第4話 魔法使いのお婆さん

 次の日、私は気分転換に街に出てみる事にした。

 昨日の晩、玉の機嫌を取るために一晩中、なだめたりすかしたりおだてたりしていたら、自分は物相手に何をやっているんだと落ち込んだから。

 玉は未だに機嫌を損ねたままみたいで、光を取り戻していない。


 でも、お洒落な服や靴なんかの店を見て回っていたら、気分が上がって来た。

 旅行帰りでお金が無くて何も買えないけれど、いいんだ。

 そうだ、お洒落カフェでスイーツでも食べて帰ろう。


 大通りの目に付いたお洒落カフェ(主観)へ入り、窓際の席に陣取る。

 注文した、生クリームとフルーツたっぷりのパンケーキをぱくつきながら通りを眺めていると、あのお婆さんが居た。


 ええー、未だ二口位しか食べてないのに、どうしよう。

 追い掛けたい気持ちと、パンケーキが勿体無い気持ちが葛藤する事約1秒、生クリームをさっと掬って大きく開けた口へ押し込むと、ハンカチで口を押さえながら素早く会計を済ませ、お婆さんが歩いて行った方向へダッシュした。

 百メートル位走った所で、路地への角を曲がるお婆さんの後ろ姿を見つけ、全速力でその後を追う。


 その角を曲がると、そこには既にお婆さんの姿は無かった。

 そこは、ビルの側面で、室外機が置いてあったり、非常階段があったり、従業員用の通用口があったりするだけの殺風景な路地で、何処かへ隠れられそうな場所は無い。

 私が曲がったのは、お婆さんの直ぐ2~3秒後なので、見失う筈は無いのに。


 「やっぱり、あのお婆さんは魔女なんだ。」


 私は、独り言を呟いた。


 「なんだい、人の事を魔女呼ばわりとは、ずいぶんと失礼な娘だねぇ。」


 その声に振り返るが、声の主は居ない。


 「こっちだよ、こっち。何処を見ているんだい?」


 声は上の方から聞こえる。そちらに首を向けると、外付けの鉄骨が剥き出しの非常階段の3階部分の踊り場に、手すりに凭れ掛かって下を覗き込んでいるお婆さんが居た。


 「私を追って来たんだろう? 何か用事でもあったかい?」

 「あなたに話が有ったんです! これこれ! これについて!」


 私は、ポケットから件の玉を取り出し、お婆さんの方へ突き出した。


 「ほう……」


 お婆さんは、目を細めて微笑んだ。


 と、その時、路地の両側の出口を塞ぐ様に、大型の黒いバンが横付けされ、数人のスーツを着た男達が走り出て来た。


 「居たぞ! あそこだ!」


 男達の中に、あの時私を襲った人が居たみたいで、『またお前か』とか言われた。

 男達は、テーザー銃を取り出し、非常階段に居るお婆さんへ一斉に先を向けた。


 「お前達、その娘を守っておやり!」


 お婆さんは、私に向かって叫んだ。いや、正確には私の持っている玉に向かって叫んだ様に見えた。


 【Yes,ma'am.(イエス、マァム)】


 玉の表面に文字が浮かび、再び輝きを取り戻した。

 それを見た、男の一人が叫んだ。


 「こいつ、持っているぞ!」


 テーザー銃の先が、今度はこっちを向いた。

 私は、思わず両手を上げて、降参のポーズを取る。


 「大人しく、その手に持っているアーティファクトを渡すんだ!」

 「えっ? この玉の事?」


 アーティファクト? 何言ってるの? 確か、遺物とかそういう意味だっけ?


