第4話
『はい、よしく~ん。ほら、おいで?』
金髪お姉さん(巨乳、推定Fオーバー、形良し)が、オレの目の前で大きく両手を拡げている。
どういう状況かまだ定かではないが、一つ言えるのはどうやら胸に飛び込んでOKのサインが出てるのは確かだ。
頭の中に、『至上』『至極』『極楽浄土』といった言葉が浮かぶ。
ここは男なら行くしかない。
爆発しそうな期待といっぱいの興奮を心に秘めながら、オレは目の前の豊満なおっぱいに向けて―――。
「いい加減、起きてください!」
「ひぃやあああんっ!」
と思ったら、誰かに至近距離で叫ばれ、年甲斐もなく女みたいな声が出た。
なんだなんだ、と振り返ってみると―――。
「…………」
なぜかオレはJKっぽい雰囲気の女子に睨まれていた。
茶髪のポニーテールで、何とも特筆すべきことがない胸をしている。
…………あれ、え、金髪巨乳どこいった?
「………ったく何だよ……」
頭をがしがしと掻きながら、ぼんやりとした意識を覚醒させていく。
せっかくいい夢見心地だったのに……。最悪な寝覚めだった。
自らのリズムを乱されるほど、ストレスフルなことはない。
「……つーか、あんた誰?」
「誰だよはこっちの台詞ですよまったく……。ここは一般のお客さんの席じゃないんですからね?」
腰に手をあてながら、呆れたようにJKが言う。
ひとつわかることといえば、オレは悪者扱いされているようだ。
と、そこでオレは気付いた。
どうやらこいつはここの店員らしい、胸元にネームプレートが貼ってあった。
「ふうん……。ぎゃくうえ、ひな、ねえ……」
独り言のようにオレがその名前を読み上げると、目の前のJK店員はドン! と足を激しく鳴らした。
「違う! さ・か・あ・が・り・は・る・な!」
「あぁ、そうなの……悪い」
あまりのプレッシャーに気圧されて、反射的に謝罪する。
それにしても、えらい怒りようだ。
名前のことでトラウマでもあるのだろうか。
何となく、そんなことを思った。
「で? 何の用だっけ?」
こちらとしては早く寝たい。
後数分こんなのが続けば、逆に寝付けなくなりそうだ。
「はぁ……。ここは一般プレーヤー用じゃないんで、早く出て行ってくれます?」
「ZzZzz……」
「って、寝るなーーー!」
店員にばんばんと腕を叩かれて、無理矢理起こされる。
ほんと、朝っぱらからうるさいやつだな……。
「なぁ、ひとつ聞いていいか?」
「なんです?」
オレはさっきから思ってたことを直球で聞くことにした。
「何でお前、そんな怒ってんの?」
「……」
返事すら返ってこない。
軽く目をこらしてみると、JK店員はぷるぷると身体を震わせていた。
そして――。
「あんたのせいでしょうが!!」
ド至近距離で大声を張り上げられ、耳がキーンとなる。
「オレの耳がイカレたら、どうしてくれんだよ……」
そんなオレの言葉を無視し、JK店員はため息をつきながら頭を抱えている。
この世の終わりとでもいった感じだ。
「あぁもう、店長に怒られたらどうしよう……」
「おい」
「何とかしないとここは。でもどうすれば最善なんだろう……。とりあえずさっさと追い出して掃除して何とか誤魔化すしか――」
「ぎゃくうえ、いいから落ち着け。」
「さ・か・あ・が・り!」
やはり名前のこととなるとしっかり反応してくれるようだ。
「ってか、何の話してたんだっけか。一般プレーヤー席がどうとかだったっけ?」
「そうです」
「なんだそんなことかよ。それなら何の問題もねえっての」
「……はいぃ?」
「オレがそれだから」
「???」
JK店員は首をかしげている。
どうやらまだわかってないらしい。やれやれ。
オレは大きく欠伸をしてから、目の前の新人に教えてやることにした。
「ここ、元々オレが昔から使ってた場所だから。言ってしまえばオレ専用の特等席なんだよ。わかったか?」
「嘘」
「ハアァ?」
「そういう人たまにいるんですよね。……なりすまし、っていうんですか? ほんと困るのでそういうの。もし店長に見つかったら、大目玉食らうのこっちなんですからね?」
「…………」
どうすりゃいいんだよこれ。
そんなこと言われたら、どうしようもないんだが。
こっから時間かけて説明しても、どうせ信じてもらえないだろうしな……。
いや、そもそも説明するのがだるすぎる。眠いし。
まぁ、しゃあないか。
「はぁ……分かったよ」
オレは仕方なく頷いてみせると、席を立ちあがり移動する準備を始める。
それを見て安心したのか、JK店員が一息ついて目を離した瞬間―――。
「……え、あ、ちょっと!?」
オレはその隙を見て扉を閉め、更に鍵までしっかりとかける。
ふぅ、これにてミッションコンプリート。
「ちょっと、開けてください! 約束破るつもりですか!」
「うるせぇな……」
バンバンと扉を激しく叩く店員に対し、オレはノイズキャンセリング搭載のヘッドセットを装着して徹底抗戦の構えを見せる。
「ああもうわかりました! 勝手にしてください!」
ようやく諦めてくれたのか、そう言い残すとJK店員はどっかに去っていった。
なんつーか、手間かけさせてくれる店員だったな……。
