第38話 あおいさんとの一日

 僕は、急遽予約したカプセルホテルのベッドに寝っ転がった。


「ふぅ…」


 今日一日動きっぱなしの、衝撃しっぱなしの、気遣いしまくりので、気を抜いた瞬間。一気に疲れが押し寄せてきた。


「そうだ・・・あおいさんに連絡しないと」


 思いだしたようにあおいさんにLANEを送る。


『ごめん、ちとせが情緒不安定になっちゃって、病院送りになって、今は安定してるんだけど。旅行は全部中止になった。明日のレンタカーだけ料金発生しちゃってるから、明後日までは北海道にいるけど、もしあおいさんが会いたいって言うなら行くけど…どうする?』


 すると、すぐに既読が付いて、返信が帰ってきた。


『そうだったんだ…それは大変だったね。私はどっちでもいいよ。似鳥がしたいようにして?』


 う~ん…正直、一人で北海道で行きたいところも特にないしなぁ。

 それに、今回旅行は頓挫してしまったけど、二つ目の目標。あおいさんにちゃんと向き合う。

 これに関しては達成できるのではないか?というか、あおいさんを生で一度見ておきたい。


 そういう気持ちが芽生えていた。

 僕は重い腰を上げて、スマホでLANEを開いて返信を返した。


『じゃあ、明日行くわ』

『わかった、待ってる』


 こうして、明日あおいさんのところへ向かうことが決まった。


 ちとせには申し訳ないが、僕は僕でやることをやらせてもらうことにする。



 ◇



 翌日、僕は借りたレンタカーでホテルを朝早くに出発してあおいさんのいる町へと向かった。


 高速に乗り、走り続けることひらすら4時間。

 ようやくあおいさんが住んでいる街に到着した。

 同じ北海道って言っても、車で片道4時間は遠すぎ…

 改めて北の大地の面積の広さを実感するとともに、僕は徐々に心臓の鼓動がバクバクと大きく脈打っているのが分かった。


 待ち合わせ場所は駅前。

 写真では見たことがあるが、直接あおいさんと会うってなると緊張する。

 僕はドキドキしながらも、街の中心部にある駅前のロータリーに到着した。

 といっても、北海道の小さな町なので駅前に目立ったようなお店はなく、辺りは閑散としていた。


 ここまで人がいないと、すぐにあおいさんが見つかるのではないかと思ったが、ロータリーの前には誰もいない。


 車のエンジンを止めて、外へ出ると、肌寒ささえ感じる風が僕の身体を覆う。


 思わず身をかがみながら辺りを見渡していると、駅舎の中の方から人影が出てくるのが分かった。


 僕はその人影の姿を一点に見つめる。

 その女性は、ゆっくりとこちらへと近づいてきた。そして…


「似鳥くん?だよね?」


 そう声を掛けてきた。


「あぁ…そうだ」


 ようやく出会ったあおいさん。

 ラブコメならば、ここで美少女が現れたのだろうが、現実はそう甘くない。

 一言でいえば、僕の好みのタイプでは全くなかった。

 やはり、小説などの青春ラブコメはファンタジーであるということが、改めて実感させられた。


「とりあえず、寒いから乗れよ」

「うん…」


 そう言って、あおいさんを助手席に乗るように促した。

 車のエンジンをかけて、改めてあおいさんの方を向いた。


「えっと…とりあえずこの後何処に行くの?」


 こちらの地域の土地勘が全くない僕は、あおいさんに今日のプランをすべて任せてあるのだ。


「似鳥くんはお昼食べた?」

「いや、まだだけど」

「そっか、それじゃあコンビニによってから私の家行こう」

「え!?家!?」


 顔を合わせてまだ1分たったかどうか、まさか家に誘われるとは夢にも思ってなかった。


「家でお昼食べてから、公民館に行ってお祭りの練習があるからそれに参加するって感じ」

「な、なるほど。わかった。ちなみにどこか飲食店とかはないの?」


 お昼を食べに行くだけなら、家に行かなくてもいいのではないかと思ってしまう。

 正直、気が引けた。


「あるけど…私荷物を取りに行きたいから食べる時間が…」

「時間あんまりない感じ?」

「うん…1時から祭りの準備の手伝いだから、12時30分までには公民館に到着していたいかな…」


 車の中の時計を見ると、時刻は11時45分を回ろうとしていた。

 確かに、今から飲食店に行ってからじゃ厳しいかもしれない。


