第2話 欠かせない存在、それはパトロン

「今日は何を買いたいんですか?」

 彼女と連れ立って学院内を歩くと、色々な声が聞こえてくる。


「まぁ、またですわ。はしたない」

「本当に。殿下がお気の毒ですわ」

「殿下の婚約者に相応しくありませんわ」


 令嬢たちはこちらに聞こえるように会話をし、男は嫌悪と少しの期待がこもった目でエイリークを見る。何を期待しているんだと思うけれど、エイリーク自身に男と遊ぶ気は無さそう。

 以前は俺以外にも男を連れていたりしたが、用事で男を使い分けていたように思う。


 魔法関連は魔法馬鹿、剣術関連は脳筋野郎、座学関連は神経質眼鏡。ただ、最近は俺しか連れ歩かなくなっているので、周囲からの風当たりはより強くなっている。

 俺の評判が悪いせいだと思うけれど。


 魔法馬鹿だなんだのと酷い言い方だが、一応王子の側近になるのではと言われていた人たちだ。

 今では王子も含め、一人の令嬢を追いかけ回していると評判だ。彼らにも婚約者がいるはずなんだけど、お構い無し。


 そんな話が出る前にエイリークは彼らから離れていた。理由を聞いたら"向上心が薄く、考え方も嫌い"と結構辛辣な返事が来た。

 追いかけられている令嬢は、華やかさはあるが俺から見ると幼い感じ。その割に胸が大きいので一部の男性にはたまらんのだとか聞いた。


「今日は…。宝飾店と魔道具屋へ」

「分かりました」

 令嬢達の視線から庇いつつ、やや足早にエスコートする。エイリークはこちらが気を遣うほどに全く外野を気にしない。


 学院は王都の郊外に広大な敷地を持っていて、学院の周囲には商店や飲食店が建ち並び、ひとつの町として機能している。

 区画全体を堅牢な壁と侵入者防止の魔法で覆い、警備も万全。郊外でも全て一流の品が揃うようになっている。


 一流のものしか揃わないのが難点でもある。何もかもが高い。ノート一冊でさえきつい。勘弁して欲しい。実家から送って貰うと送料が高くてそれも無理。


 エイリークは生粋のお嬢様といった感じで、堂々と俺にエスコートさせて歩く。商人達は見慣れているし、エイリークは大金を落としてくれる常連客で特に何も言ってはこない。

 学院の建物から出さえすれば、心の中でどう思われていようとそれなりに快適に過ごせる。


 この区画では一番値が張る商品ばかりを扱う宝飾店に着いた。店主のおべっかが凄いが、エイリークは適当な相槌を打つだけだ。

 多分、思考は既に商品にいっていて、おべっかなどはどうでもいいのだろう。


「…お兄様に普段身に付けられる贈り物をしたいの。防護魔法を組み込みたいから、…相性のいい素材だと、どれがいいかしら?」


 話し方も少し変な間が空くことが多いので、ますます眠そうに感じるがこれが彼女の平常だ。

 ちゃんと起きているし、内容によってはハキハキ話すこともある。どうやら考えながら話をする時には間が空いて、知識など知っていることを話す時は間が空かない。


 店主は店内の品でもより高い物を売りつけようとアピールしてくるが、それを無視して男でも着けやすい、白金と金のシンプルながら凝ったデザインのブレスレットを選んだ。


 エイリークに見せると、しばらく見つめて頷いた。気に入ったようだ。だいたい俺は男物の買い物と荷物持ちにつきあわされる。

 エイリークは必要以上に話をするタイプではないし、惚れられている気が全くしないので、一度こちらから聞いたことがある。


「どうして俺を誘うんだ?」


「殿下が女性と親しくしていると、私に魅力がないとか、誇れるのは成績だけのつまらない女だとか言われるのよね。私に女としての魅力がないから、殿下の行動は仕方が無いって」

