令を出す。
「エンパイアステートビルの一番上のドア。」
【Roger(了解) 空間扉起動】
結構有名な話なので知っている人もいると思うのだけど、実はエンパイアステートビルの一番上は、飛行船の発着場として設計されていたんだ。
当時、地上400メートルの位置にツェッペリン号がドッキングして、エレベーターで7分で地上へ降りられるという構想だったらしい。
だけど、その高さは強風が吹き荒れている上に、ツェッペリン号は地上に着陸しないと乗り降り出来ない構造だったために、実際に使われる事はなかったという。
なんというか、そういう事良く考えないで作っちゃう所が昔の人って大らかだよね。
私は、空間扉で部屋のドアとエンパイアステートビルの飛行船発着場のドアを繋げたのだ。
向こうのドアが閉鎖されていようが鍵がかかっていようが関係無い。空間扉が繋がれば開くのだ。多分、絵に描いたドアでも開くのかも。
流石に今ではここには誰も居ないので、出入りするには好都合。度々利用させてもらおうと思っている。
私は、ビルの尖塔の天辺から夜のマンハッタンの街を見下ろす。
この辺って意外と治安は良いんだっけ? 置き引き程度は頻繁に起こっているそうだけど。
なんか、しょぼい犯罪しか起こっていないのかも。
私はビルからダイブした。
「浮上術。」
【浮上術起動失敗。地上まで距離が有りすぎて魔力が届きません。】
「え!? うそっ!? きゃあああぁぁぁぁ…… あ?」
見る見る地上が迫って来る。紐無しバンジーかよ!
と、思ったら、ビルの高さの半分位落下した所でガクンと落下速度が落ちて、ふわりと近隣のビルの屋上へ降り立った。
【浮上術起動成功】
あービックリした! ビックリした!
死ぬかと思った!
玉を問い詰めたら、魔力の届く範囲が300メートル程度なんだって。
だから、浮上術で上がれる高さはその位までらしい。
見えない竹馬に乗ってるみたいなものだったのか。そういう事は最初に言ってよね!
まだ心臓バクバク言ってるよ。
改めて、低いビルの屋上から地上を観察してみる。
意外と東洋人がいっぱいいるな。殆どは中国人かな? 日本人はいまだにお金持っていると思われて狙われるみたいだよね。
あ、ほらやってる。
今お婆さんのバッグをひったくって走り出した若い男が居る。
私はビルの屋上から飛び降りて、その男の目の前へ着地した。
男は、突如目の前に飛び降りて来た、全身真っ黒なゴスロリ女にビックリしている。
「お兄さん、お年寄りをいじめちゃ駄目だよ。」
「なな、何だお前は! あ! 見たこと有るぞ、確か、宝玉に導かれし……」
「スタンボルト!」
【Roger(了解) 死なない程度の電撃】
パシーンという音と共に火花が散って、男は棒が倒れるみたいに仰向けに倒れて気絶してしまった。
後ろから追って来たお婆さんにバッグを返すと、周囲に居た通行人達から拍手が巻き起こった。
お婆さんが何かを言いたそうにしてたけど、言葉を聞く前に手を振って飛んで再びビルの上へ戻る。
こんな小物事案ばかり相手にしてても目立たないなー。
リストウォッチでピートと連絡を取ってみる。
「何かそっちで掴んでいる、大きな案件は無い?」
--『今日のNYは至って平和よ。大きな事件は無いわね。』
うーん、そうかー。少し位離れてても良いけどな。
今度は玉に尋ねてみる。
「何処かで大きな事件は起こってない?」
【Roger(了解) 西に4000キロメートルに有る研究所で盗難事件発生中。】
--『ちょっとちょっと、西に4000キロも行ったらLAじゃない。音速で飛んで行っても4時間弱掛かるわよ!』
「でも、行った事ない場所は、空間扉開けないってシェスティンお婆さんが言ってたよ? 全米を活動範囲にするには、取り敢えず転移拠点を作っておかないとならないよね。」
--『それはそうだけどー……』
「とりあえず、行ける所まで行ってみる!」
--『あ、ちょっと……』
ピートが何か言いかけたけど無視して上空へ飛ぶ。
「飛行開始。」
【Roger(了解) 飛行術起動】
エンパイアステートビルを真下に見下ろし、ぐんぐん上昇して行き、障害物が無さそうな高度に成った所で水平飛行開始。
「西海岸へ向けて、スーパークルーズ。」
【Roger(了解) 音速巡航開始】
だけどヤバイ、2時間も飛んだ所で変化に乏しい飛行に飽きて来た。
最初の頃こそ、街の夜景の航空写真を見ているみたいで楽しかったのだけど、内陸の田舎に入ると途端に景色に変化が乏しくなって来て、そんな状態で1時間も飛んでいたら、退屈過ぎてしんどい。
これが飛行機ならば、音楽聞いたりスマホ弄ったり、疲れたら居眠りしたりして暇が潰せるのだけど、自力で飛んでいると、音楽を聞く位しかする事が無さそう。
スマホは持って来ているけど、あー、イヤホン忘れたー!
「もう、今日はここまででいいや。下に降りてドアを探そう。ピート、今どの辺?」
--『そうねえ…… コロラドの当たりかしら。』
高度を下げてみても、田園風景が広がっているばかりで人の気配が全く無いや。
あ、作業小屋みたいなのが在るな、あのドアを使わせて貰おう。
小屋の前の地面に降りて、一応ドアをノックしてみるが反応は無い。
これは、人が住む小屋じゃなくて、農機具とかを入れておく物置みたいだな。都合がいいや。
ドアに手を当て、玉に自宅へ帰る様に命令する。
「自宅アパートの玄関ドアへ。」
【Roger(了解) 空間扉起動】
こうして、引っ越し一日目の勤務は終了した。
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