BLADE・FUTURE

ネルヴァ

第一話 剣崎 刃


 何気ない日常。家族と一緒に過ごす、友人と遊ぶ、好きな事をする。当たり前に存在する日々。だが、それが突然消えた時、人は絶望し気づく。何気ない日常が幸せだったということに……


      BLADE・FUTURE


 大気を震わせる轟音と共に家の屋根が吹っ飛ぶ。土煙が舞い上がり、銃弾が飛び交い、悲鳴や断末魔が聞こえてくる。そこはまさに地獄絵図だった。

 そんな地獄の中、少女が1人、必死に走っていた。この場から逃げる、ただその事だけを考えてーー。


「イッ!?」


 少女は、道端の瓦礫に足を引っ掛け、転倒してしまった。


(どうして…)


 なぜ、こんな目に?少女の頬から涙が流れ、無意識に土を強く握りしめていた。


 少女の一族は、定住地を持たず遊牧をしながら、広い牧草地帯を移動する遊牧民。

 人口は101名。馬や羊など、育てながら暮らしていた。

 襲撃を受けたのは10分前。少女はいつものように母親の洗濯を手伝っていた。


「母さん、今日のご飯はなぁに?」


 少女は期待を込めた眼差しで母親を見つめる。


「今日も、いつも通りのメニューよ」


「えっー、またおにくぅ?」


 少女はあからさまに嫌な表情を浮かべる。


「贅沢言わないの」

 

「はーい」


 少女は頬膨らませながら、洗濯籠から洋服を取り出し母親に渡した。


 たまには別の物が食べたいと思うものの、それ以外ことは苦ではなかった。

 この大家族と隣に母さえいれば、少女の心は満たされていた。


「おい、あれ」


 馬を歩かせていた麦わら帽子の男が空を凝視していた。それにつられて親子も視線を空に向けた。

 そこにいたのは無数のドローンだった。しかし、彼らには、それが一体なんなのか、見当もつかなかった。


 数秒後、空から銃弾が降り注いだ。



 そして今に至る。

 少女は涙を拭いながら立ち上がる。膝から出血しているが、少女は母のことが気になっていた。

 

「おかあさん、おかあさん…きゃっ」


 突然、上から何かが少女を覆った。その正体はネットだ。上空にはドローンが浮いており、網はドローンと繋がっていた。


 逃げなきゃ、彼女は必死に抜け出そうとするが、もがけばもがくほど複雑に絡まう。


「はなして!はなしてぇ!」


 必死の抵抗も虚しく少女は、ドローンに引きずられていった。


 行き着いた場所には、生き残った遊牧民たちが集められていた。ドローンはそこで網を切り離した。


「ガキ、こっちに来い」


 解放されてすぐに、銃を所持した男が近づく。

 その冷たい目線から感じる恐怖に、少女は無意識に泣いていた。だが、男は網を切ると容赦なく少女に銃を突きつけ、歩けと命じた。


 見慣れた仲間たちだが、少女を保護した。


「この子、ミツリの子じゃ」

 ミツリは、母の名前だった。しばらくすると

 母が大急ぎで駆け寄ってきた。


「おかあさん!」


「良かった…無事で」


 走ってくる娘を強く抱きしめ、母はただ、娘の生存に安堵していた。


         バン!


 感動の再会も束の間、一発の銃声が鳴り響く。その音に仲間たちは悲鳴をあげる。

 発砲した主は、崩れた家の上におり、ちょうど彼らの真正面に立っていた。

 サングラスをつけた強面こわもての男、彼がこの襲撃の首謀者。


「よく聞け。今からトラックに速やかに乗ってもらう。お前たちは大事な“商品”だ。抵抗はするな、まぁ最初の見せしめでそんな奴はいないと思うがなぁ」


 後半は笑いながら話していた首謀者。それを聞いていた遊牧民たちは声を荒げた。


「ふざけんじゃねぇ!今すぐここから出て行けッ」


「そうだッ。とっとと失せろ」


 理不尽な出来事。仲間たちが怒りをぶつけるが、それは逆効果だった。


 バン!再び銃声が響いた。だが前回と違うのは仲間の1人が、撃ち抜かれて絶命したことだ。一瞬の静寂から一気に悲鳴に変わった。


「ったく…あんなに殺したのにバカ一族だな。商品は多く残したかったのだが、仕方ねぇ。こういう奴は殺すのが一番だな」


 次に反抗したら皆殺しだ、首謀者の男の目は本気そのもの。これ以降、誰も声をあげるものはいなかった。


「おい。さっさと乗っけろ」


「へい」


 ボスの指示に従い、部下たちは、遊牧民たちをトラックに乗るよう銃で脅す。

 本当なら乗りたくない。しかし、乗らねば先程のように容赦なく撃ち殺される。脳裏に焼き付いた仲間の死。彼らは抵抗する事もなく、次々とトラックに乗り込んだ。


「ほら早く乗れ!」

 部下の1人が親子に怒鳴る。母は少女の手を強く握る。その手は震えていた。

 この時、少女は考えていた。


 なんで?わたし、いい子にしてたよ?

 なんで、みんなを怖がらせるの?

 なんで…こんなことをするの?