「わかった。それじゃあ適当にコンビニで買っていこうか」

「うん」


 この後のプランを決めたところで、僕はドライブにギアを変えて、車を走らせた。



 コンビニでおにぎりなどを購入し終えて、僕はあおいさんの家に到着していた。


「ただいま~」


 僕はこの時点で後悔していた。そりゃそうだよな、今日は日曜日。冷静に考えればご両親も家にいることが当たり前なわけで…


「どうぞ」

「あ、うん…」


 他人のご両親だ。しかも、見ず知らずの男を娘が連れてきたとなったら、ご両親にどういう目で見られるか…


 いきなりの出来事に、僕はパニックになる頭の中を何とか抑えながら、家の玄関へと足を踏み入れた。

 すると、廊下からひょこっと一人の男性が現れた。


「こんにちは」

「こ…こんにちは」


 やべぇ!お父さん登場しちゃったよ!!

 緊張がMAXになり、吐き気すら覚えてしまうが、何とか喉の手前で押さえて、必死に挨拶を返した。


「あおいからよく話は聞いているよ」

「あ、そうですか…」


 よく話を聞いているって何を聞いているんだ!?

 恐いんだけど…


 そんなことを思いながらも、僕はリビングへと案内された。

 家は古き良き社宅アパートで昭和感漂う佇まいだった。


「お昼食べよ」


 あおいさんにそう促されて、テーブルに座った。



 ◇



 ようやく主ぐるしい空気感から解放されて、今は公民館近くの駐車場に車を止めて祭りの会場へと歩いていた。


 あおいさんの家で、あおいさんのお父さんと色々な話をした。

 何処から来たんですか?とか、お仕事はなにしてるんですか?とか…

 正直、仕事に関しては無職なので何と言おうか悩んだが、そこはあおいが『今転職活動中なんだよ』とフォローしてくれたので助かった。


 まあ、無職でフラフラしてますっていったら、印象悪いしなぁ…


 そして、東京での生活。あおいのこと様々な話をした気がするけど、緊張していたせいもあり半分以上何を話したか覚えていない。印象に残っているのは、『これからもあおいのことよろしくおねがします』とご丁寧にお辞儀までされてしまったことだ。


 なんか…断るに断れないような状況を作られて行っているような気が…なんなら外堀から埋めに来てるよね!?と疑いたくなるあおいさんの策士に驚きつつ。

 僕は今公民館前の集会場で行われる、祭りの練習を眺めていた。


 祭りと言えば、みこしを担いで町内を歩き渡り、夜はやぐらで太鼓をたたきながら周りを囲むようにして盆踊りというイメージが僕の中ではあったが、どうやらそうではないらしく。各グループごとに練習してきた踊りを踊りながら町中と練り歩くそうだ。

 そして、一番印象に残ったチームが優勝。ということだそうだ。


 僕は辺りをキョロキョロとしながら見渡していた。

 事前調べだと、このあたりの人口は1万人にも満たないと書いてあったが、公民館前の広場は多くの人でごった返していた。

 人の多さに驚いていると、後ろからポンポンと肩を叩かれた。

 振り向くと、祭り衣装に着替えたあおいさんがいた。

 祭り衣装と言っても、花柄の黄色いワンピース姿。


「それが今回の衣装」

「そうそう!どうかな?」


 あおいさんは僕に見せつけるようにクルっと一回転してみせる。


「…いいんじゃない?」

「本当に!?ありがと!」


 嬉しそうに微笑むあおいさん、あぁ…この人は本当に僕のことが好きなんだな。

 改めてそう実感させられる。


「それじゃあ、見ててね」


 そう言い残して、ひらひらと手を振りながらあおいさんは行ってしまった。


 しばらくして、公民館の広場にステージが作られ、囲むように人だかりができた。

 どうやらここで本番前のリハーサルという名の発表会が行われるらしい。


 あおいさんの出番は2番目に回ってきた。

 あおいさんのグループは、老若男女入り乱れたグループだった。


 あおいさんが緊張した面持ちでセットポジションに着いた。

 すると、チラっと僕の方を見て微笑んだ。

 まるで、見ててねとでも語り掛けるように…

 そうして、音楽が流れて、ステージがスタートした。




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