第4話 毎回俺、いらない

 夕飯の時、エイリークが疑問に答えてくれた。俺は婚約に関する法律に詳しくない。婚約者もいないしね。


「婚約破棄を申請するには当主の了承に、正当な理由とその証拠が必要なの。後は破棄される本人の了承を得られれば、そのまま受理されるのよ。不貞の証拠として、殿下が令嬢をぶら下げたままでいてくれて、本当に助かったわ。わざわざ神経質眼鏡の指示でチャラ男を捕獲していたのに、あれじゃあね」


「それってまさか…」

 食べ物が喉に詰まりそうになった。


「ふふふ。そうよ。殿下が婚約破棄したのではなく、私が破棄したのよ」

 本当に楽しそうにエイリークが笑った。妹も黒かった。お兄様だけじゃなかった。エイリークは黒い時も饒舌になると新たに知った。


「それ、俺は無事でいられる?」

「大丈夫よ。陛下はそれどころじゃなくなるし、私たちはやましいことは何もしていないわ。学院内も大丈夫じゃない?たぶん、注目されるのは私とあの令嬢だと思うし」


「それでいいの?」

「一番素敵な方法で破棄できたわ!」


 学院で居心地が悪いのではと気にしたのだが、エイリークは全く気にしていなかっただけでなく会心の笑顔だ。今回は破壊力もえげつない。


 この後、何かが起こる気がしてならない。そして今度こそ本格的に巻き込まれそうな気がする。

 きっとこの夕食で、今後の迷惑料も先払いされている気がする。せめてしっかり食べよう。あ、明日の昼用にテイクアウトもよろしく。


 後日、やっぱり巻き込まれた。役人のトップである長官、国王陛下に王妃様、殿下といつもの令嬢、その取り巻きのうち神経質眼鏡、エイリークの両親にお兄様、そして何故か俺。

 場違いだと思います!!


 勿論彼らは俺の話を聞いてくれるはずもなく、伯爵家側はエイリーク以外の全員が黒いオーラを垂れ流している。黒オーラ一家本当に怖い。

 呼び出しをされた時、伯爵家側との接触は禁止されたが、前室で今日の呼び出しの理由を役人から聞かされた。


 元々王家側からの打診でエイリークとの婚約が決まった話に始まり、エイリークが殿下の不貞を主な理由に婚約破棄したこと。

 それに伴う損害賠償請求やらが伯爵家側からされたが、王家としては受け入れられないこと。要約すると金額が大きすぎて支払えないらしい。


 減額要求を王家は打診したが、隣国の王子までいるようなパーティーでエイリークに婚約破棄を宣言したこと、元々強引に婚約を結ばせた上に娘の将来を潰したことを許さない、だから減額には応じないと伯爵家がつっぱねた。


 王家は至急情報を集め、エイリークにも不貞行為があったと証明して、減額させるためにこの会が始まるそうだ。

 つまり、俺は王家側から呼ばれたエイリークの不貞行為を証明する人物…。完全に巻き込まれている!


「では始めましょう。王家側からの依頼で、敷地内での映像を記録した魔道具をお持ちしました。中立の立場として、どちら側の手も加えられていないことを宣言します。また、この場では過去の発言を含め、どのような発言も身分差による不敬罪に問われないこととします」


 基本は当事者同士で進めるようで、殿下が資料を手に発言をはじめた。希望した日時の画像を皆で見るらしい。これは、一緒に宝飾店へ行った時かな。あの店にも魔道具あったんだ。


「彼女はこのように、婚約者がいる身で別の男を伴って宝飾店へ出かけています」

「音声を希望します」


 エイリークは冷静だった。饒舌なので心の中は黒いと想像する。

 友人に兄へのプレゼント選びを手伝ってもらっただけで、不貞ではないと言い切った。あの時選んだブレスレットは今黒いお兄様の腕にある。お兄様が嬉しそう。


「何故私ではなく、その男に頼む必要がある?」

「この場での発言も、どのような内容でも不敬罪には問われないのですよね?」

「勿論です」


「既に殿下はそちらの女性に夢中のようでした。そのような方に頼むのですか?私は男性物はよく分かりませんし、そもそも…殿下は趣味が悪いでしょう?頼めませんわ」

 うわ~!ぶっちゃけ炸裂!やーめーてー!!

