第六話 任務


「うっ…ゔーん」


 刃は激しい騒音で目を覚ました。何やら、居間の方からヘヴィメタルな音が聞こえてくる。恐らく、聴いているのは矢助だろう。


(そういや俺、任務から戻ってきたんだっけ)


 温かい布団から抜け出し、刃は大きな欠伸を吐く。その後、白い小袖に着替え、下は馬乗り袴をはき、最後に青い羽織りを纏い、着替えを終えた。



 襖をスライドさせた途端、騒がしい音楽が大量に流れ込む。案の定矢助がおり、音楽に合わせてリズミカルに首を上下に振っていた。


「……朝から愉快だな」


 刃は矢助の肩を叩きながら言った。それに気づき、矢助が顔を向ける。すると何故だか、フリーズし、一旦音楽を止めた。


「うん?どうした」


「あ、いや。髪を下ろしてたから一瞬、誰だか分からなかった」


「ああ、そういうことか」


 刃は納得した。彼は髪を下ろした状態で、長さは背中あたりまできている。後ろから見れば、女性と間違われるかもしれない。


「兄貴が兄貴に見えないよ。いつものヘヤーにしてきて」


「はいはい」


 刃は洗面所に向かい、顔を洗ったのち、髪を纏めて後ろで結んだ。


「お待たせ」


「食事はテーブルにあるよ」


 無愛想に言う矢助。彼は音楽を聴くのをやめ、次はスマホで食べログを閲覧しているようだ。


「拳一は、チャコの散歩か」


「そうだよ。いつも通りの時間にね」


 チャコの世話は、主に拳一がしている。彼は動物が好きなのだ。いつも通りの時間なら、朝の6時には行っているはずだ。

 ちなみにレナードは、研究の続きをする為、10分前に部屋を出たらしい。

 刃はテーブルの前に座り、置かれていた料理を見る。とは言っても、昨日の夕食の残りが置かれているだけだ。しかも、残っているのはポテトやサラダといったサブ料理メンバーたちだけだった。


(せめて、寿司だけでも残ってたらな)


