第9話 ラーメン

 まあ、私は音速で飛べるので、半径1000キロ程度は庭みたいなものだけどね。

 フロリダのディズニーワールドまでだって、小一時間ってなもんですよ。


 浮かれ気分の私に、男は釘を差してくるのかと思いきや、意外にも好きにして良いと言って来た。いや寧ろ、どんどん能力を使えだって。データを取りたいらしい。

 条件として、腕時計型の記録装置を常に身に着ける様に命令された。

 一見、アップルウォッチみたいな四角いスマートウォッチに見える。まあ、着けてやってもいいかな。

 完全防水なので、入浴中も外すなと言われた。

 カメラでも付いているんじゃないだろうなー? え、付いている? やだよ!

 そう言ったら、レンズの位置はここなので、映らない様に自分で工夫しろと言われた。

 もちろん、監視もしているが、無線機にも成っているので、定期的に連絡を入れる事を条件に、外出も何をするのも自由だそうだ。

 本当にアーティファクトの性能を記録に取りたいみたいだな。

 こんな協力的なサンプルは、二度と手に入らないだろうからね。手放したくは無いだろうしね。他国に取られちゃった日にゃ、大事だもんな。そう考えたら、もっと待遇良くても良い気がして来たぞ? 私、給料も出ないのに無料奉仕じゃん。

 そう苦情を言ったら、留学費用、生活全般の費用、小遣いと、十分な額が出てるだろうと言われた。

 確かにそうだけどさ、世界に一人しか居ない貴重な協力者だよ? 大統領並みの給料位出してくれてもバチは当たらないのにね。


 まあいいわ。アメリカでの自由は約束されたのだ。

 大いに遊びまくるぞー!


 「こら、勉強だろ?」

 「へーい、そうでした。」


 充てがわれた部屋に案内されたのだけど、室内に入ってみて驚いた。どこのお金持ちだよ!

 高いビルのペントハウスだよ。ちょっと、学生身分の私には、分不相応でしょ。


 「何なのだ。高給寄こせと言ったり、部屋見て怖気付いたり。」

 「いやまあそうなんだけどさ、給料の方は冗談で、本当にこんな……」

 「はははっ! いや済まん、お前が極普通の小市民で安心したよ。ここは、お前が窓から飛んで行くのを見た監視員からの提案で、周囲の目を気にせずに出入り出来るようにと考えての事なのだ。」


 小市民言うなや!

 まあ、そこまで考えてくれているのなら、有り難く使わせてもらうけどさ、ご近所付き合い上手くいくのかしら?


 「都会の高級アパート暮らしで近所付き合いの心配をする田舎者の図、だな。心配するな、普通こういう所では隣近所に誰が住んでいるかなんて、詮索するのはご法度だ。」


 田舎者言うなや!