 殿下は顔を真っ赤にして震えていた。怒っているんだろう。怒るよね?


「趣味は良いぞ!言いがかりだ!!」

 え~、反論そこ!?


「言いがかりではございませんわ。私への誕生日の贈り物、いつも扱いに困っておりますもの」

 殿下はショックを隠せないままだが、次に進むようだ。


「ではその後の飲食店だ。飲食代だけではなく、テイクアウト分も全て払ったのはエイリークではないか」

「何故私が食事の支払いをしたのが不貞行為になるのです?」

「男女の関係でなければ奢ったりしないだろう」

 クスッとエイリークが笑った。眠そうじゃなくて、普通に美人だ。


「それはそちらのお考えでしょう。一緒にしないで下さい」

「テイクアウト分まで用意するなんて不自然だ。貢いでいたんだろう」


「どうせ貢ぐのなら、もっと別のものを用意しますわ。宝飾品とかね」

「魔法石も彼の分まで買っていたようだが」

 俺のヒモっぷりがこんな偉い人達の前で暴露されている。止めて欲しい。


「彼はご実家の関係で金銭に困っておりました。食事代や授業で使う消耗品に困るほどです。成績優秀者なのにこのままでは授業に支障が出ますので、支援していただけですわ」

「言い訳ではないのか」


「伯爵家にも彼を支援する旨を手紙で伝えております。手紙を提出すれば書かれた時期は絞れますよね?必要であれば実家から持って来ましょう。必要ないとは思いますが」


 いつの間に俺は伯爵家から支援されてたの?返せる目処とかたたないんですけど。え、何これ怖い。怖がっている間にも話は進んで行く。

 殿下が出す微妙な証拠にエイリークが反論するということが繰り返された。


「もうよろしいですか?私が不貞行為をしていた証拠などないと思いますが」

「その様ですね…」


 役人の言葉に陛下は項垂れ、王妃様は顔色を悪くしている。王家破産の危機だ。急遽情報収集をしたため、過去の具体的な情報が集まらなかったのだろう。既にネタ切れのようだ。


 学院内での昼食の映像や、放課後に一緒にいる映像まで流されたが、どう見ても不貞行為にはほど遠い。

 俺が授業の相談をしていたり、お金無いってぼやいていたり、エイリークにお兄様自慢されていたり。もう、諦めた方が良いと思う。

 そう思っていたら、神経質眼鏡が急に叫んだ。


「婚約者がいる身で異性と一緒にいるなど、はしたないとは思わないのか!」

 え~、ここそんな気軽に発言が許される場所じゃないと思います。


「あなたがそれを仰るのですか?」

 そうだそうだ!いけいけエイリーク!


 エイリークは傍らに置いていた分厚い本を開いて日時と場所を指定した。

 映し出された映像は…。神経質眼鏡と令嬢のキスシーン。令嬢と神経質眼鏡から変な音が出た。


「これは一年ほど前ですね。まだまだありますけれど、如何致しますか?」

「本件とは関係がありませんので、不要です」


 役人が冷静に終わらせた。次にエイリークは殿下と令嬢のものだと日時を指定した。陛下も王妃様も真っ青だ。お互いに愛称で呼び合い、接触具合も友人の域を明らかに越えている。


「ああ、それと。手続きの際に、殿下自ら自分の不貞で婚約を破棄される書類に署名をなさいました。それは、自らの不貞を認める行為と思われます。委任状をお持ちの殿下が私の圧力に屈したとは考えられませんし、皆様の前で殿下はそちらの女性にプロポーズもどきもされていましたよ?」


 エイリークの完全勝利だった。今回も俺、いらなかったよね?

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