第2話 これって魔法のツール?

 「助けてよ!」

 「なんで?」

 「なんで、って!」

 「動くなって言われたしのう。」


 うそでしょー!?

 え? 私の立ち位置って何? 狙われてるの? それとも人質?

 そもそも、男達の目的は何なのよ!?


 「そいつらの欲しいのは、お前が首から下げている、そのペンダントじゃろう?」

 「はっ? そ、そうだった!」


 お前も、目的を見失ってるんじゃねー!

 男は、私の首に回していた手を緩め、ペンダントに手を伸ばして来た。

 と、次の瞬間、ドンっという衝撃と共に、男は後ろへ吹っ飛んだ。


 「えっ?」


 ぽかーんとする私を無視して、お婆さんは私の前へすっと近寄って来て、私の首からペンダントをそっと取り、背を向けた。


 「何処で落としたのか分からなかったのじゃが、お前さんが拾ってくれていた様じゃのう。この御礼はいずれ……」


 そうとだけ言うと、お婆さんは車道の方向へ歩き出した。

 私は、倒れている男達へ視線を落とし、再びお婆さんの方へ視線を向けると、彼女の姿は既にそこには無かった。


 「……やっぱり、あのお婆さんは本当に魔女だったんだ。」






 ◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇






 あの後は、腰を抜かしていたタクシーの運転手さんの尻を引っ叩いて、家へ帰りました。勿論、タクシー代金は払いましたよ。

 男達?あの原っぱに放置ですよ。あの後の接触は無い。


 しかし、わからない事だらけだよ。

 あのお婆さんは魔女だとして、男達の方は何だったんだろう?

 家に戻った後、親にめっちゃ叱られたよ。変な物を拾うんじゃありませんってね。


 バックパックの荷物を出して、お土産なんかを整理していたら、買った覚えの無い品が出て来た。

 それは、ピンポンの玉とかゴルフボール位の大きさの透明な玉で、中には金属の歯車が動いているのが見えた。

  透明部分は、ガラスなのか透明水晶なのか、それともレジンみたいな樹脂なのか分からない。

 高級腕時計の中身みたいな、精密な機械に見える。


 「何かしら、これ?」


 そう思ったら、表面に数字が浮かんだ。


 【28 16:05】


 あ、これ、日付と時間だわ。じゃあ、本当に時計なのかな?

 軽く振ると、中の円盤がクルクル回るのが分かった。多分、自動巻きの腕時計と同じ仕組みなのかも。

 これが何処かの時計店の棚に置いてあったら、きっと高価な物なんじゃないかなと思った事だろう。

 買った覚えの無い物が入っているのは、ちょっと気持ち悪いなとは思ったのだけど、元来細かい事はあまり気にしないたちなので、それをわきに置いて、荷物の整理に戻った。


 だってですよ、これが私が無意識に万引きしてしまった物だったとして、何処の店に有った物かも分からないし、日本まで返しに行く事も出来ない。そもそも、私がそんな危ない精神状態なら、呑気に海外旅行へなんて行っている場合では無い。

 立ち寄った何処かの店で、バックパックが当たって、偶然入ってしまった可能性も無くは無いけど、それは無いか。だって、チャック開けた奥の方のポケットに入っていたし。

 泊まったホテルの備品をうっかり持って来ちゃったのかなー? でも、こんなの見た覚え無いんだよね。

 結局、何処の誰の持ち物か分かった所で、どうやって返せば良いのか見当も付かないので、部屋に置いておく事にした。

 ちょっとインテリアとしてもイカスからね。

 持ち主が現れて、返せと言って来たら、勿論返す積もりだよ。

 まあ、それはそれとして、荷物の整理だ。


 「えーっと、ハサミは何処へ仕舞ったっけ?」


 私がそう口にすると、玉が一瞬ピカッと光った。えっ? と思って見ていると、玉の真上から細いレーザー光の様な物が、垂直に天井まで走り、それが逆円錐状に回転しながら広がって行き、天井、壁、最後に床へと照らした後、底の一点に集まり消えた。

