第33話 失恋
時は進んで、週末の土曜日。
今日は、浩平と一緒に趣味であるサッカー観戦をする日であった。
浩平と渋谷駅で待ち合わせをして、そこから京王線井の頭線で、明大前駅で京王本線へと乗り換えて、味の素スタジアムで行われる試合に向かっていた。
生憎の梅雨空の雨模様の中で、スタジアムのコンコースで雨宿りしながらコンビニで買った夕食を食べながら時間を潰していると、スマホの通知が来ていることに気が付いた。スマホを開くと、何度もちとせから着信履歴が来ていた。
今日は午後から忙しいから通話できないと話しておいたのに…
「ちょっとごめん」
浩平にそう一言詫びを入れて、比較的人通りが少ない場所へと移動して通話ボタンを押した。
だが、今度は向こうの都合が悪かったらしく、通話には出なかった。
あおいさんの件から、ちとせの身の回りにも、いろいろと変化が起こっていた。
僕とちとせが寝落ち通話をやめるきっかけになった、ちとせの好きな人は、わずか3日で、他のネット女とも付き合っており、何股もしていたグズ野郎であることが分かった。ちとせは怒り心頭といった感じで、友達と一緒にその人を社会的に追放しようとしていた。
結局のところは、相手側が逃げたため、そのまま大きな亀裂を残したまま終わったわけであるが、その次の日にすぐにちとせはまた好きな人をネット友達の中から探し出してきてその人と付き合うことになったらしい。
ちとせもちとせで誰か男にすがれるように、何人かの男を事前にストックして準備しているらしい。そうして、またちとせはこれからも男を何人もストックしておいて、たぶらかして、それがばれて男たちに見捨てられてということを繰り返していくのであろう。それを聞いているだけでも胸糞悪くなってくる。
ここ最近はちとせに対する嫉妬心というよりも、怒りに近い感情さえ芽生え始めていた。
自分勝手のクセに自分はいらない存在だなどとオーバーにネットに書き込んでは、友達に励ましてもらうの繰り返し。こんな生活を中心に送っていればいつかちとせは破綻する。
そして、俺も・・・
「おい、似鳥。そろそろ戻ろうぜ」
ふと感慨にふけっていると、浩平が俺を手招きしながら呼んでいた。
俺はもう一度スマホの画面を確認してから、何もメッセージが届いていなことを確認してスタジアムへと戻った。
◇
試合が終わり、雨足がより一層増してきた梅雨空の中、駅へ向かう大勢の人混みの波に身を任せるようにして、傘を差しながらゆっくりと駅へと進んでいた。
特にやることもなかったので、スマホを開いて通知を確認した。
すると、ちとせからメッセージが届いていた。
『まだ、あおいに告白の返事返してないの?』
そう言った素っ気ない返事だった。
全く・・・こいつは本当にわかってない。
『どうして僕があおいさんに返事を返してないかちとせはわかる?』
僕は少し試すようにちとせにそう聞き返した。すぐに既読が付いて返事が返ってくる。
『私のことが好きだから??』
「…」
なんだよ…わかってんじゃねーか…
『分かってるうえで、聞いてくるなんて。酷いなぁ・・・そうだよ、僕はちとせが好きだからあおいさんの気持ちに応えるつもりはない。ちとせは、僕の事どう思ってるの?前に言ってくれたじゃん?まだ可能性はゼロじゃないって?もし今もその気持ちが変わらないのであるならば、僕はちとせのことを好きでい続けたい気持ちがある。その気持ちがちとせにもう全くないのであるならば、僕はあおいさんの気持ちにしっかりと答えようと思ってる』
長文ではあるが、しっかりと俺の今の気持ちを伝えた。
これで全てが終わる・・・そう感じた。
駅について、電車に乗った。途中のターミナル駅で浩平とも別れて、一人寂しく岐路についていた。
ちとせから既読が付いても暫く返信が返ってこなかった。悩んでいるのだろうか?それとも言うまでもないという、案の意味でのメッセージなのだろうか?
もう、返事すら来ない諦めかけたその時だった。
ちとせにしては、珍しく長い長文での返事が返ってきた。
『ごめん、今は私は、正直誰とも付き合う気はないし、にとお兄ちゃんのことも好きじゃない。今は誰かのぬくもりをそばで感じていたいだけ・・・だから暫くは誰とも寝たりしないし、ホテルに泊まるようなこともしない。私にとお兄ちゃんのこと振っちゃうね?ごめんねこんなわがままな私で・・・』
自分で聞いておいて、何となく予想はしていた。だが、実際にはっきりと付き合う意思がないと言われると、心に突き刺さる者がある。
胸に矢が突き刺さったような痛みと共に、何かモヤモヤとしたものがすっきりしていく感じもあった。
『そっか…わかった。正直に答えてくれてありがとう。僕も我儘でごめんな?』
『ううん・・・全然そんなことないよ、にとお兄ちゃんは優しくてとてもいい人。だから、あおいににとお兄ちゃんの事おすすめすることが出来たんだし』
一応僕のこと、それなりには信頼してくれていたことはひしひしと伝わってきた。だが、それと同時に『いい人』というフレーズが、ちとせの中に僕が恋愛対象ではないということを意味していることを表していた。
『そっか、まあ、今度どうなるかは分からないけど、期待に応えられるようには頑張るわ』
『私のあおい傷つけたら許さないからな!』
『いや、お前のじゃねーし笑うん、ありがとう』
『うん』
そうして、僕は視界がぼやけて来ているのに気が付いた。
咄嗟に手で目にこびりついているものを拭いた。
手の甲は微量であるが濡れていた。
(そっか…僕はやっぱり本気で恋をしていたんだな…)
涙が流れてきたことで、ちとせに本気で恋をしていたのが初めて分かった気がした。
電車の中で鼻をすすりながら、他の人に見られるのを避けるように俯きながら、スマホを持っていた手をぶらんと下げて、大きなため息をついた。
こうして、根倉似鳥の恋がまた一つ終わりを告げることとなったのであった。
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