チャラ男と眠そうな令嬢
相澤
第1話 チャラ男と呼ばれて
「チャラ男、買い物につきあって欲しいのだけれど、放課後に空いている日はあるかしら?」
「今日でいいですよ。……いい加減、名前を呼んでくれませんかね?」
俺をチャラ男と呼ぶ彼女は、不思議そうに首を傾げた。
いや、チャラ男じゃなくて普通に名前で呼んで欲しいと思うのって、当然の思考だと思うんですけど。
彼女は第一王子の婚約者エイリーク。裕福な伯爵家の令嬢だ。
立場と実家の財力を考えれば、将来の為にお近づきになろうと人が集まりそうなものだが、彼女の周囲は良い意味でも悪い意味でも人が少ない。
俺の返事を聞くと、無表情だけれど微かに嬉しそうに自分の席へ戻っていった。もうすぐ授業が始まる。
彼女は基本が無表情で、近寄り難い印象を与えている。
それに加え口数が少なく、噂話や恋話など、聞いてはいても興味が無さそうに見えがち。
それは彼女がいつも、眠そうな顔をしているから。普通の顔が眠そうな顔なのだ。何と言うか、目がちゃんと開いていないように錯覚する。
ちゃんと見れば、目は開いている。長い睫毛と幅の広い二重が原因だと思う。
だけれど、話しかけている方にすれば、無理に話を聞かせてしまっているのかなどと勘繰ってしまう。
なので、彼女にたわいもない話で話しかけることに、ハードルが高いと感じてしまうのだ。
そして、たまに本当にだけれど、夜更かしのし過ぎで眠気と戦っていることがある。
誤解とほんの少しの事実で、彼女の周囲には限られた人しか近寄らなくなっている。
話し続けていれば、彼女が普通に話を聞いている事がわかるが、口数が少ないせいでそれなりに話さないと気が付きにくい。
肩書とその誤解されやすい表情などで、周囲からは敬遠されがちな人。
但し、仲が良い人とはとことん仲が良さそう。立場的にありがちな浅く広くではなく、深く狭くになっている。
婚約者である第一王子が、王妃に似た華やかで目立つ容姿をしているのに対し、彼女は茶髪に茶色い目で、他の令嬢と比べるとお世辞にも華やかとは言えない。
そのせいか、周囲の令嬢は彼女を王子の婚約者から引きずりおろせるかもしれないと期待しているっぽい。
そう思われるのには、第一王子側にも理由がある。
彼は人当たりが良く、分け隔てなく優しいと言われている。
王子としては当然の態度であると思うが、人によっては勘違いの原因にもなる。
傍から見れば平等な扱いに見えるが、もしかして特別に気に入られていて側近になれる?
だったり、もしかして私にだけ特別に優しい? と勘違いいやすい人には勘違い出来そうなくらいには優しいし、褒めてくれたりする。
単に打算で周囲にいる人もいると思うが、学院で王子がエイリークと一緒にいる所を俺は見たことがない。それが勘違いを助長させている。
華やかな令嬢に取り囲まれて、楽しげに話している様子を見ると、彼は本来華やかな女性を好むのでは? と周囲が思うのも仕方が無いのかもしれない。
実際問題として、見た目で王子妃になれる訳ではないけれど、王子の行動がささやかな希望を抱かせてしまっているように思う。
もしかしたら、見た目だけではなく中身にも自信があるのかもしれんが。婚約者がいる男に群がっている時点で、普通に駄目だと俺は思う。
しかも二人はお互いにお互いが、誰と行動していようと気にしていないようだ。
時々お互いの様子は見ているようだけれど、特に話しかけたりもしない感じ。
そんなエイリークは普通の令嬢とは少し、いや結構違う。女性が受けないような授業を嬉々として受け、意見交換や討論なども大好き。
彼女の深く狭い交友関係にいる令嬢も同じタイプの人が多い。
中には強メンタルな子もいて、延々と噂話をしている子もいるが、その子の噂話に関しては”面白い”と彼女が言っていた。