 まるで、部屋の中をレーザービームで走査したみたいに見えた。

 そして、玉の表面に再び文字が浮かび上がる。


 【机の引き出し2番め 奥】


 えっ? と思って、確認の為に2番めの引き出しの奥の方を見てみると、確かにハサミが入っていた。

 一瞬、あのお婆さんの顔が浮かんだけど、まさかね……


 「物探し用の魔法のツールなのかしら?」


 私は、試しにもう一度、去年の夏に無くして諦めていた、友だちから貰ったポストカードの場所を聞いてみた。


 「去年無くしたポストカードの場所。」


 かなり大雑把な質問の仕方だけど、どうだ?

 玉を見つめていると、ちょっとの間の後、その表面に文字が浮かんできた。


 【机の3番めの引き出しを抜いた中】


 私は、一番下の大きな引き出しを引き抜いて、その中を覗き込んでみた。

 ポストカードは、そこに落ちていた。


 「あった! すごい!」


 私は、その玉をマジマジと見つめた。

 これは、魔法のツールだ。

 こんな凄い物が、私の所へやって来たなんて、奇跡に違いない。

 このツールは、あのお婆さんがくれた物なのだろうか?

 そういえば、お礼はいずれ、とか言ってたっけ。いずれじゃなくて、直ぐだったけど。


 私は、それをポケットに突っ込んで階下へ降りて行った。


 「ねえねえお母さん、何か探し物なあい?」

 「何よいきなり。おかしな子ねえ。」


 まあ、いきなり探し物と言われても、草々思い付かないのかもね。


 「あ、そうだ、ドロシー。」

 「何か有った?」

 「サラダクリーム(マヨネーズみたいなイギリスの調味料)を切らしてたんだわ。買ってきて頂戴。」


 体良くお使いを言い付けられてしまった。

 普通なら、休日に家族の運転する車で、大きなショッピングモールへ行く所なんだけど、明日の朝使う分が無いというので、近くの商店街の個人店へ買いに行かされる羽目になった。


 「何でこんな羽目に……」


 表通りの食料品店でサラダクリームを1瓶買い、帰り道にふと通りの奥の方を見ると、何やら騒がしい。

 通りの奥側は、バーとかパブが在る飲み屋街なんだよね。

 もうそろそろ良い時間なので、仕事帰りの大人達がお酒を飲みにやって来る頃なんだ。


 「また酔っぱらいが喧嘩でも始めたのかな?」


 興味本位でそちらの方へ足を向けると、他にも走って見に行く人が何人か居る。

 野次馬達の話の断片を組み立てると、どうやら痴話喧嘩で若い男女が掴み合いの喧嘩をしているみたい。

 やれやれ、くだらない。

 そう思って立ち去ろうとした時、野次馬達がざわめいた。

 男の方が、ナイフを抜いたらしい。

 逃げようとした女の人の髪を男が掴んで、今にもナイフを振り下ろそうとしたその時、私は思わず『あっ! だめっ!』と叫んだ。


 次の瞬間、時間がスローモーションに成った様に、ゆっくりと流れた様に感じた。


 ポケットからは、激しく光が漏れている。

 手を突っ込んで、玉を取り出すと、中の歯車が慌ただしく動いている。玉の中心から漏れる光が、歯車の隙間に遮られて、チカチカ明滅している様に見えた。

 玉の表面には、見た事の無い文字が浮かび上がっている。


 【ナイフを消しました】


 文字が見覚えの有る文字に変わったと思ったら、時間が通常通りに流れ始めた。

 男は、手に持ったナイフを振り下ろした。

 いや、ナイフを持った形の、軽く握った形の手を振り下ろして、女の肩を軽く叩いただけだった。


 「あ、あれっ? 俺のナイフ……」


 男は、手からすっぽ抜けたと思ったのだろう。辺りをっキョロキョロ見回している。

 間抜けな顔をしている男の顎の先に、女のアッパーカットが決まり、男はノックダウンされてしまった。

 観衆からは女性に対する賞賛の声が沸き起こった。


 私は、玉をポケットに突っ込むと、足早に家へ帰った。




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