第9話 お買い物
家の入り口のドアを開けて、外に出たちとせは、トコトコと足音を立てながら歩き始めた。
ザァザァ…っと時折風の音がスピーカーモードにしているスマホから聞こえてくることから、かなり風が強いようだ。
「風強いの??」
「うん、結構強い」
「車には気を付けるんだぞ~」
「はぁ~い」
しばらく、ちとせの足音だけと外の風の音だけが聞こえ、ちとせの方から言葉を発することはなかったのだが、突然風の音が止み、足音も鳴りを潜めた。
『あれ…?』
「どうした?」
電話越しからボソっと独り言が聞こえたので、僕は何かあったのかと聞き返した。
『にとお兄ちゃん!迷子!!』
「はい??」
『ケープまでの道わかんない』
「えぇ!?!?」
なんということだ…ちとせは、どうやらケープまでの道のりを忘れてしまい、迷子になってしまったそうだ。
「引っ越してから何回か行ってるんじゃないの!?」
『一本違う道入ったら分かんなくなっちゃった』
「なんで同じ道を行かないんだよ…」
『だって、こっちの方が近道だと思ったんだもん…』
全く・・・なんという無謀な挑戦をしているのだろうかこの子は…いずれ知らない街に一人で出かけて迷子になってしまうのではないかと心配になってきてしまう。
「GPSアプリ使いなさい」
『今通信制限で全然起動しない』
「じゃあ、来た道を戻るとか?」
『やだ、戻るのめんどくさい』
なんとわがままな・・・一瞬イラッとしそうになってしまった。
『にとお兄ちゃん!地図になって!』
「ん?どういうこと?」
『だから、にとお兄ちゃんが私をケープまで連れていって!』
「つまり・・・僕が地図を開いて道案内をしろと??」
『うん!』
なんという横暴な・・・僕は、はぁ…っと大きなため息をついて、「ちょっと待ってろ」と言って、ノートPCを起動させた。ため息をつきながらもやってあげちゃうところが甘いというかなんというか…
ノートPCを開いて、地図アプリを開いた。
「で?今どこにいるの??」
『えっとねぇ…わかんない』
「いや、大体の位置教えてくれないと道案内できないだろ」
『んとね?北海道!』
「大雑把すぎだ!」
『えぇ…えっとねぇ…』
この後、ちとせも地図アプリを開いて、結局位置情報のスクリーンショットが送られてきた。通信制限とか言ってたくせに、開けるじゃねーか。そんなことを思いつつ、ケープまでの道案内を付き添いのような形ですることになったのだった。
◇
ちとせを何とか誘導して、ケープに無事到着した。家から歩いて4、5分の場所にあるにもかかわらず3倍以上の時間を移動だけで擁してしまった。まさか、現在地が送られてきた時点で逆方向に進んでいるとは流石の僕も予想外だった。ちとせ、恐ろしい子。
『にとお兄ちゃんありがと~!買い物行ってきまーす!』
「はいよ~行ってらっしゃーい」
ケープに連れて行っただけなのに、なぜだがすごい疲れてしまった。
『にとお兄ちゃん!見て!』
「ん?何を?」
『チャット!』
僕はスマホを手に取ってLANEを開く、ちとせとのチャット画面を開くと、一枚の写真が送られてきていた。写真に写っていたのはちとせの自撮り写真だった。上目遣いでカメラを見つめた甘えるような表情は、僕の視線を釘づけにするには十分だった。
「可愛い…」
『んふふ・・・』
思わず口にしてしまった言葉に対して、ちとせは照れていた。ったくこの子はなんて可愛いのか…僕はさらに言葉で伝えたいと思った。
「ちとせ可愛いよ~」
『・・・え?何?』
「可愛い!」
『えっ?』
「可愛い!」
『うん、聞こえてた///』
「ったく・・・このこの!」
『えへへ…///』
ったく、ちとせなんてずるい子。でも、まあ喜んでくれているし、結果オーライと行きますか。
『じゃあ、買い物行ってくるね!終わったらすぐに通話するから待ってて!』
「ん、分かった」
『いってきます~』
「いってらっしゃーい!」
こうして、ちとせはようやくケープの中へと歩みを進めていき、店内の自動ドアの音が聞こえた後、通話が切れたのだった。
◇
帰り道、通話をつなぎ直してから家までの道案内をしつつ付き添っていた。
『あぁ…重い…買い物袋重い…』
「がんばれ、あとちょっとだ」
『腰痛い…』
「ヨシヨシ…」
『にとお兄ちゃん荷物もって~??』
「よっこいしょっと!」
持ち上げるふりをしてみるが、ちとせの荷物の重量は変わらない。
『うぅ・・・重い…』
「がんばれがんばれち・と・せ!」
『うふふ・・・ありがと///』
「どういたしまして~」
『・・・はぁ…』
すると、ため息をついたちとせからとんでもない発言が飛び出した。
『なんで付き合ってないんだろう…』
それは、彼女が率直に思ったことなのであろう。だが、その言葉を聞いて、全く同じ気持ちを感じていた。
「ホント、なんでだろうな…」
『ねぇ~』
そんな会話をしつつ、ちとせは無事に岐路へとついた。
何故ちとせがあの言葉を発したのか、本当の真意はわからないが、ただ単にそう思っただけなのかもしれない、それとも他に何か理由があってその発言をしたのかもしれない。
ただ、一つ言えることは、ちとせは俺と付き合ってないことに対して何か思うところがある。そういった感情があるということだろう。
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