第6話



 ――ガタッ。


「…………んぁ?」


 逆上と別れた後、軽く仮眠をとっていると裏口の方から戸が開く音が聞こえ目が覚めた。

 この特等席はスタッフルームに近い位置にあるので、従業員などの関係者が入ってきたら分かるようになっている。

 その足音は一切の迷いなくこちらに近づいてくる。

 スタッフルームの扉が開き、そしてオレのすぐ真後ろの扉が開かれた。


「おう、義章。久しぶりじゃねえか!」


 手を挙げながら、そうフランクに挨拶してくるのは《ゲーミングラバーズ》の店長兼オーナー・柏浦遊真かしうら ゆうま

 小柄といえど体つきは筋肉質でがっしりしており、肌は小麦色に焼けている。

 年は大体アラサーだが、見た目は大学生並に若々しく、とてもエネルギーに満ちあふれている人だ。


「あ……久しぶりですね店長。ていうか、また焼けました?」

「ああ、最近海いってるんだよ」

「海? わざわざ他県まで行ってるってことですか?」


 店長は軽く微笑みながら首を振る。


「いやいやそうじゃない。最近うちの店にも日焼けマシンを導入してな。それがVR対応だから内陸でも毎日海に行けるんだよ」

「な、なるほど……」


 へぇ、今はそんなものもあるのか。すごいな。

 

「……って、ひ、日焼けマシン!?」

「ああ。あっちのコンソール席に置いてあるぞ。ゲームをしながら現実の身体も焼くことができるスグレモノだ。お前も試してきたらどうだ? 綺麗に焼けるぞ」


 そう言って、フランスパンみたいな隆々とした腕を見せてくる店長。

 てか、どこのターゲット狙ってんのよそれ。

 いやまあ、ここにその一人がいるんだけれども……その辺はノータッチでいこう。


「それより一言くらい連絡してくれてもよかったのに。シャイな奴だなお前は」

「いや、まあ……その……」


 頬をかきながら、言葉を濁す。

 あの頃は成績がひどく、メンタルも今以上に荒んでいて、見知った人とはあまり会話したくなかった、というのも憚られる。

 とりあえずここは話題をかえよう。


「えーと、それより店長は最近どんな感じだったんです?」

「ん、俺か? そうだなあ……。ここでイベント開いたり、地元でいくつかコーチをやったりって感じだな」


 店長はLGの元プロプレーヤーだ。

 LGはサービスを開始してもう10年近く経過しているが、そのシーズン1やシーズン2といった初期に活躍したプレーヤーといっても過言ではない。

 オレも何度か店長のプレーを動画で見たことあるが、当時日本のプロでトップ5に入る程の実力はあったと思っている。


「それで……義章お前、FA宣言はしたのか?」


 店長が不意に話題を切り替える。

 恐らくだがこっちが本題だったのだろう。


「………いえ、まだですね……」


 FAとはフリーエージェントといって、他チームとの自由契約ができる状態及びその選手のことを指す。

 言うなれば、チームの勧誘待ち状態というやつだ。

 確かにFA宣言を行えば、どこかしらのチームから声はかかるだろう。

 だが、今のオレにはLGの競技シーンに復帰するつもりは到底なかった。

 正直に言ってしまえば、自信がないのだ。

 気持ちの整理がつけられていない、とでも言うべきか。

 とにかくこんな状態で出ても結果が伴わない。そんな気がしてならなかった。


「…………」


 そんなオレの反応を見て店長も静かに押し黙っている。

 あえて何も聞いてこない、そんな店長の優しさが心にしみるようだった。

 しばらく間を置いてから、柔らかい口調で言った。


「ま、ゆっくり考えるといい。お前はまだ若いんだからな」


 店長はそう言い残して、踵を返そうとする。


「……あ、あの!」


 オレは店長を呼び止める。

 ここはきちんと、自分で言わなければならない。

 そう思ったからだ。


「…………しばらく、こっちにいても、いいですかね?」


 声はほとんどかすれていて、まるで自分が発したものとは思えなかった。

 それほどまでに口にしてしまうことが辛かったんだと言ってから気付いた。

 連敗に連敗を重ね、チームから不要だと言われた事実が改めてのしかかる。

 それを受け入れなければいけない、認めてしまわなければならない、そんな辛さが心に侵食し、蝕んでくるようだった。


 互いに黙ったまま静かに時間だけが過ぎていく。

 そして店長はわずかに微笑むと、『もちろんだ』と言ってくれた。



 ◆  ◆  ◆



《Another View  逆上 陽菜》



 あたしは店長にさっきのことを軽く話そう(愚痴ろう)と思ってたら、思わぬ光景を目にしてしまった。


「(なんていえばいいんだろ……)」


 ファーストコンタクトはまさに最悪レベル。

 記事なんかを見るにつれて、さすがにちょっとは同情しちゃったけど、それでも会話している限り、そんなに気にしてないように見えた。

 でも―――。


 (あんなの見せられたら、もう軽い気持ちでLGやってお願いなんて言えないじゃん……)


