第一話 深山の杏花

七花香る園の陰に〈一〉

 深山みやまの地は夕京ゆうきょう市の南東にあり、同市に五つある霊境れいきょうの一角を擁している。古くより深山姓を継ぐ花守の家が治めてきたその地の名は、山ノ神を意味するのだという。


 山ノ国は天照あまてらすの威光が届かぬ異界。丸奈川まながわを境界線とし、この世ならざる者が闇に棲まうとされてきた。深山の花守はそれを鎮め、人々を守護する役割を担う。


 それゆえに、深山の花守は血裔けつえいを増やし、純粋なる霊脈を練り上げることに腐心した。霊境の均衡を保ち人々を守護するためには、霊魔れいまをはじめとする幽世かくりよ異形ばけものどもを討滅せしめる霊力を持つ花守が必要である。その力が血の契りによって継承されることは、とうの昔にわかっていた。


 夕京市に五つある霊境を守る五つの家——朝霞あさかかこい山郷さんごう迫間はざま深山みやまの家は〈夕京五家〉と呼ばれ、いずれも優秀な花守を輩出してきた。特に深山の霊脈が持つ霊力は頭一つ抜きん出ており、これが深山の守りを絶対のものとしている。当然、今代の継承者にも期待がかけられた。


 深山の子供は双子の女児であり、歴代指折りの霊力を持って生まれた——片割れは。


 それに対し、もう片割れはまったくの無力、ごく普通の赤ん坊に過ぎなかった。


 それは、由緒正しき深山家の汚点と目された。生まれた命に何の罪がないとしても、彼らの矜持がそれを認めることを許さなかったのである。


 双子は、それぞれ七香ナノカ杏李アンリと名付けられた。しかし霊力を持たない杏李は離れへと移され——名目上はごくごく普通の女児として育てるため、霊魔がもたらす危険から遠ざけるために——姉妹は顔のそっくりな赤の他人として育つことになる。


 ……深山杏李の境遇はざっとこのようなものだ。

 少女アンリは、深山の庇護下にありながら幽閉され、親の顔もろくに知らない。最低限の世話はされているが、それだけだ。愛情も温もりも何もない。求められるのは、姉・七香の影として生きることのみ。杏李という存在は決して認められることはない。


 己が胸のうちに降り積もりおりとなる感情の正体が、憎悪と呼ぶべきものであることに気づくのは、杏李が十の歳を迎えた頃であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る