第3話 魔法の練習

 「すごい、すごい、すごい!!」


 私は、家へ足早に戻ると、自室のベッドの上へ飛び乗り、ぴょんぴょん跳ねた。

 そして、横になり枕を抱えて、玉を取り出して、変な笑みを浮かべた。

 これって、私、魔法が使えるって事じゃない!


 私は、子供の頃の夢が叶ったと思った。

 子供の頃、私は自分の名前のせいなのかどうかは覚えていないのだけど、魔法使いに憧れていたんだ。

 大人になったら、きっと魔法が使える様に成ると信じていた。

 だって、この国には本物の魔女が居るのだから。


 だけど、成長するに連れ、あれって、偽物なんじゃないのかなと思う様になってきた。

 だって、魔法使えないんだもん。

 精々、占い程度でしょう? 薬みたいなのを作っている人も居たけどさ。

 魔女っぽいコスプレをしている、普通のおばさんだよね。

 その事実に気が付いた時、幼い私は絶望したものだ。


 だけど今、私は本物の魔法を使っている!

 物を探し、時間を遅くしたり、ナイフを消したりしている。

 他にももっと色んな事が出来るんじゃないのかな?


 次の日から私は、この玉で出来る事、出来ない事を検証する作業に没頭した。


 まず、基本の物を動かす事から。

 朝目を覚ましてから、ベッドの上に座ったままで、クローゼットから服を手元に呼び寄せる。


 そうイメージして言うと、玉の中の歯車はキリキリと動き、青色の光を発した。

 クローゼットの中では、物が暴れるガシャガシャという音が鳴った。

 あああ、まず扉を開かないといけないのか。

 ベッドから飛び起きて、クローゼットの扉を開くと、中から服が飛び出してめちゃめちゃに散乱してしまった。


 その時、ドアがノックされてお母さんが朝食に呼びに来た。


 「ドロシー、朝ごはんよ。……寝ぼけるのもいい加減にしなさいね。」


 服の散乱した部屋を見て、一言だけ言って階下へ降りて行ってしまった。

 私は、散乱した服の中からTシャツとGパンを拾うと、速攻で着替え、サンドイッチとコーヒーで朝食を済ませると、近所の公園へ向かった。


 人目が無いのを確認して、練習開始。

 近くに落ちていた、丸い適当な小石を拾って、それを遠くに投げる。

 それを手元に引き寄せる練習。


 「石よ、来い!」


 左手に持った玉が青色に輝き、さっきの石は、物凄いスピードで飛んで来た。

 私は、前に突き出していた右手を咄嗟に引っ込めた。

 石は私の右頬を掠めて背後へ飛んで行って、後ろの木へ当たって幹へめり込んだ。


 「あんなの素手でキャッチしたら骨折するわ!」

 【Forgive me please(許して)】


 ん?


 「会話出来るのかよ!?」

 【just a little(少しだけ)】


 マジですか。優秀なAIだな。


 「じゃあ、今度は、私が受け取れる位の力加減でお願いね。」

 【okie-dokie(分かったぜ)】


 いや、個性出して来なくていいから。


 「石よ、私の手元へ来い。」


 幹へめり込んだ石が、メリメリと音を立てて出て来て、凄い勢いで飛んで来た。

 そんな速度じゃ取れないってばー!


 「わあああああぁぁぁぁぁぁ…… あれ?」


 石は、手の10センチ位前で急に減速し、すぽっと手に収まった。


 「ふぅ…… びっくりした。よしよし、こんな感じでね。」

 【Completed(完了しました)】


 「じゃあ、次は、力はどの位出るのかな? ちょっとあそこの木を引っこ抜いてみてくれる?」

 【Roger(了解)】


 玉の中の歯車がキリキリと動き、今度は赤い光を発し始めると、私の指定した樹木が、メキメキと音を立てて持ち上がり始めた。

 周辺の土がひっくり返って盛り上がり、大変な事に成りそうだったので、私は直ぐ様止めさせた。


 「分かった、もう分かったから、ストップ、ストーップ!」

 【Completed(完了しました)】


 私は、めちゃめちゃに成った公園から直ぐに逃げ、家に帰った。


 昼食時にお母さんが、近所の人から聞いたのか、向こうの公園で樹木や地面が滅茶滅茶に荒らされていたという話を聞いて来たらしく、話して聞かせてくれた。


 「あなた、今朝あの公園へ行って無かった? 局所的な竜巻でも起こったのかしら、その時に遭遇しなくて良かったわね。」


 うーん、私の仕業です。冷や汗が止まりません。

 その日の午後は、自分の部屋で検証する事にした。


 「空、飛べないかな?」

 【Roger(了解) 浮上術起動】


 ベッドの上で浮き上がりはしたけど、その状態でジタバタするだけだ。平泳ぎみたいに泳いでみたけど、前に進まない。

 浮かばせて、移動させて、右行って左行って、上行って下行って、スピードは時速何キロって、いちいち指示しないとまともに移動出来ない。


 「こんなの飛べるって言わないよ。もっと、自分の意思で自由自在に飛びたいの!」

 【Roger(了解) 思考接続を試みます リンクに失敗しました 思考操作は出来ません ロシア語で考えて下さい】



 時々何かのネタをぶっ込んでくるみたいなのだけど、私には元ネタがよく分からなかった。きっと、この玉の製作者の趣味なのだろう。……て事は、あのお婆さんの趣味? この玉が、あのお婆さんのくれた物とは未だ決まったわけじゃないけど。


 ちなみに、さっきから玉に表示される『Roger(了解)』なんだけど、ロジャーまたは、某科学忍者隊のいうラジャーと同じものです。イギリス英語だとロジャー、アメリカ英語だとラジャーに聞こえるらしいです。

 これは、昔の通信音質が良くなかった時代に、了解の意味のreceived(受信しました)の頭文字である『R』を伝えるのに、『ロジャーのアール』って言っていた事から、了解=ロジャーって事になったらしいのね。

 これは、昔の日本の電報でも、『あさひのア』『いろはのイ』とか伝えていたのと同じ、それの英語版です。

 なんか、聞く所によると、一時期『Roger(ロジャー)』ではなくて、『Romeo(ロメオ)』だった事もあるみたいですよ。

 



 閑話休題



 自分の意思で自由自在にとはいかないのか。

 まあそれでも飛べるだけで凄いから、いいんだけどね。


 それよりも、魔法と言えば、料理を出したりとか、変身とかが王道でしょう。


 「そんな訳で、豪華な料理出ろ!」

 【具体的に指定して下さい】


 う、豪華な料理ってどんなのだっけ? 食べた事無いから分からないぞ?


 「……フィッシュアンドチップス出ろ……」

 【コンプリート】


 ベッド下の床に、フィッシュアンドチップスが散らばった。

 ……えーっと、ちゃんと皿に盛って、テーブルの上にって所まで言わないと駄目なのかな? なかなか馬鹿だぞこいつ。

 あれ? 玉から光が消えた。もしもし? おーい!


 【気分を害しました】

 「ええー? 感情有るの? ご免なさい! 器械だと思ってたの。許して!」

 【……】


 沈黙してしまった。


 私はその日は夜まで謝り続ける羽目になりました。




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