 そんなことを思いながら、VR席へと向かう。

 空いている席に会員証を差し込み、カプセル型コンソールに横たわる。

 VRの場合はこうやって寝てプレーするのが主流だ。仮想世界により入りこめるからだとかなんとか。

 そしてあたしは備え付けられているVRゴーグル・《Octopus》を装着した。


「(久しぶりだなぁ……この感覚)」


 OSが起動すれば自動的にBMI《Brain-Machine-Interface》は使える状態になるので、頭の中で意識するだけで操作ができるようになる。

 OSが起動すると、あたしはすぐに頭の中でゲーム起動のコマンドを念じた。


(――《リーグ・グロリアス》、起動)


 一瞬画面が暗転すると、すぐさまゲームが起動する。

 久々だったので最初はちょっとくらっとしたけど、すぐに目は順応していった。

 IDを入力すると、自分のキャラクターが表示される。


 キャラクターID:【登り坂】


 自分の名字をちょっともじっただけのシンプルな名前。

 それがあたしのLGのキャラクターネームだ。

 そしてスキルはこうなっている。


 スキル:


火炎球ファイアボール》:指定した方向の直線に炎の球を放つ。当たった敵にダメージを与える。


《ボルケーノフィールド》:自身の周囲に炎の防護壁を纏う。一定時間ダメージを軽減する。


《エクスプロージョン》:一定時間詠唱の後、指定場所に炎の隕石を放ち当たった敵にダメージを与える。中心部に当たった場合は、状態異常:【火傷】を与える。

 詠唱中は自身は動くことができない。


 必殺アルティメットスキル:


《炎獄》:指定範囲内の敵にダメージを与え、炎の輪に閉じ込める。輪の中にいる敵は持続的にダメージを負う。


 炎系で統一されているダメージタイプのメイジ。

 バースト力が高く、序盤からでもぐいぐい相手を倒しにいけるのがストロングポイントだ。

 けれどその分、スキルを命中させるのが難しく、火力重視なので防御力は低く、逃げ足も遅い。

 でも――。


「(可愛いからいいよね)」


 テーマパークにいそうなマスコットキャラクターみたいでとても良い。

 もちろん自分で作ったやつなんだけど、我ながら結構センスあると思う。

 ナイス、昔のあたし。


「さ、やろやろ」


 さっさとAI戦をプレーする。難易度は中級。

 ピックフェーズを終えて、あたしはミッドレーンに行くことになった。


 LGの序盤はレーンフェーズというものがあって、5人が3つあるレーンに分かれ、対面の相手と戦いながら、ミニオンという雑魚モンスターを倒していくのがセオリーだ。

 そうしてお金を稼ぎ、装備を揃え、戦闘し、相手の拠点を壊していく。

 ざっくりいってしまうとこんな流れ。

 プロレベルになると細かい戦術とかいっぱいあるらしいけど、そこまでは知らない。


 ミニオンがレーンの中心に流れ着き、戦闘が始まる。

 相手と間合いを取りながら、《火炎球ファイアボール》を繰り出す。


「うーん……」


 しかし、スキルが思うように当たらない。

 まぁ半年くらいやってなかったから、最初はこんなものかもしれない。

 あたしは、何ともぎこちない動きをしながら相手(AIだけど)とダメージトレードを行っていく。

 そして――。


「やった!」


 ゲーム時間5分。

 ようやく対面の相手を倒すことができた。

 大して強くなかったけど、それ以上に自分が思うように動けずかなり苦戦してしまった。

 なんというか、ブランクがかなり響いていてもどかしい……。


 ゲーム時間8分。


「(いける……!)」


 隙を見て、《炎獄》からの《エクスプロージョン》、《火炎球ファイアボール》コンボを叩き込む。


「できたっ!」


 再び相手をキルすることに成功した。

 コンボを上手に決められた爽快感に、思わずガッツポーズ。


「(……あれ? LGって、こんなに楽しかったっけ?)」


 自分でもわからないほど胸が昂ぶっている。

 それからあたしはしばらくの間、LGの練習を1人で続けていった。










 

































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