 もはや少女の目に希望ひかりはない。あるの深い絶望やみだけであった。何もかもが真っ暗に感じるほど、不安と恐怖が心を支配した。



「あれ?いま雷みえなかったか?」


「そりゃあ気のせーー」


 言葉の末尾を聞く前に、突如落雷が降り注いだ。直後、爆音と衝撃が周囲にいた敵を四方八方へと吹き飛ばした。


「なんだ!?一体どうなってるんだ?」


 今の出来事に、その場にいた全員が静止した。どうやら、敵の仕業ではないらしい。舞い上がった土煙が徐々に消えていく。すると、その中から1人の男が姿を現した。


「おい、誰かいるぞ!」


 その掛け声を筆頭に、周辺にいた仲間が集まり、彼を囲んだ。

 男は蒼い服をまとい、長い髪を後ろで束ね、頭に笠を被っている。

 腰には刀を差していた。その出立は、まさしく侍である。


「何者だッ貴様!」


「俺か?……俺は」


 男は笠に手を付けると、それを投げ飛ばした。


剣崎つるざきじん。侍だ!」


 四方八方を銃が構えているにも関わらず、この男、刃は全く臆することなく、堂々と名乗った。


「さむらい?…ふん、それがなんだというんだ。剣、一本で何が出来る?」


「それを今から見せてやろうじゃねぇか」


 彼は鞘から刀を抜き、戦闘態勢に入った。


「やっちまえ!!」


 彼らは一斉に引き金を引いた。銃口から放たれる無数の銃弾。しかし、刃はそれらを高速の剣捌きで次々と薙ぎ払っていく。あまりに速すぎる動きの為、敵の視界には刃が数人にいるように見えていた。


 そこから10秒後、銃声が止んだ。全員が弾切れになったが、依然、標的ターゲットはそこに立っていた。


「嘘だろ…」


「こいつ…人間じゃない」


 彼らは驚きを隠せなかった。


「人間じゃない、か」


 刃はため息をひとつ吐くと、円を描くように刀を振るった。これまた素早い剣筋に彼らの目は追いつけず、なにが起こったのか分からぬまま、その場に倒れ込んだ。


「俺から言わせれば、こんな非道を平気でやっているお前らの方が、人間じゃねえよ」


 次に刃は瓦礫の上に立っている男に刀を向けた。


「あとはあんただけだ。大人しく降伏してくれると楽なんだが」


「舐めてんじゃねぞ小僧。ここにはいないが今近くに待機している仲間がいるんだぞ。この無線機を使って俺が一声かければ、そいつらはすぐここに駆けつける。言ってる意味わかるか?うん?」


 だからお前には勝機はない、サングラス男は余裕の笑みを浮かべていた。だが


「呼んでみろよ。それで意味がない事がわかる」


「何を言ってる?俺がハッタリかましてるとでも思ってるのか」


「……よく喋るグラサン野郎だな」


 プツン、サングラス男は内心キレていた。


(本当に舐めたガキだ。いいだろうなら、望み通り…)


 彼は大きな声で無線機で仲間を呼んだ。これでこいつは終わりだと、ほくそ笑みながら仲間が来るのを待った。

 が、しばらく経っても仲間が到着する様子がない。


「…どうゆうことだ?なぜ誰も来ない」


「だから言ったろう。意味なんてないって」


「貴様…何をしやがった?」


「なぁに、ここに来る前にそいつらを片付けったって話だ」


 安心しろ。殺してはいない、刃は付け加えるように言った。


「これで分かったはずだ。大人しく武器とそのダサいサングラスを捨てろ」


「冗談じゃねぇぞ。俺はこんな所で終わる男じゃない!」


 彼は手首に装備した時計型の操作パネルで、村に散らばっていたドローンを集結させた。


「今度はこいつらが相手だ!」


「……飛んで火に入る夏の虫って、ところか」


 刃は、刀を手に走り出した。ドローンは搭載されたマシンガンで空から攻撃を開始。刃は高速移動でそれらを避ける。その間にドローンの数と位置を把握、数は15機。まず、真上の2機のドローンに狙いをつけると、足に力を集中させ、一気に飛躍。あっという間に2機の元に辿り着き、両断した。地面に着地と同時に再び飛躍、今度は前方にいたドローンを突き刺した。


「あらよっと」

 空中で体を反転させながら、突き刺したドローンを別のドローンに振り投げた。それは見事に命中し、爆発四散。さらに、それをきっかけに近くにいた3機のドローンも誘爆した。


「いやー、思った通りに出来て良かったぜ」


 ここまでに要した時間は1分未満、破壊したドローンは7機。

 

 あっという間に戦力が激減する状況に、サングラスは次の一手にくりだす。


「網を使え!」


 命令通り、ドローンから網が射出される。だが、それすら斬ってしまう刃。細切れにされた網が周囲に落ちる。そして、残るドローンは瞬く間に斬られ、豪快な花火と化していった。


「さあ、今度こそ本当にお前だけだぞ」


「クッ、クソォ!」


 男が引き金を引く。全弾すべてを撃ち込むが、当然のように避けられる。


「舐めやがって!」


 男は瓦礫から降り、侍の前に立つ。彼は腰に装着していたサーベルを構えた。


「ガキが!俺が殺してやる」


「殺せるもんなら殺してみろ」


 刃は刀を両手で握り、構える。

 土煙の舞う荒野。互いの距離はおよそ3メートル。サングラスの息が乱れているのに対し、刃は落ち着いていた。


「うぉぉぉぉぉ!!」


 男が勢いよく走り出す。それに応じるように刃も走る。お互いが完全に届く距離まで到達し、男がサーベルを振りかざした。

 勝機!彼の脳裏にその言葉が浮かび上がる。だが、その僅かな隙を刃は見逃さなかった。


「終わりだ」


 上から迫るサーベルに、刃も刀を振るった。その剣筋は雷の如く速く、刀はサーベルを糸も容易く砕き、男の顔面を捉えた。


「ブベバァ!?」


 男は後方へ吹っ飛んだのち、白目を向いた。


 刃は敵が倒れたことを確認し、刀を静かに鞘へと納めた。


「サングラス敗れたり」

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