第4話中世異世界転生・其の2.5

「もういいでしょ、手を放してったら、太郎」

「なんだよ、そっちから手をつないできたんじゃないか、花子」

「それは、あくまで台本にそう書いてあるからよ」

「はいはい、わかりましたよ」


 そう言って、太郎の手を振りほどく花子である。


「それにしても、名字と名前ねえ。そりゃあ、女の子に主人公を名前呼びさせた方が、人気は出そうだけど、ファーストネームとファミリーネームってのは……」

「まあ、そう言ったお約束にケチつけたってしょうがないよ」


 相変わらず、舞台が暗転して太郎と二人きりになると、演じている話の設定に文句ばかり言っている花子である。


「大体、なんで異世界で日本語が通じるのよ」

「それを言っちゃあ身もふたもないよ、花子。そんな、異世界だからって、架空の言語を作り出せるような人間が、そうそういるはずもないよ」

「それはそうだけども……」

「転生前にチュートリアル的な話で、得体のしれない魔法の力か何かを使って、会話が問題なくできるって説明が入る場合もあるし、それでいいじゃないか。読者も、その辺りはお約束としてわかってくれるよ」


 太郎はそう言って花子をなだめている。その結果、花子は言葉については一応納得したようだが、まだ言い足りないことがあるようだ。


「そして、出会ったばかりのよくわからない格好をしている変な男に、プロポーズですかそうですか」

「だって、そうでもしないと話が転がらないだろう。それに、読者も読んでくれないよ」

「”男の”読者でしょう。現実ではトンと女の子に縁のない生活を送っている、もてない男が、いきなり目の前に現れた、あたしみたいなかわいくておっぱいの大きな女の子にプロポーズされたいなんて、童貞をこじらせた男がいかにも読みたがりそうな話だもの」

「仮に、俺がこの主人公の立場になっても、中身が花子だと知っていたら、正直げんなりするよ」


 うんざりした顔を見せる太郎に、食って掛かる花子である。


「なによ、あたしは、これでも役者よ。演じるとなったら、その役を徹底的に演じ切って見せるわ。それがどんなに男にとって都合がいい、現実にはいそうもない女の子だって、お客さんにはそんな女の子が実際にいると思わせて見せるわ」

「まあ、おれだって役者のはしくれだからね、”ヒロ・イン”みたいな女の子にどぎまぎする、うぶなラノベ主人公を演じて見せるけど。『わっ、この女の子って、すげえかわいい』みたいな」

「それなら、張り切ってフィクションを演じるわよ、太郎」

「わかりましたよ、花子」


 

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