見た目では退屈そうに見えていても、本人は楽しんでいた……。
そして何故か、俺は彼女に懐かれているというか、よく話しかけられる。
こちらにも旨みがあるので最初は適度に相手をしていたが、今では一緒にいることが多い。
王立学院は国内外から王族や貴族が通う一流校で、学校の癖に無駄に装飾が多い宮殿みたいな作りをしている。
見栄による寄付合戦の結果だろうと誰かが言っていた。
国内に数ある学院の中でも入学試験が難しいことで有名だけれど、多額の寄付で入学できるという側面も持つ。
その為成績は上位者も含めて公表されていないが、エイリークは受講している全ての科目で上位を獲得していることは間違いないと思う。
話していれば様々な知識に精通していることが分かる。授業に躓いて相談すれば、的確なアドバイスも貰える。
眠そうに見えるだけでちゃんと人の話を聞き、表情も見ているのだ。当たり前のことだけど。
俺は勿論受験した。成績優秀者として授業料の免除も勝ち取っている。
俺は嫡男だが、王都から遠く離れた貧しい名ばかりの侯爵領しか持たず、とにかく貧乏。
曾祖父が王子だったが、王位継承権を子孫に至るまで放棄して、嫁と共にこの侯爵領にやって来たのが貧乏の始まり。
彼らは生活水準を下げることができず、最終的に曾祖母の実家に多額の借金を残した。
祖父は裕福な子爵令嬢と結婚したが、同じく生活水準を下げきれなかった。父は迷わず裕福な商家の娘と結婚した。
貴族の恥さらしと言われながら生活費も切り詰めまくって、つい最近何とか借金を完済した。
父の話によると、曾祖父の借金を返済し続ける俺達に同情して、大幅に減額してくれたらしい。いい人たちだ。
授業料は免除されているが、ぶっちゃけここは物価が高すぎて食事の確保で精一杯。
普通の食事で一流のシェフが腕を振るうフルコースなんていらない。美味しいけど、もっと安くて腹が膨れるものを求む!
そのせいで、授業の消耗品を手に入れるのが苦しい。魔力が宿った魔法石とかマジで高過ぎる。
しかもこの学院は奨学金制度がある癖に、金持ちしかいないと思っているのか、気軽にさくさく消費させようとしてくる。
俺は生活のためと遊びたい気持ちで、様々な令嬢と親しくした。
ランチはもちろん、放課後は誰かとデートしてディナーにありつく生活。
高いものを買ってくれれば、サービスも致します。
生活費を切り詰めて、時々は安くても何かを贈るのが長くヒモでいられるポイント。
彼女達も本気で俺と恋愛や結婚をしたいわけではなく、学院を卒業するまでのちょっとした遊び感覚。
本気で執着してくる子はやんわり遠ざけている。俺がチャラ男と呼ばれる理由。
身長も高いし、いい顔に産まれて本当に良かった。そこだけは曾祖父母の血を引いていたことに感謝します。
曾祖父母は見た目だけは驚くほどの美男美女だったのだと、父から聞いていた。
物置に肖像画が沢山残っていたらしいが、父が爵位を受け継ぐと同時に売れる物は売って、そうでない物は燃やしてしまったそうだ。
豪華な衣装に宝飾品を身に纏った絵姿は散財した象徴でもあり、腹が立って仕方が無かったらしい。
父は曾祖父母の生活を直接見たことがあるから、余計に腹立たしかったのだろう。
エイリークは俺のそんな資金難を助けてくれるパトロンの一人だったが、誉め言葉を言えば睨まれ、甘い雰囲気にもならない。
さりげなく欲しい物をねだる必要もない、そんな関係。
素でいいし、友人のように時々用事につきあって、その時に授業の消耗品などを補充してくれるありがたすぎるパトロン。
ご飯も奢ってくれる。正直エイリークが一番扱いが楽。宝飾品とかはくれないけど。
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