第3話 脳筋野郎の胸筋が嫌


 秋になると新入生の歓迎パーティが催される。今年の新入生には隣国の第二王子もいるので、国力を誇るためにかいつもより予算がかけられているみたい。


 在校生に殿下がいるので、殿下が取り仕切ることになったのだが、本来であれば婚約者であるエイリークと協力するところを、お気に入りの令嬢と彼らの取り巻きで取り仕切ったようだ。


 所々あらが見受けられるし、無駄も多い。学生の身分としてみればぎりぎりセーフ。エイリークが仕切っていればもっと素敵なパーティになったのではないかとつい思ってしまう。


 会場のダサい装飾などを見ながら、やっぱり殿下の趣味には問題があるなと思いつつ、並べられた軽食をどんどん食べていく。

 これで、今日のご飯代が浮く。昼夜兼用にするべく、頑張るところ。余った分は持ち帰りが出来ればいいのにと本当に思う。うまい。


 皆親族や婚約者と一緒に参加しているので、夕方から自由時間にするつもりだ。我が家は交通費が嵩むので誰も来ていない。当然だ。

 これから何をしようか考えながら、さりげなくパトロン令嬢達のご機嫌も伺っていく。


 そろそろ解散の時間が近づいてきていたので、誰かに捕まる前に逃げようかと思いはじめた時、会場内に大きな声が響き渡った。


「エイリークとの婚約を破棄する!!ここにいる皆が証人だ!」

 本来殿下にエスコートされるはずのエイリークは自分の兄にエスコートされたまま。殿下には別の令嬢がしなだれかかっている。


「陛下の委任状がある。今すぐ手続きだ!!」

「…かしこまりました」


 何でこんな所で!?しかも大声の必要ある!?と思ったが、エイリーク的にはようやく願いが叶うのだろう。

 いつも通り冷静に見えるけれど、笑いを堪えているようにも見える。親しくしていないとただ引き攣っているように見えるかもしれないが。


 普通なら動揺してもよさそうなエイリークの兄も爽やかな顔を保ったまま。

 エイリークの兄も同じ茶髪に茶色い目だが、エイリークとは違い、キリッとした印象を受ける。やっぱり二重の幅なのかな。


 傍観者になるつもりが、脳筋野郎と魔法馬鹿がやってきて、何故か捕獲された。エイリークのふしだらな行動を証明するためとか言われた。

 まず自分のふしだらな行動について考えて、婚約者に謝罪するなり、婚約を解消するなりしようぜ。と一瞬の現実逃避。


 嫌な予感しかしない。巻き込まれた、いや、エイリークなら逃がしてくれる気がする。ただ、俺の自由時間…。役所に連れて行かれた。


 学院には様々な手続きができる役所も併設されている。役所はあらゆる権力が及ばない中立機関として国に存在していて、法の番人の役割も果たしている。


「婚約破棄の手続きを頼む」

 役所についた殿下が、早速嬉しそうに受付に話しかけ、腕に寄りかかってきた令嬢と目を合わせて微笑み合った。


「で、殿下の婚約破棄ですか!?」

 戸惑う受付は大きな声を出してしまい、室内の注目が集まる。俺はカウンターから少し離れた位置で、脳筋野郎と魔法馬鹿にそれぞれ腕を組まれている。むさ苦しい。全く嬉しくない。


「もちろんです。他に何があるというのですか」

 神経質眼鏡は受付に対して国王の委任状を恭しく差し出し、勝ち誇った顔をしている気がする。背中しか見えないけど、きっとそうだ。


「ええ。見て頂いたらお分かりになるかと思いますが、第十七条・項四で書類をお願いします」

 狼狽えている受付に、エイリークがハキハキと言う。真っ青な顔になっていて、あの人が一番可哀想。二番目俺。おい、腕に胸筋をあててくるな脳筋野郎!


「お、お待ち下さい」

 受付の人は慌てて立ち去ろうとしていたが、エイリークが呼び止めて必要な書類だけカウンターに先に出してもらったようだ。


 エイリークと兄が先に署名をして、無表情に一枚の書類を殿下に渡す。

「殿下、こちらを」

「ああ。念願が叶ったな」

 さっきのも酷いけど、今も酷い。このタイミングでそれを言うって、人としてどうなの?


