第8話 ドロシー、ニューヨークへ行く。

 出発当日。

 お母さんとお父さんは、空港まで見送りに来てくれた。


 「病気や怪我には気をつけるのよ。辛くなったら何時でも帰って来ていいからね。」

 「お母さん、たった2年だし、休みには帰って来るんだから。」


 お父さんは、しっかり勉強して来いよ、お前の留学費用は国民の税金から出ている事を忘れるなと、真顔で言われた。

 うーん、留学と言っても、向こうでは普通の大学生活は送れそうも無いんじゃないのかなー…… お父さんとお母さんにはそんな事言えやしないけど。


 「娘をくれぐれもよろしくお願いします。」

 「はい、お任せ下さい。と言っても、私は向こうのエージェントに引き継ぎをする為に同行するだけですが。」

 「お母さん、別に嫁に行く訳じゃないんだから、大げさよ。」

 「何だと! 向こうの男に騙されたりするんじゃないぞ!」

 「もう、お父さんったら。」


 なんて、普通のご家庭みたいな(うちはごく普通のご家庭でした。)やり取りをして、一連の儀式が終わってから、アメリカ行きの飛行機のエコノミーシートへ座る。隣の席は、このスーツの男だ。多分、政府機関の人間なんだろう。私の監視の為にくっついて居るんだろうな。


 私が座席で玉を弄くり回していたら、男にあまり妙な事はするなと言われてしまった。


 「妙な事? じゃあ、取り上げてみたら?」

 「そんな事をしたら、どうなるのか位は知っている。テロリストに成るつもりは無い。」


 へえ、爆発する事を知っているのかな?

 爆発物を持って飛行機に乗る事が出来るのかどうか、これは、材質的に爆発物でも危険な薬物でも無いのだけど、爆発を起こす事が出来る物体な訳で、法的に可なのか不可なのか、どう定義されるのだろう? とか、ちょっと的外れな事を考えてしまった。普通に考えて、その物自体は爆発物ではなくても、爆発を起こす事が可能な物体はアウトだよね。


 「確認されているだけで過去に、3例程前例があるのだ。」


 お? 聞いてもいないのに、勝手に語り始めたぞ。


 「1917年、カナダ。1988年、アメリカ。2015年、中国。どれも他の理由で報道されているが、原因はこいつだ。」


 男は、私の持っている玉を指差した。


 「えっ、ヤバイじゃん。ここで爆発したら、関係無い乗客を巻き込んじゃう!」

 「心配無い。この飛行機に乗っているのは、全員乗務員も含めUKとUSAの関係者だ。」

 「関係在るよ! その人達だって家族はあるんでしょう!?」


 男は一瞬、キョトンとした顔をしたが、直ぐに柔和な顔に成り、私から視線を外して前を見ながら言った。


 「その、最悪の事態を避ける為に我らが付いている。」


 ん? 軍事的優位を得たいが為にアーティファクトを追っているんじゃ無いの? まるで、保護しているみたいな口ぶりなんだけど。

 取り敢えず、私から玉を奪い取ろうという積りは無いらしい。

 本音を言えば、研究したくてしてくて堪らないのだろうけど、その方法が無いのだろう。


 「私を閉じ込めたり、拘束したりして、私から離さない様にして調べてみたら?」

 「過去の連中が、お前の思い付く程度の事を試していないと思うか? そのアーティファクトには、何か意志の様な物が宿っているのだろう。裏をかく事は無理だ。機嫌を損ねる訳にはいかん。」

 「あー、私、一回機嫌を損ねた事有るわー。」

 「止めろ! 二度とするな!」


 怒られた。何で私は敵側目線でアドバイスしているんだ?


