第5話
またAI戦でもプレーしてレベル上げにでも勤しもうかと思ってたんだが、あまり乗り気になれず、オレは散歩に出ていた。
「はぁあ……」
肩をすくめるほどの冷たい風が吹き付けてくる。
早朝だからか、周辺にほとんど人はいなかった。
「あぁっ……くそっ!」
近くにあった小石を思いっきり蹴り上げる。
けれども苛立ちは当然晴れることはない。
思い出すのはさっきのAI戦の結果。
オレはそれに全然納得がいっていなかったのだ。
KDAに関しては問題ない。
だが、【CS Accurate】は最悪といっていいほどの成績だった。
普段だったら、ほぼ100%のノーミス。
調子が悪い時でも98%を割ることはなかった。
あんな成績を出したのはアマチュア時代……いや、もう記憶にも覚えてない遥か昔のことだった。
「やっぱ、相当メンタルきてんのかなあ……」
すぐそばのベンチに腰掛けながら、そんなことを呟く。
常に勝つために最大限の努力をして、どの試合も、全力で臨んだ。
あっちでは望むような結果が出なかっただけ。
でも、そうだとしても、結果が全てだ。
オレはその結果で評価されて、ここにいる。
プロの世界は当然だが実力主義。
実力のない人間、周りについていけない人間は必要ないのだ。
それに、みんなが指摘するようにあっちでのパフォーマンスが悪かったのは否定できない事実。
「…………」
考えても仕方ないことか。今さら過去に戻れるわけでもない。
これからの身の振り方を考えていくべきだろう。
それからオレは少し休憩してから、ネカフェへと戻った。
◆ ◆ ◆
「…………あ?」
「……すぅ……すぅ……」
オレがいつもの特等席に戻ってくると、なぜかそこには先客がいた。
しかも堂々と椅子に座って、心地良さそうに眠っていやがる。
どっからどうみても、さっきの逆……なんとかとかいう店員だった。
「…………」
なんだよこいつ。
もしかして、空港の出待ち記者のような新手の嫌がらせか?
いや、そんなことはないはずだ。
何故ならさっき話した時、こいつはオレのことを知らない感じだった。
つまり、明確な悪意があるわけではないということ。
となると―――。
「(どういうことになるんだ?)」
相手の立場になって考えてみる。思考する。読む。
こういったのはLGでも必須スキルといえるのでオレの得意分野ともいえる。
………………ふむ。
数十秒長考したあげく、導かれた結論は―――。
(さっきの仕返し? それとも寂しがりやの構ってちゃんか?)
どっちにしろ、たちの悪い悪戯を受けてるのだけは確かだ。
ろくなものではない。
「………はあ」
オレは頭を抱えたくなるのを堪え、一度冷静になるために深呼吸する。
まあなんでもいい。どうせやることは決まっている。
オレはこいつが座っている椅子の背面を両手でしっかりと掴む。
そして左右に思いっきり揺らしてやった。
「………んん……」
ゆらゆらゆらゆら。
「……………んん……」
ゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆら。
「……んん……何か、気持ち悪ぅ……」
オレの高速ストリームが効いたのか、気持ちよさそうに眠っていた女がゆっくりと目を開けていく。
なんだかんだこれ、結構楽しいな。
心地いい睡眠を妨害してやってると思うと、胸の奥底からぞくぞくと湧いてくる何かがある。
……よしっ、シメに最後の1発いっとくか。
「3、2、1、ドド○パ~~!!」
オレはまだ頭がハッピーセット状態のこいつに対して、椅子を傾けて容赦なく突き落とした。
「うわぁあああぁああああああああああ!」
ネットカフェにそぐわない絶叫が響き渡る。
「ちょっと、いきなり何するんですか! 死ぬかと思ったんですけど!」
「……人の席で勝手に寝るんじゃねぇよ」
「あーもう。ほんと心臓ばくばくでやばかったぁ……ていうかメチャクチャ汚れてるし……」
店員はムッとした表情で唇を尖らせながら、エプロンについた埃を払い、立ち上がる。
「つーかお前バイト中だろ?」
「それは……ちょっと昨日たまたま見てた深夜テレビに思いのほかハマっちゃって……」
「あっそ。後で店長に言っとくな」
「そ、それだけはやめてください。お願いしますから!」
ぱちっと手を合わせて謝罪してくる。
店長をガチで怒らせると怖いというのは知っているようだ。
「それより、この椅子心地良すぎじゃないですか? 明らかに一般席のやつと違う気がするんですけど?」
「そりゃ、特注品だからな」
「ふーん……………」
と、急にうってかわってどこか大人しくなる店員。
そんな変わり様を不思議に思ってると、いきなり口元を抑え始めた。
「……う、うぷ……」
「……お前……ま、まさか……」
壮絶に嫌な予感がした。
こんなところで吐かれたらたまったもんじゃねえぞ……。
「……一旦落ち着こう。な? だめだぞ? だめだぞ? 言っとくが、フリじゃないからな?」
「…………うっぷ……」
オレはこいつの背中をさすりながら、急いでトイレにつれていってやることにした。
――数分後。
憑き物が落ちたようなスッキリした顔で、トイレからさっきの女が出てくる。
「は~、ほんと危なかったぁ~」
「ほんとな……」
いや、ほんと我ながら神対応だった。
ワンミスすれば、特等席が一週間は使えなくなるところだった。
安堵の息を漏らしながら、オレは休憩スペースのベンチに腰掛ける。
「ってか、何してんだほんと……」
その途端に押し寄せてくる後悔と自己嫌悪の渦。
なんでこっちに帰ってきて早々、初対面の女の世話しなきゃならないんだか……ここは居酒屋かっての。
全然練習もできてないし……。
「これどうぞ」
と、隣から飲み物を渡される。一応お礼のつもりなんだろう。
「ああ悪いな」
「別にお礼なんていいです。お互い様ですし」
「いやそれは違うだろ。元はといえばお前が勝手に人の席で寝てたのが悪いんだからな」
「はいぃ~?」
冷静にツッコむと、店員が顔をしかめる。
「うっざ、じゃなくて、ほんとうざいですね……」
「それについてはお互い様かもな。オレもそう思ってたし。逆なんとかさん」
「
今、ベコッと缶がへこむような音が聞こえたんだが……。
もしかして、パワータイプか?