「そうですね」

 普通に答えちゃうんだ、エイリーク!


 エイリークは別の書類にも兄と一緒に何やら書き込んでいる。全員が記入を終えた頃、厳しい顔の多分偉い人が出てきた。


「ご説明頂けますか、殿下。陛下もエイリーク嬢のお父上も今は国外です」


「陛下から委任状を預かっている」

 神経質眼鏡が再度委任状を見せた。


「私も父より委任状を預かっています」

 エイリークの兄も見せた。


 通常、家の代表が国外へ出るときは委任状が渡される。有事の際に素早い対応ができるよう、委任状で全権が託されているのだが、普通に考えて婚約破棄に行使されるようなものではない。

 殿下はきっと神経質眼鏡辺りから入れ知恵されたのだろうが、普通は大切に家で保管していたりするもの。お兄様は何故お持ちで?いつも持ち歩いてたとか?


 役人はなおも書類の手続きを渋っている。

「殿下は先ほどの歓迎パーティで、皆様の前で宣言されたんだよ」

 エイリークの兄が黒い笑顔で言う。


「そうだ、皆に証人になってもらうためだ」

 馬鹿、おっと殿下もそれに続く。


「手続きに必要なものは全て揃っている。ここは中立の機関としてあるはずなのに、どういうことかな?」


 エイリークの兄、いや、黒いお兄様がますます黒い。黒い何かが溢れ出しているのが見える気がします。

 役人は渋々婚約破棄の書類を受けとることにしたようだ。


「本当にいいんですね、殿下?」

「勿論だ。すぐに手続きをしてくれ」

 役人が書類を受け取って下がろうとした時、エイリークが口を開いた。


「殿下」

「何だ」

 殿下がエイリークを睨んでいる。婚約者でなくても令嬢にそれはないんじゃないだろうか。やっぱり馬鹿…。


「書類の手続きを今ここで、彼にして頂きませんか?」

「それはいい案だな!」

 睨んでいたくせにもう笑顔になっている。単純すぎる。役人に今すぐここで手続きを完了させるように迫った。


 国王の委任状を持っている殿下が現在国内最高権力者。中立の機関でも書類処理の優先とかの圧力はかけられたりするんだよね。だから、言われれば仕方が無い。

 彼は本当に渋々といった感じで受理を示す魔法印を書類に施していく。

 その様子を見た殿下は、腕にくっついている令嬢に甘い表情を向けた。


「今すぐに私たちの婚約宣誓書も提出しないか」

 取り巻きの男達が全員何かしらの反応だけをした。殿下含む取り巻き達はあの令嬢に女性として好感を持っているはず。反応だけってなんで。


「いえ、私など殿下の隣に相応しくありません」

 困った顔で令嬢は言ったが、今の体勢で言うのは可笑しい。婚約者の座を狙っていると思っていたのだが、どうやら違っていたらしい。ただの男好き? ハニートラップ?


「何を言っている。エイリークに婚約破棄を告げるなら、一緒に行くと言ったのは君だ。周囲は私と君がその様な関係だと思ったのではないかな」

 殿下が周囲の雰囲気に関係なく、話し始めた。取り巻き達は黙って見守っている。いや、本当にその令嬢が好きなら見守らずに何かしろよ。


 その間に書類の処理は完了した。

「これでお二人の婚約は破棄されました。こちらの書類に関しては、陛下へ届けます。こちらは控えになります」


 役人は書類の控えをエイリークにだけ渡した。あれが何の書類かは知らないが、二人はとてもにこやかで、役人は渋い顔をしている。お兄様の黒いオーラは消え去った。


 懸命に令嬢を口説いているっぽい殿下に退室の礼を取り、エイリーク達は出ていく。俺も一緒に退出した。

 取り巻き達は二人がどうなるかに夢中だ。俺はこの場に必要だったんだろうか?


 お兄様からお茶に誘われたが、丁重にお断りした。黒いのを最大限に放出していたお兄様怖い。

 エイリークは今日の迷惑料がわりに、一週間連続で夕食を奢ってくれるらしい。結局は何事もなかったし、最終的にはラッキーだった。

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