 「じゃあ、あなた達は何で私に張り付いているの? 奪い取る事も、研究する事も出来ないというのに。」

 「唯一、お前から所有権が離れる事例が有るのだ。」


 男は、寂しそうに笑って話を続けた。


 「お前が、幸せに天寿を全うし、この世を去った場合だけ、所有権という縛りが外れる。我々は、その時までお前を管理下へ置き、敵対勢力へ手渡さない様に見張るだけだ。未だ我々しか確認していない、大事な適合者2号だからな。」

 「私が2号? じゃあ、1号はあのお婆さんって事か。」

 「そうだ。もう良いだろう。少しは眠っておけ。」


 男はシートを倒し、目を閉じた。

 お婆さんは、適合者じゃなくて、創造者クリエイターなんだけどな。まあいいか。


 じゃあ何で私の時みたいに優しく保護しなかったんだと思うけど、初めての生きたサンプルに、各国で取り合いが発生してしまい、ファーストコンタクトに失敗したまま、確執は解消されないで現在まで来てしまっている様だ。

 中には、過激な強行勢力も居るので、うちは違うと言ってみた所で、最早取り返しが付く状況では無いそうだ。

 どうやら、私に仲介をして欲しいという思惑もあるみたいなんだよね。

 まだ、この連中を完全に信用した訳では無いので、してやらないけどね。というか、私の方からお婆さんへ連絡する手段が無いのだ。お婆さんの言う、縁という物が何時訪れるのかは、私にも分からない。


 まあ、考えてもしょうがない事を何時までも考えていても時間が無駄に成るだけだ。

 私もちょっと仮眠する事にした。


 ………………

 …………

 ……



 肩を揺すられて、私は目を覚ました。

 仮眠のつもりがぐっすり眠ってしまっていた様だ。

 飛行機は、既に空港へ到着していた。

 隣の席の男は居なく成っていて、私を起こしてくれたのは、CAのお姉さんだった。

 このお姉さんも、この得体の知れない組織の構成員なんだよなー。優しそうに笑っているけれど、結構強いのだろうか?


 飛行機のドアを出ると、青空が見えていた。今時珍しい、タラップだ。

 今って、直接空港ビルへ横付けして、ビル側からボーディング・ブリッジという通路が伸びて来て、直接ビルへ入れる様に成っているよね。

 だけど、ここはそうなっていない。タラップを降りて、バスに乗り込んだ。

 外を見ると、どうやら一般の空港ではなくて、米軍の空軍基地みたいだ。地味な色の大きな輸送機が並んでいる。

 一体私は何処へ連れて行かれるのだろう?

 バスは、地下道の入口へ入り、ぐるぐると螺旋状の通路を降りて行く。

 もう、方角が分からなくなっちゃった。

 そうして、何十メートル下ったのだろうか、直線通路へ入った。

 一体何処へ連れて行かれるのだろう?


 「今何処?」

 【マサチューセッツの空軍基地から南西方向へ、時速120キロメートルで移動中。】

 「やめろ!」


 男が手で遮ってきた。

 私が玉をちょんと掌に当ててやったら、『ひっ』と小さな声を漏らして、さっと手を引っ込めた。

 私がニヤニヤしていたら、忌々しそうな顔で睨まれてしまった。

 爆発すると聞いて、触るのも怖いんだろうね。

 私はと言うと、爆発の実感が無いせいもあるのだけど、あまり現実味が無くて、ピンと来ていない。

 連中から見たら、実弾の入った拳銃をいじくり回す子供を見ているみたいで、気が気ではないのではないだろうか? だからといって取り上げる事も出来ないジレンマ。なんだか車内がピリピリしているのが分かるので、巫山戯るのは止めておこう。


 玉は、私にも分かり安い様に、キロメートル表示だ。

 大体、先進国でインチだのマイルだの使っていて、メートル法を拒否しているのは、アメリカだけだ。というか、この地球上でメートル法を使っていないのは、リベリアとミャンマーとアメリカの三カ国だけだぞ。

 だけど、ジャイアンなので一向に変える積りは無いらしい。面倒臭い国だ。


 バスは、景色の変化の乏しい地下道を2時間半程度走り、やっと地上へ出た。

 おお、大都会だ。

 私はこれから、この大都会に住むのかー。

 え? 違う? 大学は郊外に在るから、その近くの政府の監視の目が届く居室が割り当てられる? なんだよ、がっかりさせないでー。




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