何で店長もあんなイロモノ雇ったんだか。
と、その時だった。
きゅるううう、腹の虫がなる。
「あー腹減ったな……」
そういや昨日の夜から何も食べてないな。
しかし今外に出るのもアレか。
「……さすがに待ち伏せなんてしてないよな?」
念には念をと思い、オレはLGをしてしばらく時間を潰すことにした。
◆ ◆ ◆
《Another View 逆上 陽菜》
「あ~、もう~!」
カウンターの椅子にどしんと座り込むと、あたしは激しく苛立った口調でそう吐き捨てた。
勝手に使っちゃいけない席を我が物顔で陣取って……態度も最悪だし……挙げ句の果てには締め出して………。
「む~~!」
苛立ちを抑えるために、カウンターに設置された端末の入店リストからさっきの人物を探し出す。
ネットカフェの個人情報は守秘義務があるので、本当はそういったことはしてはいけないけど……あんな横柄な態度を取るやつなのだ。どんなやつかくらいは見とかないとね、うんうん。
「(えーと、ここに来たのは大体昨日の深夜あたりにかけてだろうから……おっ)」
そいつは、すぐに見つかった。
そもそも今のご時世にわざわざネットカフェにまできて、PCを使う人なんてほとんどいないのだ。
「……え?」
その人物の名前を見て、あたしは思わず目を見開いた。
茅原義章。
バイト中に、お客さんや周りの従業員らからも、たくさん耳にしたことがある名前だった。
リーグ・グロリアスをプレイするのなら、チュートリアルよりも先に彼のプレイを見ろだなんて聞いたこともある。
でも言われてみれば、最近は耳にしていなかったような気もする。
何となく引っかかったあたしは、インターネットであいつの名前を検索してみることにした。
するとトップの項目にLGの関連記事が出てくる。
……あぁ、やっぱあいつって有名人なんだ。
どこか納得したような感情を抱きながら、直近の記事を見ていく。
「…………え?」
しかし、そこに書かれていた内容にあたしは思わず目を丸くした。
「………なに、これ……」
そこに書かれていたのは、見るに堪えない誹謗中傷の数々。
どこのサイトも、彼のことを悪く言っていた。
『過大評価』『落ちこぼれ』など、見てるこっちまで気分が悪くなってくるほどに。
そんな中、あたしの中にひとつ疑問が湧いてくる。
「(……なんかこの写真、おかしくない?)」
それは、さっき見た顔と全然雰囲気が違うことだった。
この優勝トロフィーを掲げている姿はとても活き活きしてて、バイタリティに溢れてるように見える。
それに比べてさっき見た姿はやさぐれてて、体つきもだいぶ痩せこけてて、なんというか魂が抜けてる感じだった。
時系列的にもそこまで経っていない。
たった数年であんなにも変わるものなのだろうか。
「(……ほんとに同一人物なの?)」
そんな疑念が湧き上がってくると同時に、もう一度確かめないとといった使命感に駆られ、あたしはもう一度さっきのシングル席へと向かった。
「あれ?」
部屋の扉は開きっぱなしになっていた。
当然中には誰もいない。トイレにでも行ってるんだろうか。
席の中をちらと見ると、ちょうど目の前にあるディスプレイが目に入る。
そこに映されていたのは、LGの結果画面だった。
「……え?」
あたしは、その結果内容に思わず目を丸くした。
結果はこんな感じだった。
AI 5vs5モード
難易度:ULTIMATE
時間 :16分04秒
KDA (Kill + Assist/Death) :Perfect
CS Accurate (クリープスコア精度):97%
Estimate Elo Rating(推定レート) : Unknown
LGのAIモードで一番難易度の高いといわれるULTIMATE級。
それをたったの16分でクリアしていたのだ。
上位1パーセントレベルのプレーヤーでも、この難易度になるとかなり苦労すると聞く。
もちろん驚いたのはそれだけじゃない。
このKDA――パーフェクトという成績。
これは一度もデスすることなく、ゲームを終えているということ。
LGでは相手を倒さないと拠点を攻められないため、頻繁にプレーヤー同士の戦闘が起きる。
ゲーム全体を通じて死なない方が珍しい。
CS Accurateに関しても今までに見たことないくらいの数値を叩き出していた。
LGが上手と言われている私の知り合いでさえ、75%とかそのくらいだった覚えがある。
そしてEstimate Elo Rating――これはゲームを終えてプレーヤーがどのくらいの実力かを測定してくれるシステム。
ゴールドやらシルバーやら何かしらランクが出るはずなのに、Unknownという文字が表示されている。
兎にも角にも、全てが常軌を逸していた。
「(やっぱり、本物……?)」
でも、どこか納得いかないモヤモヤした気分になる。
なんでわざわざこんな場所に?
ていうか、本当にあんないけ好かないやつなの?
そんな色々と渦巻く感情をどう処理していいかわからぬまま、あたしは彼が戻ってくるのを待つことにした。
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