シャッターチャンスは逃さない
魔界市場と側面に書かれた段ボールを、メアがごそごそと開ける。取り出された紙製の小箱をいそいそと開け、彼女が中身を引っ張り出した。
「……? メアちゃん、それなに?」
隣家出身の積み木でハルと遊んでいたシトリーが、扉の前から動かないメアを不思議そうに見詰める。彼女の手には見慣れない黒い機械が構えられ、突き刺さるような視線を彼等へ与えた。
「ビデオカメラです」
「へえ?」
「ハル様が毎日あまりに貴く可愛らしく愛らしいため、私はこの感動を外部メモリに蓄えることにしました」
「メアー、俺、かっこいい方がいい」
「勿論かっこいいですよ、ハル様!!」
「えへへ!」
「かっ、わッ」
不貞腐れたハルの顔が、「かっこいい」の一言によってふにゃりと緩む。
カメラを片手に、口許を覆ったメアが身悶えした。手振れ補正では補えないだろう、右手のカメラが震えている。
「メアちゃん、それ魔界市場出身?」
「当然でしょう」
「じゃあ大丈夫かな」
あぐらをかいたシトリーが、思案気な顔をにっこり笑ませる。
メアの持つ機械に興味津々なハルへ、彼がお片付けを提案した。ポップな色で飾られたおもちゃ箱へ、いそいそとハルが積み木を流し込む。
「ああっ、お片付けしているハル様、いとおしゅうございます!!」
「あはは、ハルさまー。メアちゃんに向かって、手ふってあげてくださーい」
「こー?」
メアが覗く液晶画面が、積み木を握った白髪の少年の、小さな手が振られる光景を映す。困惑に小首を傾げるハルの様子に、短く感嘆の声を上げたメアが崩れ落ちた。
「め、メア!?」
「大丈夫ですよ。ちょっと気持ちが溢れてるだけなんで」
「うん……?」
不思議そうなハルを置いて、シトリーが幼子へ積み木を差し出す。かちゃんかちゃん、放り込まれるおもちゃが賑やかな音を立てた。
片付けから解放されたハルが、伸びやかに両手を上げる。ぴょんと弾んだ彼が、メアの元へ駆け寄った。
「なあ、メア。それなあに?」
「これはハル様のご成長を記録する装置です」
「そーち?」
「はい。ですので、今後ともハル様を執念深く愛情を持って真心を込めて追い続けたいと思います」
「うん……?」
にっこりと清々しい笑顔で説明されるが、ハルには難しい言葉が乱立している。首を傾げるハルを真正面から映すメアは、とてもご機嫌な顔をしていた。
かしゃ、ぴ。唐突に響いた機械音に、彼等の顔が音の発生源へ向けられる。にんまりと携帯端末を掲げるシトリーが、いい笑顔でもう一度それを鳴らした。
「は? 業務妨害ですよ?」
「メアちゃんの業務って、なんだろう」
「シトリー! それ、なんだ?」
「離れた人ともお話できて、写真も撮れちゃう便利な機械です」
「すごい!!」
「く……ッ」
滑らかに賞賛の言葉を掻っ攫って行ったシトリーに、メアが敵対する目を向ける。にこにこ笑う青年が、ハルへ向けて画面を見せた。
切り取られた景色には、でれでれの笑顔のメアと、彼女の手許を覗き込もうとするハルが映っていた。ぴたりと静止した小さな画面に、ハルの金目が光に満ちる。
「シトリー、俺もやりたい!!」
「いーですよー。これをこー向けて、ここ押すんですよー」
「こーか!?」
「おっけです!」
両腕をうんと伸ばしたハルが、端末にある丸いボタンを押す。かしゃ、ぴ。メアに向けられたそれが音を立てた。
瞬時に左手でピースサインを作った彼女が、慌てた声を上げる。
「わ、私ですか!?」
「あはは! じゃあ写真確認しますねー」
「うん!」
小さな両手から端末を取り上げ、立ち上がったシトリーが画面を操作する。背の高い彼が、眼鏡越しに瞳を瞬かせた。苦笑いが申し訳なさそうに喋る。
「すみません、ハル様。俺ら、鏡に映ると駄目なタイプみたいです」
「ええ? でもシトリー、鏡に映ってるぞ? 朝、かっこいいポーズしてるだろ?」
「どん引きです」
「あ、見られてたんだ? 恥ずかしい。でも自分が一番良く見える角度って、探すでしょ?」
「もっとこっそりやってください!!」
「ほらー、メアちゃんだってやってるぅー」
メアを指差し、シトリーが自身の行動を正当化する。
けほん! 咳払いしたメアが、シトリーの端末を覗き込んだ。画面に映ったこの世のものではないものの姿に、彼女が真顔で首を横に振る。
「なりません」
「ええー!? 見せてよぉ!」
「あはは、メアちゃんメイク前なんで、いって!?」
メアによって脛を蹴られたシトリーが、片足で跳ねる。目尻に涙を溜める彼から端末を奪い、慣れた仕草で彼女が写真を消した。
ハルまで屈んだ彼女が、幼い手にシトリーの端末を握らせる。
「さあ、ハル様。シトリー殿を撮って差し上げましょう」
「うん!」
「あ、メアちゃんひどい。肖像権の侵害!」
かしゃ、ぴ。ハルの手許が音を立てた。きっちりポーズを取ったシトリーが、もー! 不満の声を上げる。
メアの操作した画面が、先程撮影した写真を映す。ハルの顔が歓喜に輝いた。
「ねこさんだー!!」
「豹です」
「シトリー! 羽の生えたねこさん!」
「うん! ねこさん!!」
シトリーへ向けられた画面が、豹の頭にグリフォンの羽を生やした悪魔を映す。涙を呑んだ青年が、山羊の角の生えた頭をわしわし撫でた。
「……シトリー殿。隅にハル様の寝顔らしき写真があったように見えたのですが」
「うん。撮ったよ?」
「何ですかそんなにしれっと! けしからん! 没収ですッ、寄越しなさい羨ましい!!」
「やだー! プライバシーの侵害ー!!」
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