このスーツ、ブランドものなんだ
その日シトリーは、審査に来たときと同じようなかっちりとしたスーツを着ていた。小さな旅行鞄を足許に、書類に不備がないか眼鏡を向ける。
不思議そうに彼の様子を見詰めたハルが、こてんと首を傾げた。椅子に座るシトリーの膝に、幼子が腕を乗せる。
「シトリー、どっか行くのか?」
「ああ、はい。これから本部に戻って、ハル様のご様子を伝えてくるんですよ」
「……かえってくる、のか?」
寂しげな顔に見上げられ、シトリーの笑顔が固まる。彼がメアへ顔を向けた。金の髪を下ろした彼女は、口許を引き攣らせている。
「ハル様、シトリー殿にもお仕事がありますので」
「……かえってこないのか?」
「んーっと、次は三ヵ月後ですね」
手提げ鞄からスケジュール帳を取り出し、シトリーが頁を捲って笑顔を見せる。しかし甲斐なく、ハルの瞳にうるうると涙が浮かび出した。
肩を震わせしゃくり上げる幼子の様子に、ぎょっとしたシトリーが慌てた顔でハルを抱き上げる。高身長による高い高いだった。
「よーしハル様! メアちゃんがついてますよー!」
「シトリーは……?」
「シトリーはぁ、……お仕事が……」
「……うっ、……ひっく」
「ハル様……、メアだけでは、不服ですか……?」
ぽろぽろと大粒の涙を零し出した幼子の姿に、シトリーが慌てる。
愕然としたメアが、虚無的な顔で彼の背後に立った。ハルをあやすことに必死なシトリーが、ぎこちなく彼女へ振り返る。瞳孔を見開いたメアが、薄ら笑みを浮かべていた。
「おのれ……よくもハル様をたぶらかしたな……?」
「あ。俺これ知ってる。刺されてバッドエンド迎えるやつ」
「うわああああんっ、シトリーいっちゃやだあああああ」
「あっ、俺の死亡フラグがどんどん濃密になっていく!」
「おのれ、おのれおのれ!! 貴様にハル様はやらん! その首、ここで切り落としてくれよう!!」
「待ってメアちゃん! 思考回路が過激! 待って武器収めて、は、ハル様泣き止んで!!」
わああああんっ!! 泣きじゃくるハルの声を背景に、メアが双剣を呼び寄せる。表情を引き攣らせたシトリーが飛び退るも、彼の首には幼子がぎゅうぎゅうとしがみついていた。大振りの動作が出来ない青年が、悲壮な顔をする。
メアが振り回した剣により、彼が先程まで座っていた椅子がテーブルごと破壊された。派手な音と飛び散る木片に、シトリーが顔色を悪くさせる。ハルを抱えた彼が、必死の顔で叫んだ。
「わ、わかりました!! 秒で戻ってきます! 書類届けてすぐに戻ってきます!!」
「ほんとう……?」
「ほんとほんと! シトリーお兄さん、嘘つくタイプじゃない!」
「貴様ぁッ!! ハル様を離せ!!」
「メアちゃん、武器振り回すのやめて!?」
メアの剣を指先で描いた陣で止め、シトリーが説得する。火花を飛ばしたそれに、ハルが目を見開いた。
「メア! シトリー! けんかしちゃ、だめ!!」
「はい! ハル様!!」
瞳に光を取り戻したメアが、綺麗な笑顔で双剣を消す。ぴたり、攻撃をやめた彼女に、シトリーが脱力した。
「年休申請してきました! これで当分こっちいれますよ、ハル様!」
「本当!?」
30分後、ウインクで星を飛ばしたシトリーが、ハルにはよくわからない用紙を掲げる。ぱっと表情を明るくさせた幼子が、彼の腰にしがみついた。わしわし、白い頭が撫でられる。
「なんで、メアちゃん。……お手柔らかにね?」
「ちっ。……これもハル様のため……」
口惜しそうな顔で舌打ちしたメアが、不服そうに腕を組んだ。
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