第10話 宝珠に導かれし運命の魔女
「熱過ぎます! それと、ドロシーさん、食べ方が下品です!」
ピートに注意された。
しかし、食べる時に音を立ててはいけないという西洋のマナーは、元々王族や貴族社会でのマナーなのだ。
時代を遡って、未だマナーなんて無い時代の人間は、肉を手掴みでムシャムシャ音を立てて食っていた。
それが、今では庶民も貴族のふりをしている。
そもそも、食事の時の音を不快に感じるというのは、教育の末の事だ。
日本では、蕎麦を食べる時の音は、美味そうだと感じる人も居る。煎餅を齧る、バリバリボリボリという音で、自分も食べたくなってしまうという人も居る。
あれは、不快な音なんだよと教育されてきた結果、不快と感じるように成ってしまった文化と、あの音は美味そうに食べている音だと認識し、自分の食欲も掻き立てられる文化、さて、どちらの方が自由で幸せな世界なんだろう。
日本の場合は、300年続いた平和な時代が有ったため、庶民文化が花開いて、おおらかな価値観が醸成されたのだろう。マナー重視の懐石料理と蕎麦や丼物に代表される大衆文化が両立している、不思議な世界だなと感じた。
「食事は、出来たて熱々の物をハフハフ言いながら自由に食べるのが一番美味しいのよ。」
「やれやれ、イギリス人のドロシーさんに、食についてレクチャーされてしまうとは……」
ピートは、多分名前からしてイタリア系なのかもしれない。ヨーロッパの中では、食事が美味しい国の上位ランカーだ。
それが、最下層のイギリス人から言われてしまったのは、プライドが傷ついたのかもしれない。
「確かに、この味は素晴らしいです。イギリス人が饒舌に成るのも頷けます。」
アメリカ人って、イギリス人を密かに田舎者扱いしている人が結構居るよね。
私の知っているアメリカ人は、『イギリス人って、地下鉄の事をチューブって言うんだぜ、はっはっは』とか小馬鹿にしていた。絶交したけどな!
だけど、ピートとは暫くの間同居するしか無いのだから、無駄な諍いはなるべく避けよう。特に、食事を作ってくれる人と仲違いすると、碌な事に成らないからね。
「秘密は、日本人が発見した、第五の味と言われる『うま味』ね。」
そう、西洋世界では味の種類は、甘味,塩味,酸味,苦味、の四つの組み合わせで、全ての味が出来ていると思われていた。
アーユルヴェーダでは、そこに辛味と渋味を足して六つの味が有ると考えられていたわけだが、そこへ、池田菊苗という日本人の発見した、アミノ酸の味である、『うま味』が付け加えられたのだ。
肉の旨味の成分である、イノシン酸と、海産物の旨味のグルタミン酸をひっくるめて『うま味』と呼ぶ。
「ああ、それなら聞いた事が有るわ。最近では、フランスのシェフも『うま味』に注目して、料理に取り入れ初めているとか。」
「私は、日本を通じてこの西洋と東洋の文化の違いについて、研究しているのよ。アニメもラーメンもその1つよ。」
「成る程、さらっとアニオタを正当化して来ましたね。」
「悪い? うふふ。」
「いえ、素晴らしいと思いますわ、ふふふ。」
二人共目が笑っていない。
食卓に妙な緊張感が漂った。
「さて、と。私達こうして仲良く成れた事だし、あなたの事をドリーと読んでも良いかしら?」
「いいえ、お断りします。主人と使用人の分は、弁えて下さい。それに、私はあなた達の事を未だ信用していませんから。」
私は、自分の分の食器を片付けると、そう言い放ち自室へ戻った。
ちょっと冷たくし過ぎたかなとは思ったけれど、いくらフレンドリーに接して来てくれても、自分の家族の安全を人質に、私をこんな外国へ隔離した組織の人間を信用する気には成れなかった。
暫くの間同居するのだから、無駄な諍いは避けようとか思って置きながら、この始末である。自室でちょっと落ち込んだ。
………………
…………
……
さて、夕飯も食べたし、そろそろヒーロー活動の時間かな。
私は例の姿に変装するべく、玉に命じた。
「あの時に決めた姿へお願い。覚えているわね?」
