第5話 アーティファクト

 「ところで、その玉は便利に使ってくれているかい?」

 「ああ、やっぱりこれはお婆さんのくれた物なのね?」


 なんでも、お婆さんのお手製の道具の中でも最高傑作らしい。

 中に3匹の妖精が宿っていて、命令する事でそれぞれ得意な分野の魔法を行使してくれるんだとか。


 「妖精? ああ、それで機嫌損ねたのか。だけどさ、玉って言うのがちょっと携帯性悪いよね。」

 「文句言うならお返し!」


 お婆さんが玉を取り上げようとしたので、さっと後ろへ飛び退き躱した。


 「嫌よ。これはもう私の物だもん。」


 私は悪戯っぽく笑ってみせた。

 お婆さんは、ふんっと鼻を鳴らし、テーブルに頬杖を突いて口元を緩めた。


 「取らないからお貸し」


 私は、お婆さんに玉を手渡すと、お婆さんは背後のチェストの引き出しから一枚の革を取り出し、テーブルの上に広げて、その上に玉を置いた。

 お婆さんがその上に手をかざし、集中すると、手と玉の間の空間が光り輝き、光が収まると、革は玉を包み込む様な形のストラップへと形が変わっていた。それに小さなカラビナを付けて、私のGパンのベルト通しの部分に付けてくれた。


 「ありがとう、お婆さん。」

 「ふん、大事に使っておくれ。」


 それから、お婆さんに玉の使い方を色々教わった。

 基本的に、声で命令するのだそうだ。

 妖精は私を主人と認めてくれたそうなので、私以外の者が使おうとすると、言う事は聞いてくれないらしい。

 お婆さんの事は、私の更に上位者という認識だそうで、私と同時に違う命令をすると、お婆さんの方を優先するとか。


 「昔、沢山の人に便利に使って貰おうと、幾つかの道具を作ったんだがねぇ……」


 その昔、お婆さんが若かった頃、行き倒れていたお婆さんを優しく介抱してくれた一家があったそうだ。

 その家は、貧しい村の外れに在って、お婆さんが起き上がれる様に成るまで献身的に面倒を見てくれたらしい。

 食料が少ないながらも、お婆さんの為に食事を分けてくれ、お婆さんは怪我も治って元気も取り戻した。

 そこで、お礼のつもりで幾つかの道具を作ってその家の人にあげた。


 最初は、大層喜んでくれたそうなのだけど、家人が村の中でその道具を使って見せると、最初の頃こそ驚愕の目を向けられ、喜ばれていたのだが、やがて、嫉妬の目を向けられる様に成って来てしまった。

 持っている者と持っていない者で諍いが起こる様になってしまった。

 お婆さんの元へは、食べ物や服、金を持った者が頻繁に訪れる様に成り、我も我もと自分にもその道具を寄こせと、村人が押し掛ける様になってしまった。中には、暴力で他人の道具を横取りし、それを売って儲けようとする者まで現れた。

