七花香る園の陰に〈二〉
杏李に霊力がないことは、依花も含めて皆気づいているようだった。それは、幼いながら存在感を持つ七香の隣にあって顕著であり、杏李は注がれる好奇の視線に身が縮こまる思いだった。
挨拶が終わり会食の時間となると、ようやく杏李は解放された。「ここからは大人の話だから」と席を外すよう促されたのだが、場を辞したのは杏李だけだった。他にも子供はいたが、皆、幼いながらも花守という守護者であり、要するに部外者がひとり追い出されたというだけの話だった。
落胆があったわけではない。彼らの
大人たちの話が終わるまで時間を潰そうと、杏李は辺りを見回した。
場所は
ゆえに、杏李はまっすぐ中庭に向かう。
「……誰?」
そう思っていた矢先に先客と鉢合わせてしまった。思わず口をついて出た言葉に、お互いきょとんと小首を傾げて見つめ合う。
年の頃は十七、八だろうか。ずいぶん背が高い。
このような場所で帯刀が許されるような身分の者は一人握りである。杏李は必死に記憶を巡らせ、深々と頭を下げた。
「ご無礼をお許しください、朝霞様」
朝霞
そんな、位も高く話題の人間が、なぜこんなところで呑気に
「いや……これはね、」
「共犯にはなりませんよ」
「
杏李が首を横に振ると神鷹は肩を落とし、切り分けた菓子を口に運んで
陛下の慶祝の席を抜け出しているという、大変に不敬な状況でさえなければ。
「恐れながら、朝霞様は……こちらにいてよろしいのですか?」
「もちろん、父と陛下のご了承は得ているよ。すべき挨拶にはすでに済ませたし、僕はああいう席が苦手だから。陛下もこちらにいらっしゃるはずだったのだけど、さすがにそれは認められなかった」
涼やかにそうのたまった神鷹は、コートを脱いで長椅子にかけ、軽く座面を叩く。座れ、ということらしいと杏李は理解し、
「君はここにいていいの?」
「大人の話が終わるまで、好きにして良いとのことでしたので」
「はあ、なるほどね」
流れるような動作で
「ちょうど飲み頃の暖かさだ。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
反射的に受け取ってしまったが、さて、未婚の男女が同じ器を使うというのははしたないことではないのか。それとも杏李は子供だから関係ないと思われているのか。予期せぬ言動を繰り返す神鷹に会話の主導権を完全に握られてしまい、杏李は困惑の最中にあった。
神鷹の顔を見上げると、微笑みを浮かべて杏李を見つめている。受け取ってしまった以上口をつけないわけにもいかない。共犯にはならないと言ったのに、してやられた、という思いで杏李はうつむく。
紅茶というものを、杏李は
「あ、朝霞様は私に野草を飲ませたのですか」
杏李の言葉に、神鷹はぶはっと吹き出した。杏李の表現が面白かったらしい。
「いや確かに、これはハーブティだけれど」
「はあぶ……?」
「薬草茶だよ。
神鷹の手がゆるりと杏李の頭を撫で、初めての感覚に杏李は身を強張らせた。それに気づいているのかいないのか、神鷹は皿の上の
「君は深山の子だね。確か杏李といったかな」
それが、朝霞神鷹と深山杏李の出逢いだった。
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