私、魔女始めちゃいました。

第1話 私、とんでもないものを見ちゃいました。

 あの人は魔女に違いない!


 私はそう確信した。

 だって、杖を着いて、弱々しい足取りで歩くお婆さんが、6人もの大男の暴漢を打倒してしまったのだから。

 私は、その一部始終を、物陰に隠れながら見ていた。

 きっと、誰かに話しても信じて貰えそうに無い。



 私の名前は、ドロシー。

 そう、あの有名な魔法の国へ行った少女と同じ名前だ。

 生まれはイングランドで、18歳の大学生。

 夏休みを利用して、日本旅行を楽しんでいた最中なんだ。


 目的は、そう、半分位はアニメかな。

 なので、アニメの聖地アキハバラへやって来た訳。

 アニメのお店を色々回って、裏路地とか行ってみると、結構怪しげな電子部品屋とかパソコン屋とかがありますよ。

 聞く所によると、アニメの聖地と成る前は、電子部品屋やパーツ屋がいっぱいあったらしい。


 そんなお店を興味深く覗いていると、一軒の古道具屋というか、ジャンク屋というか、妙に気に成るお店が在ったの。

 そのお店は、ビルの谷間に在って、幅が2メートル無い位の小さな薄暗い店だったんだけど、中には真空管のラジオや蓄音機等の骨董品が並んでいて、とっても興味深かった。


 私、アンティーク大好きなので、何か買って帰ろうかなと物色していたら、先客が居て、その人と狭い通路ですれ違ったのね。

 その人は、お婆さんだったのだけど、何か小さな包を大事そうに抱えていた。

 顔は、ちらっとしか見えなかったのだけど、銀髪で杖を着いていて、ちょっと腰が曲がった感じの普通のお婆さんに見えた。

 でも、青い目をしていたの。

 そう、私には普通に見えたのだけど、この国では珍しい、西洋人のお婆さんだった。

 

 そのお婆さんが、店の狭い通路ですれ違った時に、何かを落として行ったので、それを直ぐに拾い、後を追いかけたのだけど、たった今店を出たばかりのはずなのに、右を見ても左を見ても、通りには既に姿は無かった。

 あたりは既に薄暗く成りかけていたので、どこかの路地にはいっちゃったのかなと思って、暫く走り回って探したのだけど、とうとう見つからなかったんだ。


 私は、その時に思ったの。『あの人は魔女だったんだ』とね。


 そのお婆さんの落としていった物を見ると、小さな水晶のペンダントみたいだった。

 六方晶の水晶っていうのかな? 六角形の細長い形で、先が尖っている、所謂私達が水晶の結晶で想像するあの形のやつだよ。

 小指位の大きさで、底には金属のキャップが付けられていて、革紐で首からぶら下げられる様になっている。


 不思議なのは、その水晶が淡い緑色に光っていた所。

 最初は、街のネオンサインが反射しているのかなと思ったのだけど、手で覆ってみても、手の中で光っている。

 きっと、底のキャップの中に電池とLEDでも仕込んで有るのかもしれない。

 何かのアニメの、魔女っ子の変身アイテムか何かかな? と、その時は思った。

 私は、そのペンダントをジーパンのポケットに押し込んで、そのまま忘れていたんだ。






 ◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇






 旅行から帰って来て、ヒースロー空港で何か飲み物を飲もうかなとポケットに手を突っ込んだら、それが有った。


 「あちゃー、持って来ちゃった。」


 あの、水晶のペンダントだ。

 後で聞いたのだけど、日本には交番というものが在って、そこへ届けておけば持ち主が現れた時に返しておいてくれると聞いた。

 だけど、あの時の私は、そんなのが在るなんて全然知らなかったんだ。

 どうせ子供の玩具だろう位にしか思っていなかったんだけど、今明るい所で良く見てみると、玩具と言うには作りがしっかりしている。

 水晶も、プラスチックでは無く、本物の様だ。真鍮のキャップといい、本革の紐といい、ちゃんとしたアクセサリーみたい。

 どうしようこれ? 今更持ち主も見つからないだろうし、貰っちゃおうか。


 私は、そのペンダントがちょっと気に入っていたので、首から下げて空港を出ようとしたら、スーツを着た厳つい数人の男性に呼び止められてしまった。


 「ちょっとすみませんお嬢さん。その首から下げているアクセサリーは何処で手に入れました?」

 「ちょっと別室の方でお話を伺えませんでしょうか?」


 いきなり大男達に通せんぼされて話しかけられたので、咄嗟に後退ってしまった。

 男達は、私が逃げようとしたと思ったのか、手首を掴もうと手を伸ばして来たのだけど、電気で弾かれた様にビックリして手を引っ込めた。


 「こいつ、スタンガンを持っているぞ! 気をつけろ!」


 そんな物は持っていない。この人達は何を言っているのだろう?