 聞いたことある。よく言われているやつ。


「婚約者がいるのに、他の女性と一緒にいる…殿方が悪いと私は思うのだけれど、世間はそうではないようよ」


 淡々とケーキを食べながらぶっちゃけ発言をしてきた。もちろんケーキはエイリークの奢り。俺用に夕飯のテイクアウト分も支払ってくれる。

 素敵です、エイリーク様。このケーキも新作。うまい。なので当たり障りのない返事をします。


「まぁ…。世間一般的にある程度男の遊びは許容されるのと、殿下はご令嬢達に人気だし、やっかみもあると思うよ」


「そういうのが馬鹿らしくなった、かしら。殿下が容認されるなら私もある程度許されるのかと思ったら、私が男性といるとはしたないとか尻軽女とか。…尻軽男?が先にいたはずなのに、どちらにしろ私に非があるように言われる。どちらも私が悪いなら、好きにしようと思って」


 殿下は男だから尻軽男…ってちょっと違うニュアンスになりますが。言えないし黙っておこう。説明しづらいし、説明したらしたで直ぐに理解しそうなのも嫌だ。


「わからなくもないけれど、極端すぎない? 周囲は俺と男女の関係だと思っているようだよ」

「それは…チャラ男のイメージね」


 エイリークが微笑みながら答える。笑うとちゃんと可愛いのに、なかなか笑顔が見られない。いつも無表情で眠そうなのが勿体なく思える。普段表情に乏しいので余計だ。

 エイリークは俺が資金難の為だけでなく、令嬢と遊びたい気持ちがあるのにも気が付いている。だからこそのチャラ男呼びだったりする。


 けれど、嫌悪感を向けられた事はない。一応遊び方が綺麗だから容認…まではいかなくても、見逃してくれている感じ。需要と供給だからね。

 だけどいいじゃない。俺はきっとかなり結婚が難しい。父さんが母さんと結婚して、貴族以外にもあの家に嫁ぐと苦労すると有名になっちゃったんだもん。


 騙されたと言いつつも、根が真面目な母さんは家の為家族の為にと頑張ってくれている。大幅な減額があったとはいえ、借金が完済出来たのも母さんのお陰だ。


「このままにしていると、誰とも結婚できなくなっちゃうかもよ」


「構わないわ。無理矢理婚約させられたのに、殿下との婚約がなくなれば私だけが傷物になるんですって。…おかしいと思わない? 何で女だけ何をするにも不利な立場にならないといけないの? …色々とうんざりしているのよね。変なのと結婚するくらいなら、独身でいいわ」


 無理矢理婚約させられたという話に、少し驚いた。周囲はそうは思っていない気がする。

 裕福な伯爵家だが、歴史はそう長くはない。うちよりは当然長いけれど。

 座学、魔法、マナー、どれも優れた令嬢を王家は囲いこみたいといったところだろうか。


「そうなの? 皆が羨む王子様だよ?」

「むしろこっちが聞きたいわ。…今の殿下のどこがいいの?」


「え?うーん。俺、親しくはしてないからなぁ。見た目?」

「…馬鹿馬鹿しい」


 エイリークは本当に嫌そうに顔を顰めた。殿下の顔に興味がないのか。一般的な人の評価では、誰もが振り返るほどの美男子だと言うのに。


「で、なんで俺?」

「…殿下の趣味がいいとは思わないし、こうやって甘いものも…一緒に食べられないし」


 あ、これは顔以前に嫌われてる?殿下って趣味悪いんだ。折角の美男子なのに趣味が悪いのは残念。そう思ったことは無いけれど、お付きの人が頑張ってるのか。


「俺の趣味が気に入っているって事?」

「…それだけではないけれど、そこも重要ね」


 よくはわからないが、俺はこのままでいいようだ。それによって、王子との婚約が破棄されても気にしなくていいと言われた。

 婚約者がいる令嬢を伴うと、こちらにもそれなりにリスクはあるが、そのリスクに目をつぶれる程の素敵なパトロンだ。俺の学院生活にもはや欠かせない存在。


 というわけで殿下はお気に入りの令嬢と、エイリークは時々俺と。お互いに自由に過ごす日々が続いた。 

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