第四話 マッド司令官


 あの後、レナードはすぐに戻ってきた。

 彼の手には刃が求めるIDカードが握られていた。刃はカードを無くした訳ではなかった。

 部屋に行ったレナードが、机の上に置き忘れたIDカードを見つけたのだ。


「全く君はおっちょこちょいだな。任務前に自分で置いてったのに」


「面目ない」


 無事に改札機を抜けた刃は、親友と共にエレベーターに乗り込んだ。


「さあ、お客様。どちらに向かいますか?」


 エレベーターガールの真似をしながら、レナードが聞く。それに返すように刃も答えた。


「100階でお願いするでござる」


「なんか、侍というよりオタクだね」


「やかましいわ」


 面白問答をしつつ、レナードは100のボタンを押した。


「そういや、拳一と矢助は元気だったか?」


「うん、2人とも元気だったよ」


 あり過ぎるくらい、とレナードが付け加えた。拳一と矢助とは、刃の弟の名前である。


「そうか」


 刃は笑みを浮かべる。レナードはその笑みから安心と幸せを感じとることができた。それもそのはず、彼にとってこの世で1番、大切な存在だからだ。


「刃が戻ったら、お祝いするらしいよ」


「それはいいな。お前も来るんだろ?」


「もちろんだよ」


 すると、到着音が響き「100階です」と女性のアナウンスが聞こえた。扉が静かに開き、長い廊下が現れた。


「一緒に行かなくて大丈夫かい?」


 レナードが刃に聞くが、彼は首を横に振った。


「俺だけで大丈夫だ」


「分かった。じゃあまた」


「おう」


 親友とグータッチを交わすとエレベーターの扉が閉じた。

 残った刃は廊下を進んだ。前方には《司令室』と書かれたドア。刃はコンコンと2回ノックした。


「誰だ?」


 ドアの向こうから低い声が聞こえてきた。


「刃です」


「入りたまえ」


 刃はドアノブを回し、中に入った。


 少し薄暗いその部屋は、20畳の長方形のワンルームとなっている。左右の壁にはずらりと本棚が並び、一番奥の壁だけガラス製で、そこからはクロスシティの景色が堪能できた。そして、その前には三日月状の机が置かれている。

 大量の書類がタワーのように重なっており、三日月の真ん中で黙々と1人の男がテキパキと書類を処理していた。


「只今、帰還いたしました」


 刃は机の近くまで歩み寄り、男に帰還報告をした。

 男は視線を書類から、刃へと向けた。

 スキンヘッドの黒人男性で、右頬にナイフで切られたような刃物傷が、顎の方まで伸びている。それもあってか、顔立ちには貫禄がある。

 黒いコートを纏い、背中の部分に白い文字で『異』と書かれていた。この男こそ、STMUの最高司令官ーーマッドである。



「久しぶりだな。


です。相変わらず、覚えてくれないんですね」


「1ヶ月間の任務ご苦労だったな。で、結果は?」


 刃の話を無視し、必要な言葉だけ並べるマッド。名前間違いや無視などは、既に何十回も行なっている。最初の頃は苛立っていたが、繰り返すうちに『いつものことだ』とスルーできるまで、刃は成長していた。


「残念ながら『奴ら』の情報は何も…詳細は報告書で」


「そうか……そういえば村の件、よくやったな」


「もう、情報が入っているんですね」


 刃はマッドの素早い情報収集に目を丸くしていた。噂ではSTMU隊員、1人1人の情報を把握していることだとか。


「1ヶ月間の任務が終わった直後、疲労がピークにも関わらず、君は見事にこなしてくれた」


「司令官が褒めてくれるなんて、なんか嬉しいですね」


 刃は思わず照れる。だがーー


「話は変わるが、明日、任務に行ってもらう」


「え?」


 驚愕の言葉に、先ほどまでの照れ顔は消え、氷漬けにされたかのように体が固まった。しばらくして、刃はゆっくりと口を開いた。


「えっ…いま、なんて?」


「明日、


「いやいやいや」


 刃は振り子のように右手を素早く振った。しかし、マッドの顔を見る限り、冗談を言ってる様子はない。


「せめて1日休みをくれよ。これでもヘトヘトなんだぜ」


「大丈夫だ。君の弟たちも一緒だ」


「えっまじ?……いや、そうじゃなくて休みを」


「頑張れ」


「こんなの異常だっ!!」


異常マッドだからな」


「ネタにすんな!」


 ここで刃は叫んだ。だが、マッドは動じない。もう彼は次の書類を読み始めていた。


「……分かったよ」


 刃は諦めた。そもそも司令官の命令に背けたことがなかった。


「すまんな、


だ!」


 大きな音をたてながら刃は、部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る