 私は、何か嫌な感じがして、その場を走って逃げた。

 一瞬、何かヤバイ物でも密輸しちゃった? と思ったのだけど、それならゲートを出る前に取り押さえられるはずだ。

 この人達は、空港の職員では無い。そう思った。

 男達は、特に追って来るでも無く、私は空港の建物を出てタクシーに乗った。


 自宅の前にタクシーを停めようとしたら、前の道には既に黒い車が2台停められていて、玄関でさっき空港で話しかけて来たのと同じ服装の男が母親と押し問答をしているのが目に入った。

 私は、咄嗟に窓から頭を下げ、運転手さんに直ぐに車を走らせる様に急かした。


 何なのこれ? 私は一体、何に巻き込まれちゃったっていうの!?


 男の中の一人が、家の前で止まりそうに成って直ぐに加速し出したタクシーに気が付き、胸の無線機で何かを指示しているのが見えた。


 「ちょっとお客さん、何処へ向かうのか言ってくれないと困りますよ。」


 「いいから! とにかくここから離れて! 郊外の方へ走って!


 私は混乱していた。

 だって、私はごく普通の女の子で、ちょっと妄想癖が有って、アニメが好きで、魔法少女に成りたいというのは内緒だけど、何処にでも居る普通の女の子なんだ。

 こんな、スパイ映画みたいにどっかの組織に狙われる様な、波乱万丈の人生を歩むなんて ……ちょっとは空想した事は在るけれど、そんな非日常に巻き込まれるなんて、在り得るわけが無い! 誰か助けて!


 タクシーは、郊外へ向かう道路上でカーチェイスを始めてしまった。


 「お、お客さん! 困りますよ、何なんですかこれは!」


 そんな事言われたって、私にも分からないよ。


 「変な事に巻き込まないでくれ! 停めますよ!?」


 タクシーは、路肩に寄って止まってしまった。

 黒い車は、タクシーの前後を挟む様に止まり、逃げられない様にされてしまった。

 タクシーの運転手は、両手を上げて下車し、スーツの男達に向かって、車を傷付けないようにしきりに懇願している。

 客を引き渡すと言っている。なんて奴だ。


 私は、仕方無いので下車し、道路脇の草原の方へ向けて走り出した。

 男達は、テーザー銃を抜き、私に向けて発射するが、何故かそれは私には当たらなかった。

 しかし、男達の足にかなうはずも無く、あえなく回り込まれてしまう。

 あーあ、捕まった後、酷い事されちゃうんだろうなー。

 なんて思っていたら、後ろの方から『ぐえっ』とかいう男達の声が聞こえてきた。

 振り返って見ると、そこには杖を着いたお婆さんとその足元に横たわる一人の男。


 「あれっ? あの人は……」


 私には、咄嗟に何が起こっているのかが分からなかった。

 別の男がテーザー銃を撃つが、お婆さんは、右へ蹌踉よろめき、偶然発射されたダーツは体の左側を通過した。

 お婆さんが体勢を立て直そうと地面に突いた杖の先には、偶然テーザー銃を撃った男の足があり、杖の石突が男の足の甲に突き刺さる。

 男は、テーザー銃を取り落とし、転げ回って痛みに耐えていた。

 

 「こいつには飛び道具は効かん。力で取り押さえるんだ!」


 男達は、それぞれ特殊警棒を取り出し、下に向けて振ると、カシャカシャと音を立てて伸びる。

 あの鉄の棒で、か弱いお婆さんを殴打するつもりだろうか、酷い連中だと私は思った。


 しかし、それは直ぐに間違いだと気が付いた。

 お婆さんが前のめりによろけると、特殊警棒は頭の上を空振る。

 左に蹌踉ければ、右側を空振る。

 男達の攻撃は、全然当たらない。

 お婆さんが杖を突き出せば、空振ってバランスを崩した男が杖の先端に鳩尾みぞおちを痛打し、横たわる。

 お婆さんが軽く体を回すと、組み付こうと近寄って来た男の腕が空を切り、前のめりにつんのめって、お婆さんが後ろに偶然突き出していた杖に吸い寄せられる様に喉をぶつけ、泡を吹いてその場に倒れる。


 何これ? 何の達人?

 お婆さんは、5人の男達をあっという間に倒してしまった。

 もう1人はというと、私の背後で私を人質にしようとしている。


 「う、動くな! こいつがどうなっても知らないぞ!」


 お婆さんは、ピタリと動きを止めた。

 そのまま無言で睨み合うことしばし。


 「助けてくれないんかーい!」





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