 そうなのか。お金持ちのプライバシーはガチガチなんだな。息苦しそうだ。私は田舎の小市民で結構ですよ。


 男達が帰って行って、さて、この広い部屋をどうしようと思っていたら、まだ帰らずに残っている人が居た。


 「あれ? あなたはあの時のCAのおねえさん。どうしたの? 忘れ物?」

 「いえ、私はここで、住み込みのメイドをする事に成っています。」

 「えっ?」

 「えっ? 何か?」

 「今、住み込みって言った? メイドって言った?」

 「はい、そうですよ。私は、ペイトロゥニーリャ、ピートとお呼び下さい。あなたの身の回りのお世話をさせて頂きます。何なりとお申し付け下さい。」

 「マジですか。至れり尽くせりねー。」

 「まあ、家政婦兼監視なので、お気になさらずに。」

 「気にするよ!」


 やっぱり監視が付くのかよ。器械だけならなんとか誤魔化せるかもと思ったのに、とうとう隠す気も無くなってきやがった。


 「ステルス&赤外線遮断!」

 【Roger(了解) 光学魔導ステルス起動 赤外線遮断障壁展開】


 私は姿を消した。

 しかし、おねえさんは、眼鏡のつるに付いているダイアルをキリキリと回すと、私の方向へ正確に歩いて来て目の前で立ち止まり、微笑みながら言った。


 「お嬢様、お夕食の献立は何が宜しいでしょうか?」


 私が、横へちょっと移動すると、また正確に私の方へ向き直る。

 見えてるのか? この人。あの眼鏡のせいか。

 私は、姿を表わすと、諦めた様にソファーに座り込んだ。


 「赤外線もカットしてるのに、どうしてわかるのよ。」

 「うふふ、秘密です。」


 ヤバイな科学装備。情報関係に関してだけは魔法を超えているかもしれない。


 「それで、お夕食は、どう致します?」

 「何が出来るの?」

 「何でも。」

 「何でも? 本当かしら?」

 「試してみますか?」

 「そうねえ…… じゃあ、ラーメンが食べたいわ。」

 「ラーメン、ですか? ラーメンとは一体……」

 「無理なら良いのよ?」

 「お任せ下さい。」


 私は、意地悪く笑って見せた。

 私はエリート諜報員です。何でも出来ますなんて、自信満々に言う彼女のプライドを、ちょっと圧し折ってやりたく成ったから。

 でも、彼女は出来ませんなんて絶対に言わない。駄目メガネだと思うけど、メガネをくいっと上げる仕草をすると、部屋を出て行った。

 日本のアキハバラで食べた、ジャングル…… ジャングラ? のラーメンは、大層美味でした。それと同じとまでは言わないけれど、同じ位美味しい物を用意出来るならしてみなさい。


 食事の用意が出来るまで、私はリビングの大型テレビでカーツーンを観ていた。

 5人組の魔法使いの少女達のストーリーみたい。多分、日本のアニメの影響なんだろうね。

 だけど、衣装が可愛くないな。


 可愛いって感情は、こっちでは大人が小さな子供に抱く感情として受け止められていた。小動物に対してとかね。つまり、上から下への目線なんだ。

 だから、可愛いと言われる対象は、即ち一人前では無いと観られている、保護対象へ向けられる視線なんだ。

 だけど、日本のアニメが入って来て、その認識に打撃を加えた。

 子供は弱いから庇護の対象だ、故に可愛い。だけど、成長して大人になれば、カッコいい、美しい、強い、となり、一人前になる。

 だから、大人の女性に可愛いは適用されないと思われていた。

 それが覆ってしまった。

 大人でも可愛いが成立する!? 美しく格好良いと可愛いは両立する。

 これは、とんでもないカルチャーショックとして受け止められたのだ。


 だけど、このカーツーンを見る限り、その完全理解には程遠い。

 子供もしくは小動物に対する感情が、”可愛い”だという事は理解出来る。だけど、具体的に体系化して理解するには至っていない。

 日本人は、無から現実に存在しない動物をデザインして、それを可愛いと認識させる事にまで成功しているのだ。


 「うむむ、これは大学で研究論文にする価値は有りそうね……」


 そんな事を考えていたら、インターフォンでラーメンが出来たからダイニングに来るように言われた。

 ダイニングへ行くと、私とピートの分の、2杯のラーメンがテーブルに乗っていた。

 誰か他の人に作らせたのかなと思い、キッチンの方を見てみたのだけど、私達二人しか居ない様だ。


 「シェフにでも作らせたと思いましたか? ちゃんと私が作りましたよ。」

 「いや、別に……」


 まあ、一応ビジュアルはラーメンに成っている。問題は味だよ。

 スープをレンゲで一口、その後麺をすすってみる。


 「どうですか?」

 「うーん、これは、生麺タイプのインスタントね? スープは中華スープをお湯で解いただけの味だし、麺は茹で過ぎて伸びてしまっている。そもそも、温度が微温過ぎる!」

 「がーん!」

 「まだまだね。では私が正解を出しましょう。」


 私は、玉に命じてあのアキハバラで食べたラーメンを出してもらった。

 私とピートの前に、ラーメンの丼が2つ現れた。


 これって、魔法的にどういう仕組なんだろう?

 フィッシュ・アンド・チップスを出した時も思ったのだけど、これって、超能力で言う所の物体引き寄せアポートなのかな? だとすると、泥棒にならない? それとも、無から生成しているのだろうか? 気になる所だけど、今は深く考えるのはよそう。


 「さあ、食べてみて。」


 ピートは、麺を数本取り、レンゲにスープを掬って、その上で小さいラーメンを作ってフーフーしながら食べていた。

 彼女のメガネは白く曇っていた。


 私は、日本で覚えたラーメンのお作法に則り、豪快にズズズーっと麺をすすった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る