第二話 帰還

 無事、敵を制圧した刃。

 その後の行動は、とても早かった。


 村人の救助を要請し、瓦礫の下敷きになっている人や流れ弾で怪我を負った人を慎重に運び一箇所に集め、応急手当てを施した。


「動ける人はいるか?すまないが手を貸してくれ」


 村人に声を掛け、救助のスピードを上げた。そのおかげで、およそ10分ほどで、救助と応急手当てが完了した。


「あと数十分もすれば、治療器を乗せたトラックが来ます。それまでは、安静にしていてください」


 刃が村人を落ち着かせるように、優しい声で呼びかける。しかし、1人の村人がおもむろに立ち上がった。


「待て」


 その村人のドスのきいた声。怒りが剥き出している。


「どうかされましたか?」


「なぜ、奴らを殺さない」


 手で指す方向にはロープで縛れたサングラスとその部下がいた。


「こいつらは……俺の家族を殺した。しかも笑いながらだ。なのになぜ、生かしておくんだ?」


「罪を償う為だ」


 即答だった。真っ直ぐで、迷いなどない証拠である。しかし、村人はかぶりを振った。


「罪は死で償ってもらう。こいつら、人間じゃない…悪魔だ!そうだろう?みんな!」


 彼らは冷静を取り戻したことで、何が起きたのかを明確に確認することができた。大切なものを失った悲しみと怒り。


 刃はこんな光景をたくさん見てきた。その為、理解していた。

 悲しみが勝り、落胆とする状況か、憎悪が勝り殺伐とした状況になるかを。


 今回の場合は後者である。

 彼らの心が「殺せ…殺せ」と叫んだ。心は怒りの権化となり、体や頭脳に伝播した。


「そうだ!奴らを殺せッ」

「殺せえ」

「なぶり殺しだぁ」

「とっとと奴らを消せぇ!」


 怨気満腹の言動が響く。集団心理も相まって、徐々に憎悪の叫びが増えていく。この殺意に溢れた状況、刃の怒号が響き渡る。


「いい加減にしろッ。情に身を任せるじゃない!今ここで殺しても、こいつらと同じレベルに堕ちるのみッ。それにそんな醜い姿を子供たちに見せていいものじゃないだろッ」


 その時になって大人たちは、気づいた。子供たちの何とも言えない虚しい表情かおに。


「……お前に何が分かるんだよ」


「少なくとも、あんたたちがやろうとしている事は、間違っている」


「もう、やめましょう」


 刃と村人の言い合いを女性が止めた。


「彼の言う通りです。こんな姿を見せていけない」


 きっと、後悔する。

 小さな少女を抱きしめながら彼女は呟いた。

 それ以降、村人たちが声を上げる事はなかった。


 しばらくして数台のトラックが到着した。

 トラックには『STMU』の文字が大きく書いてあった。

 白衣姿の集団が降車していき、怪我人を次々と車に搬送する。


「この人たちも頼む」


 刃は仲間を呼ぶと、近くにいた親子の保護させた。


「あの!」


「はい?」


 少女を抱きしめていた女性に呼ばれ、刃は振り返った。そこには深くお辞儀をする女性の姿があった。


「あなたのおかげで娘も村も助かりました。本当にありがとうございました」


「……体と心の傷はすぐには癒えないかもしれない。それでも強く生きてください」


 刃の心の底からの願い。それに応えるように女性は頷いた。その姿を見て、刃は内心ホッとした。


「おにいちゃん」


 下の方から少女が刃の羽織を引っ張っている。刃は少女の視線に合わせるため、しゃがみ込んだ。


「ん?どうしたの」


「えっとね」


 少女はモジモジしながらも小さい声で伝えた。


「ありがとう」


 一度は深淵の絶望を味わい、生きる希望も見失っていた少女。だが、一筋の光が舞い降りたことにより、少女の瞳はキラキラと輝いていた。

 悲劇を乗り越えたのなら、必ず今よりずっと、強く生きれるはずだ。

 刃は少女の言葉と瞳の輝きでそう思った。


「…お母さんを大事にな」


 刃は笑みを浮かべながら、その子の頭を優しく撫でた。その表情は戦っていた時のような鋭い眼光ではなく、仏のような優しい目だった。

 親子はトラックの中へと乗り込み、出発する。刃はそのトラックを見守るように見つめていた。


「人数はあれで全員か」


 刃の元に黒い兵服の男が近づく。胸には例の『STMU』の文字が刻まれている。


「ああ、あれで全員だ」


「了解だ」


 兵士が言っていたのは、今回の犯人グループの人数で、ちょうどトラックに乗せられてる最中だ。


「では、この件はこちらで報告しておく」


「おう、頼むわ」


 兵士は撤収の呼びかけをし、数分足らずで彼らは村から消えていった。


 全ての処理が完了し、残ったのは破壊され尽くした村、そんな中、刃は、ボソリと呟いた。


「俺は乗せてくれないの、ね」


 そのとき吹いた風は、なぜだか心に強く刺さったような気がした。

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