 でも、皆が幸せになるならと、お婆さんは文句も言わずに幾つもの道具を作り続けたそうだ。


 ある朝、お婆さんが目を覚ますと、外が騒がしい事に気が付いた。

 家の外へ出てみると、剣を持った兵士達が、家々を襲って道具を取り上げていた。

 その道具の噂が近隣の村でも評判に成り、領主の耳にも入り、独り占めしようと軍隊を送り込んで来たらしい。

 そして、今正にお婆さんを助けてくれた家の人が、剣を持った兵士に襟首を捕まれ、頭から血を流しながら、お婆さんを指差し、何かを訴えて居る場面だった。

 兵士は、剣で家人を一突きにして道具を取り上げると、お婆さんの方へ歩いて来た。

 お婆さんは恐怖に駆られ、……その後の記憶は曖昧だそうだ。


 「私も未だ若かったからねぇ、感受性も豊かだったから、凄惨な場面に心が持たなかったのだろうね。気が付いたら、一人で山の中を彷徨っていたよ。」


 今なら、一瞬で屠ってやるのにねと笑っていた。

 村と村を襲った連中がどうなったのかは全く覚えていないらしい。

 それ以来、道具作りは控える様に成り、過去に作った道具も現存している物は、回収して回っているのだそうだ。


 多分、今日襲って来た連中は、その道具をどういう経緯でか、手に入れた者なのだろうと言っていた。

 しつこくお婆さんを追い回し、お婆さんは逃げ回る生活を余儀なくされているのだという。


 お婆さんは、首に掛けていた、私の拾った例の水晶のペンダントを取り出し、私に見える様にしてくてた。

 ペンダントは、淡い緑色に光っている。


 「こいつを持っている限り、連中には追われ続けるだろうねぇ。捕まる気は無いけれどさ。」

 「じゃあ、この玉、私が持っていたらヤバくない?」

 「そっち大丈夫だよ。遮断する処置を施してある。昔作った物は、探知されるだろうね。連中はそれで私の作った道具を探しているんだよ。」

 「でも、街で連中に、私がこれを持っている所を見られちゃったよ?」

 「それも対策済みさ、最近作った物は所有者しか使えないし、所有者以外が持つと大爆発する様に成っているからね、ひっひっひ。」

 「こっわ。でも、お婆さんのその話、何年位前のどの辺りでの話なの? ネットで調べれば、詳細分かるかもよ?」

 「そうかい? 今で言う中東の辺りで、二千年位前じゃったかのう……」

 「に、二千年!? お婆さん、一体歳幾つよ!?」

 「そうさのう、3万3千歳は超えておるかのう、面倒臭いから、もう数えておらぬわ。」

 「はあ~、冗談なのか本当なのか、分からないわ。でも、それで連中、アーティファクトなんて言い方していたのね。」


 アーティファクトとは、古代の遺物という意味があるそうだ。

 つまり、連中がそういう言い方をすると言う事は、どこかの遺跡で見つけたか、寺院等に収められていた物を偶然手に入れたのだろう。

 連中がお婆さんを追い回すのは、現物を所有し、使い熟している、今現在姿を確認出来ている唯一の人物だという理由だからかもしれない。 まさか、当の製作者本人だとは思って居ないだろう。


 そんな話を聞きながら、お婆さんのレクチャーで、家の中で物を動かしたり浮かび上がったりを暫く練習していたら、お婆さんは急に怖い顔になって、『しっ!』と口に人差し指を当てて、静かにするジェスチャーをした。

 耳を澄ますと、遠くの方に微かにヘリコプターの音がする。


 「やれやれ、どうやらここも嗅ぎ付けられてしまった様だね。」

 「えっ!?」

 「あいつら、しつこくて本当に辟易するよ。」


 外に出てみると、ヘリの爆音が段々近付いて来ているのが分かる。

 お婆さんは、すーっと木の梢の位置まで飛び上がり、木に隠れる様にして音のする方向を確かめた。

 そして、私の所へ降りて来て言った。


 「連中、こっちの正確な位置までは分からないみたいだ。うろうろ右へ行ったり左へ行ったりしているよ。」

 「じゃあ、大人しくじっとしていれば、この深い森の中からこの場所を特定する事は出来ないかも。」

 「いや、見つかるのは時間の問題だね。」

 「そうか、離れた2点から方向が分かれば、その直線の交わる点に私達が居るって事じゃん! 三角測量だよ! ガールスカウトで習ったわ!」


 お婆さんは、何かの魔法を使うと、小屋の在る場所の空間が歪み、小屋はすっと折り畳まれる様にしてその空間内へ消えた。


 「これでよしと。」


 そして、私の腰に付いている玉へ向かって命令をした。


 「この娘を家まで安全に送り届けておやり。」

 【Yes,ma'am.(イエス、マァム)。飛行術起動、光学魔導ステルス起動。】

 「えっ、ちょ、ちょっと、お婆さんはどうするの?」


 私は、体が勝手に浮かび上がって行く途中に、地上で私を見送るお婆さんに向かってそう尋ねた。」


 「私は一人ならどうとでも成るよ。」

 「また会えますか?」

 「縁が有ればね。」


 私の体は、景色に溶け込む様に消え、上空で音の速さで家の方向へ向けて飛んだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る