【Roger(了解) 変身術起動 塑性加工術起動】
黒髪ボブのゴスロリ衣装を身に纏い、ペントハウスのルーフテラスから飛び立った。
その姿を別の部屋の窓から眺めている女性が居る。ピートだ。
〔こちらピート。今ドリーが飛び立ちました。〕
〔了解した。観測はこちらが引き継ぐ。〕
私は、飛び立った事が既に察知されている事は知っている。何故なら、発振器付きの腕時計を着けさせられているのだから。
飛行ルートも速度も加速度も、私のバイタルも克明に記録されているんだろうな。
どんなフィールドが展開されていて、どういう原理で魔法が発動しているのかも記録されるのだろう。
まあ、それと引き換えに家族の安全は守られるのだけどね。
ルーフテラスから垂直に上昇し、一旦空中に止まる。
周囲の地形を確認してみると、びっくりするくらい何にも分からない。
うーん、夜景の街を見下ろしても、来た事も無い外国の地形なんて分からないよね。
多分、街の明かりが集中している辺りが中心部なんだろうな。
「犯罪が起こりそうな場所を教えて。」
【Roger(了解) 既に犯罪は起こっています 誘導します。】
自動でその犯罪発生地点へ連れて行かれた。
連れて来られたのは、コンビニエンスストアーみたいだ。その建物の上まで来た所で、店内から銃声が聞こえた。
流石、犯罪大国は違うね。普通に発砲事件が起こるんだから。
店内から走り出て来た覆面姿の二人の男が居る。一人の手には、拳銃が握られている。
私は、その男の目の前に降りて、男達に声を掛けた。
「おじさん達、拳銃強盗はいけないよ。」
男達は、空から降りて来たゴスロリ姿の私を見て呆気に取られていたが、直ぐに私に銃口を向けて凄んで来た。
「な、何だお前は!? そこをどけ!」
しまった、名前を考えておくのを忘れてたわ。
「私はノイータ、宝珠に導かれし
うん、今考えた。うひっ、運命と書いてさだめと読む、うひっ、中二臭い。
「強盗は駄目だよ。取った物を返しなさい。」
【Roger(了解) 取られた物を持ち主に返します】
後ろの男が持っていた現金入りの黒いカバンが、魔力で男の手から離れ、空中を飛んで後ろで呆然と見ている店員の手の中へ戻った。
拳銃を持った男は、私と店員の方をキョロキョロと見比べ、拳銃をあっちに向けたりこっちに向けたりしている。
しかしその時、遠くの方からパトカーのサイレンの音が聞こえて来た。
男達は、カバンを諦め、乗って来た車に乗り込んで逃走を図った。
「逃さないよ。殺さない程度の攻撃魔法。」
【Roger(了解) レッドボール】
シュイイイイィィィン……
空気が流れる音がし、私が前方に突き出した右手の先に、赤い玉が出現したと思ったら、それが一直線に飛んで行って車のリアウインドウへ直撃し、貫通して車内に飛び込んだ。
ボンッ!!
車内で弾けた赤い玉により、車の全部の窓ガラスが外側へ吹き飛んだ。
コントロールを失った車は、コンビニの車道側に在る看板の太い鉄柱へ激突し、前部を大破して止まった。
中の男達は、車内で伸びているだけで死んでは居ない様だ。
私は、店員さんの方を見ると、腿から血を流しているのが見えた。多分、銃声が聞こえた時に撃たれたのだろう。かすり傷だが、今は興奮状態で痛みを感じていないのかもしれない。
「銃創を治療して。」
【Roger(了解) 治療術起動 Completed(完了しました)】
私は、店員さんの傷が完治したのを確認し、目の前で手を振って、警官がやって来る前にその場を飛んで去った。
黒い服は便利だ。夜空を飛ぶと、殆ど目立たない。
ルーフテラスへ戻ると、そこにはピートが待っていた。
「お帰りなさいませ、宝珠に導かれし
私は、変装を解くと、顔色一つ変えずに自室へ戻り、ベッドへ倒れ込むと毛布を被ってジタバタ転げ回った。
くううー、人の口から聞くとヤバイ! もっと良く考えて言うんだったー!
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