 「あたしゃまだ生きているんだから、遺物とか言うのはおよし。」

 「何を馬鹿な事を。」


 男達とお婆さんが何の会話をしているのか、私には分からなかった。

 その時、私の持っている玉を取ろうと手を伸ばして来た男は、空中の何も無い所で何かに当たった様に手を引っ込めた。

 私は、手が当たる瞬間、鱗の様な多角形の模様が空中に淡く光るのを見た。

 玉を見ると、緑色に輝いていた。

 男達は、私から少し距離を取ると、一斉にテーザー銃を向けて来た。


 「お嬢ちゃん、加速度には強いかい?」


 お婆さんは、私の返事も聞かずに続けて言った。


 「飛ぶよ!」

 【Yes,ma'am.(イエス、マァム)】


 同時に、私の体は、物凄い速度で上の方向へ引っ張られて行く。


 「きゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 【飛行術起動】


 見る見る遠ざかって行く地面。

 あっという間に数百メートルの上空へ到達し、そこから水平方向へ、おそらく音速に近い速度で移動を開始した。

 男達は、飛行機雲を引いて飛び去る2つの飛行物体を、ただ見上げて目で追う事しか出来なかった。


 玉を見ると、青く輝き、『飛行術』の文字が表示されている。


 何これ? 何これ? 何これー!?」


 私はというと、混乱しまくっている。

 私の意思とは別に勝手に飛んでいるので、為すが儘に身を委ねている他無い。

 私と並んで隣で飛んでいるお婆さんは、一言も喋らず、まっすぐ前を見据えるばかりだ。

 飛行はやがて、高度1万メートルにも成ろうとしている。何でそう思ったかと言うと、積雲の雲海が下に見えるからだ。

 つい何日か前に、日本から帰って来る飛行機の窓から見た景色と一緒だと思った。

 だけど、そんな高度を飛んでいるのに、寒さも風も感じない。不思議だ。


 1時間ちょっと飛んだだろうか、お婆さんと私は高度を下げ、眼下に見える森の中へ降りて行った。

 イングランドから北東方向へ海を超えて飛んだから、ノルウェーかスウェーデンあたりの森じゃないかなと思った。


 「良い線行っているよ。詳しい場所は言えないけどね。」


 お婆さんは、私の考えている事が分かるのだろうか。やっぱりこの人は魔女だ。

 人っ子一人居無さそうな広大な樹海のど真ん中へ降下して行くと、森の木々の隙間に目立たない様にログハウスが在るのが見えた。

 その家は、周囲の木々を切り開かず、木と木の間が比較的広く開いている場所を上手く選んで建てられている。

 屋根は、こけら葺きで、苔なんかも生えていたりするので、多分上空から見てもかなり近づかない限り見つからないかもしれない。

 お婆さんに家の中へ通されて、ハーブティーを出してもらった。

 一息付いて、聞きたい事は山程有るはずなのに、私の口から出た言葉は他愛も無い感想だった。


 「魔女の家と言うには、何の変哲もないただの山小屋なのね。」

 「悪かったね。魔法で隠蔽されてたり、魔法の道具が沢山在るとでも思ったかい?」


 うん、確かにそういうのを期待した。空を飛ぶのだって、箒に乗って優雅に飛ぶものとばかり思っていたのに、ミサイルみたいな速度ですっ飛んで行くんだもん。これじゃ、魔女というよりもスーパーヒーローじゃない?

 


 「まあ、当たらずとも遠からずかもね。しかし、私は自分で魔女だと名乗った覚えは無いよ?」


 確かにその通りだ。私が勝手に魔女だと決めつけただけなんだから。


 「お前さんは、私に聞きたい事が有って、後を付けて来たんじゃないのかい?」

 「そ、そうだ! お婆さんは一体何者なの? この玉はお婆さんがくれたものですか? 私達を襲って来た、あの男達は何なんですか? 男達の言っていた、アーティファクトって何?」

 「何だい、質問責めだね。一つ一つ疑問に答えてあげよう。その前にお前さんに謝らなければならない。私の問題に巻き込んでしまって済まなかったね。」


 意外な事に、私はお婆さんに謝られてしまった。

 何でも、あの水晶のペンダントはお婆さんの大事な物で、あれが無いと帰れなくなってしまう所だったらしい。

 帰るというのは、この家の事ではなくて、生まれ故郷の事なんだそうだ。


 お婆さんは、あの水晶のペンダントを無くした事にしばらくして気が付いたのだけど、その頃にはそれを拾った私は既に飛行機の上で、慌てて追い掛けて来た所、あの最初の草原での一悶着があったのだそうだ。


 「このペンダントからは、微弱な魔力が漏れているのでね。探知するのは容易いのだよ。」

 「そうだったんだ。」


 「それが、あいつらもそれを探知する術を見つけていたのは誤算だったのだけどね。」




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