もしもし、えっとね

「ここば、こうすっと」

「こー?」

「そうそう。ハルちゃん、上手たい」

「えへへ」


 ミスマリーの手から紙コップを受け取り、ハル様が照れたように微笑む。

 今日も来てしまったじじばばの家で、ハル様は『工作』を楽しまれていた。お勉強の方は相変わらずさっぱりだが、ハル様のうるうるとしたおめめで見詰められては敵わない。

 縁側に座った老婆が紙コップの片方を持ち、ハル様がもう片方を持つ。ふたつを繋ぐ糸が、ぴんと伸ばされた。紙コップに耳を当てたハル様のお顔が、ぱあっと光に満ちる。


「こげんして、糸ば弛まんようにすっと」

「うん! わかった!」


 きらきらと輝く瞳で頷き、ハル様が縁側を下りる。「ばあちゃんありがとー!!」大きく手を振った彼の手には、ふたつの紙コップが抱えられていた。


「メア、行こう!」

「畏まりました」


 おや、今日はいつもより早いお帰りだ。

 私の手を引いたハル様が、フードの下でご機嫌なお顔をされる。心のあたたまる表情に、私の頬まで綻んだ。

 肩越しに振り返れば老婆が穏やかな顔で手を振っており、いつぞやの避難訓練時の緊迫感が嘘のように思える。あれは一体何だったんだ。




「ただいまー! シトリー!!」

「おかえんなさい、ハル様、メアちゃん」


 元気に玄関で靴を脱いだハル様が、そのままスリッパに小さなおみ足を入れて駆け出す。ハル様のお靴を揃えて置いた。

 携帯端末を片手に居間の扉を開けたシトリー殿の腹に、ハル様が飛び込む。くそっ、羨ましい!!

 無造作に端末をポケットに突っ込んだシトリー殿が、ハル様のお身体を抱き上げた。おい! 頬を寄せるな、そこを代われ!!


「あっはっは! ハル様は今日も元気ですね~!」

「あのなあのな! シトリー、こっち持って!」

「うん? 紙コップですか?」

「うん! こっち!」


 片腕でハル様を抱き上げ、右手で持った紙コップを、シトリー殿が指示通り耳に当てる。糸が弛まないよう身を引いたハル様が、もう片方の紙コップに口をつけられた。


「……もしもし」


 小さなお声でハル様が囁かれる。きょとん、金目を瞬かせたシトリー殿が、くっくと喉の奥で笑った。


「お、ハル様のお声が聞こえます」

「本当!?」

「はい。いやあ、不思議っすねー」

「えへへ! いとでんわって、いうんだぞ!」


 満面の笑顔で答えられたハル様に、大袈裟なくらい「へー!」と返すものだから、ハル様はご満悦だ。シトリー殿め、そうやってハル様の好感度を上げて、何を企んでいる……ッ。


「こほん。ハル様、上着をお脱ぎになりましょうか」

「うん!」


 すとんとシトリー殿から降りられたハル様が、軽い足取りで洋服かけへ向かわれる。そのお姿をにこにこ見守る青年の後ろに立った。びくり、彼の肩が跳ねる。


「……メアちゃん? ジェラシー激しくない?」

「伝わってなによりです」

「ハルさまー! メアちゃんも糸電話したいそうですよー!!」

「するー!!」


 フードつきのケープを脱がれたハル様が、輝かんばかりの笑顔で振り返る。


 その後、正座した私と向かい合われたハル様が、こそこそとひそめたお声でお話された。正直糸電話なる工作道具を用いなくとも、距離の都合でお声が聞こえてしまう。

 しかし懸命にひそひそ声でお話されるハル様があまりに貴く、身悶えしながら紙コップを耳に当てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る