「あの、ところで聞きたいことがあるんですけど――」
軽くジュースを呷ってから、逆上はオレの方をじっと見据え質問してくる。
そして言った。
「LGプロプレーヤーの【Yoshiaki】さん、なんですか?」
「……」
言われた途端、オレの全身が硬直する。
……やっぱ知ってたのか。
「だったら何だよ……?」
自分でも無意識に口調がきつくなっていくのを感じる。
「ただ単純にみたいなーって思っただけなんですけど。あたしもLG昔はやってたので、そういう人の一回生で見てみたくて」
「いや、ムリ」
速攻で拒否する。
「えぇ~、なんでですか~?」
「嫌なものは嫌だから」
「ぶ~。ケチですねー」
「言ってろ」
すると何やら逆上はしたり顔になって、見透かすように言った。
「自信、ないんですか?」
「ほざけ」
「そっかぁ~、じゃあ仕方ないですね~」
何やら分かったような感じで、うんうんと頷いて見せる。
うっわぁ、こういうのまじで面倒くせえ……。
「オレのプレーなんて見てもいいことねえからほんと。やめとけやめとけ」
「それは、わからなくないですか?」
「いいや分かるな。どうせお前VRでやってんだろ?」
LGをプレーしているユーザーのほとんどはVR端末を使っている。
処理が脳内で行われるため、PCのようにキーボードに入力するといった動作が一切省かれるためだ。
差でいえばたった10ミリ秒とかそんなレベルだが、その僅かな差がゲームの勝敗を分けるなんてこともある。
それにゲームの没入感もVRの方が断然いいしな。
「それは……そうですけど……」
「てか何でそんなに見たいんだよ? 今の時代、動画でも配信でもなんでもあるんだから、それでいいだろ」
「生で見たほうが、あたしのLGに対するモチベーションがあがるかもしれないじゃないですか」
なんでオレがこいつのモチベーションをあげるために、わざわざプレーしてやらなきゃいけねえんだ……。謎理論すぎるだろ。
「そんなことよりやってくださいよ~。1試合でいいですから~」
「今は眠いからムリ」
「いいじゃないですかー。さ、はやくはやく」
ぐっと逆上が身を乗り出して、オレの服を引っ張ってくる。
胸はないからそこまで接触はしていないが、仄かに香るシャンプーの匂いに思わず心拍数が上がる。
……待て待てそれは反則技だろ。こちとらゲーミングハウス生活で数年男たちと屋根の下だったんだぞ。勝てるわけねえって。
年上の威厳を保つために、それとなく目を逸らして誤魔化す。
「……ったく、勘弁してくれよ。それにお前まだバイト中だろ? 終わってからにしろ」
「ッフ。甘いですね。朝はほとんど無人でも何とかなるので、軽~く店番だけしてればいいんですよ」
確かに。
ここはゲームメインのネットカフェだから、漫画なんか一切置いてないし、飯も基本自販機の軽食ばっかだしな。
店員からすれば業務は受付と警備と機器メンテくらいなもので、かなり楽な部類に入る。自動化バンザイ。
「そ・れ・に。やることやったんだったら、空いてる席で遊んでもいいよ~って店長に言われてるので」
そういやそんなのもあったな。
ここのネカフェは店長がおおらかな人だから、やることさえやってれば何も言われない。
オレもそれで昔、客がいない夜中とかにLGしまくってたんだよな。懐かしい。
「なあ、ちょっと聞いてもいいか?」
「……はい? なんですか?」
「その黒豆ジュースみたいなやつってうまいの? 見たことないんだけど」
さっきから逆上は黒い大きな粒の入った不思議な飲み物を飲んでいて、オレはその中身が気になっていた。
「……へ?」
逆上が驚きに目を開きながら、持っているジュースの側面を見つめる。
「いや? これただのタピオカミルクティーですけど……」
「……タピ、オカ? なんだそれ芸人かよ」
「えぇ、もしかして知らないんですか? ぷふっ」
だっさー、と軽蔑のこもった視線を向けられる。
「……さ、最近の流行りには詳しくないんだよ」
「もう10年くらい前からある定番中の定番商品なんですけどね……」
「悪い。オレ、デジタルの世界に生きてる近未来人間だから」
「残念ながら、何の言い訳にもなってないですよそれ……」
失笑されていた。
「それであの……、さっきのやってくれるって話は?」
「ま、今度気が向いたらな」
オレは興味津々の逆上を適当にあしらい、先に席へと戻っていった。
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