 惜しみながらも、刃は残り物を口に運び、朝食を済ませた。


「さてと、まだ時間あるし、何しようかなぁ」


 刃は首の後ろで腕を組んで仰向けになった。


「そういえば、司令からお呼びがかかってるよ」


「えっ、マッドからか」


 矢助はテーブルの下からパソコンを出す。メール画面表示し、それを刃の方へ向けた。

『8時半に司令室』とメールが送られてきていた。


「一体なんだろうな。まだ時間はあるってのに」


「さあね、僕はさっぱり。ただ…」


 矢助は顔を歪ませ、苦笑する。


「絶対に良いことではない」


 刃も苦笑しつつ「……それな」と指摘した。


 時刻は8時25分。刃はエレベーターに乗り、昨日と同じ場所、100階に向かっていた。昨日と違うのは、弟達がいることだ。

 100階に到着。刃たちはドアをノックしたのち、部屋に入った。


 部屋の中はいつもどおり、宙に浮かぶホログラム。机に高く積んである書類。そして、それを次々に処理していく男。マッド司令だ。


「よく来たな」


「司令。一体何の御用で?」


 刃が尋ねると、マッドは立ち上がり3人の前に立つ。彼が立ち上がるのを久しぶりに見た気がした。


「これだ」


 マッドは手に持った書類を刃に渡す。彼は軽く書類をめくり、内容を確認する。


「17時からの任務の内容か」


「いや、今からだ」


「ふーん…」


 んん!?、刃たちの思考が一斉に停止した。困惑の顔を見せるも、彼らのボスは涼しい顔だった。


「いやぁ〜さっきのは気のせいなんすかねぇ?『今から』って聞こえたような」


 嘘であってくれ、そう願いながら矢助が口を開いた。だが、彼の答えは…


「その通りだ」


「…oh」


 矢助の顔が氷のように青ざめた。


「おい、マッド。どうゆうことだよ」


 拳一は一歩前に出て、問い詰めるように聞く。


「飛行機で向かう手筈だったのだが、どうやらその飛行機がトラブルで離陸不可になってしまった」


「じゃあ、俺らはどうやって任務の場所まで行くんだよ」


「安心しろ。もう代わりのものを用意している。ただ、それだと到着までに時間を要するのでな」


 だから今からなんだ、マッドは最後にそう付け加えた。

 拳一は何も言わずに一歩下がったが、その表情は良いとは言えなかった。


「そういうことなら仕方ない。とりあえず準備を急ごう」


「随分とあっさりだな。ケンザキ」


「あんたにどうこう言っても変わらないのはいつものこと。それとツルザキ、な」


「察しが良くて助かるよ。まぁ、今回は自分たちの行いが悪かった、と思って行けばいい」


「なんだよ。まるで俺らが悪いことしたような言いぶりだな」


 またも拳一が口を挟む。すると、マッドは少し間を空けてから、こう言った。


「『黒豆ボウズ』」


 3人の鼓動が跳ね上がった。このワードは確か、昨日の夕食時に拳一がマッドをからかった時の言葉かげぐち


「『黒豆ハゲ司令』」


 今度は矢助のだ。二人とも顔が真っ青になっている。


「な、な、何でそれを…」


 矢助の声は震え、顔は汗でびしょ濡れだ。


「さあ、なんでだろうな?」


 刃はやれやれ、と首を横に振り、同時に自分は何も言ってなかったので、ラッキーだったと安堵した。


「刃。君は何も言っていないが、否定もしていなかった。よって君も同罪だ」


 訂正、やはり巻き添いを食う。

 こうして刃たちは任務先へと向かうのであった。


 果てしなく続く青い海。周りには何もない。その海上にポツンと浮く、一隻の船。その船は小型の上にオンボロだ。

 屋根についた煙突からはモクモクと黒い煙が上がり、船内を歩けば板の軋む音が響く。


「オロロロロォォォ」


 矢助は海へ、嘔吐する。

 出発して船に揺られること8時間。時刻は16時半。

 船の居心地は最悪、終始激しい揺れで体調は絶不調だった。


「…うぇぇ、なんでこんな目に遭わねえといけないんだよぉー」


「んなことを言うな」


 矢助の言葉を聞いて、拳一が言った。


「そもそも、お前はスマホをいじってばかりだから、こうした環境に適応できないじゃないか」


「うぐグゥ、そんな事はないよぉ」


「どうだかな」


 拳一は矢助とは違い、ピンピンしていた。おまけに椅子に座って持参したダンベルでトレーニングを行なっている。


「なんだまた揉め事か?」


 そこに現れたのは刃だった。彼は矢助の為に酔い止めの薬と飲料水を持ってきていた。


「ほら、矢助」


「ありがとう兄貴」


 矢助は刃から水と薬を受け取り、すぐに薬を水でなかへ流し込んだ。そんな姿を見て拳一は鼻で笑った。


「トレーニングをサボってるツケが回ったな。なぁ兄貴?」


「確かにサボるのは良くない。だが、そもそもこんな状況になった原因は、誰のせいかな?」


「……それは言うなって」


 拳一は思わず刃の視線から逃げた。


「てかよ、マッドやばくねぇか。何で俺らの愚痴を知ってるんだよ」


「その答えは言わなくても分かるだろう」


 異常マッドだから。答えその一択のみ。これは刃たちでなくとも、STMUの者なら誰しもが知っていることだ。


「ちくしょう。あのハゲめぇ」


「もしかしたら、また聞かれてるかもな」


 刃が脅し気味に言うと、拳一は慌てて自分の口を両手で塞ぐ。冗談のつもりが、考えてみればあり得ないことでもないと、刃は思った。


「あぁ…マジでやばい」


 矢助の体は震えていた。


「おいおい大丈夫か?」


 刃は弟の背中をさする。すると、矢助は震えた手で遠い場所を指した。


「やばい。幻覚で島が見える」


「…矢助。大丈夫だ」


 俺にも見えるぞ、そう言いながら今度は肩に手を置いた。


「あれが今回の任務地。三日月島みかづきじまだ」

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BLADE・FUTURE ネルヴァ @bigblade

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