第5話 贅沢三昧にじゅるり

 更に後日。教職員、在校生に新入生の保護者、隣国の第二王子にその関係者、歓迎パーティに出席していた人間が全員集められた。

 エイリークの家族もいる。今日は黒くない。ただの家族だ。エイリークは相変わらず眠そうに見えるけれど。


 今回人を集めた趣旨を陛下自らが苦い顔で話し始めた。それは元々王家側からの強引な打診でエイリークと殿下の婚約が決まった話に始まり、パーティーでの殿下の発言が、あまりにも相手に対する配慮に欠けていたことなどが説明された。


 また、学院入学後は事実上一方的な王子の都合により、婚約関係が破綻していた状況であったこと。友人との節度ある交遊関係は男女関わらず王家は認めると宣言した。


 婚約解消、破棄の際は、役人を中立の立場として立ち会わせ、身分の差で不利な条件を一方的に押しつけられたり、女性が言われなき中傷にさらされることがないよう仲介、調査することとし、場合によっては希望する条件に合う婚約者を王家より斡旋することなどが語られた。


 実際陛下はあの場で、主に減額のためだと思うが、新たな婚約者を紹介する用意があるとエイリークに伝えた。

 エイリークは、強引に婚約者を取り決める王家を信用できる訳がないと言い切った。そちらに都合のいい婚約者など、かえって迷惑ですとまで。

 減額どころか更に怒りを買った。あの親にしてあの殿下あり。


 結局、伯爵家側が譲歩する条件として、王家自らが関係者へ真実を語ること、女性の地位向上に努めることになったが、僅かな減額しか認められなかった。

 賠償金等は一時金を除く分はローン払いにすることで落ち着いた。間もなく先程の事に関する法律も新たに制定されるとか。


 どうしてこんなに賠償金等が膨大な金額になったのかと言うと、今までは秘匿されていたがエイリークは数々の魔道具を世に送り出した天才魔道具師だった。

 それに目を付けた陛下と王妃様が強引に婚約を取り付け、婚約者は王家の一員という訳の分からない屁理屈で、エイリークに入るはずの特許料などを全て王家の収入にしていたらしい。


 それは人としてもダメだろう。自業自得だ。役人はとても公正だった。王家が伯爵家に借金をするというみっともない状態になったが、役人がきっちり取り立ててくれるらしい。


 エイリークはその日もご飯を奢ってくれた。話を聞いていると王子にはあまり腹を立てていないようだったので、興味本位で理由を聞いてみた。


「殿下は私が魔道具師であることも、自分の両親が私の特許料で豪遊していることも知らされていなかったの。私からも言うことは口止めされていたし。何度か会ううちにお互いの相性がイマイチな事にも気が付いたわ」

「そうなの?」


「殿下はとにかく外に出て体を動かすのが大好きな方。私は部屋が快適ならずっと引き篭もっていたいくらい部屋が大好き」

 確かに正反対か。殿下は社交性も高そうだし、パーティーとかも好きそう。


「何度か会って、婚約は取りやめようという話まで殿下から出たわ」

「じゃあ、なんで婚約を継続したの?」


「陛下たちは私の特許料欲しさに、殿下に婚約者であることを強要したのよ。だから殿下とは合意の上で、必要最低限の接触しかしなかった。いつか婚約を解消できるようにとお互い考えていたから、無理に仲良くする必要性を感じなかったの」

 学校での二人の態度に納得かな。


「結局、強引なやり方しか出来なかったけれど、お互いが望んでいたことよ。むしろあれくらいやってくれないと、卒業後に結婚させられていたと思う」

「えげつなー」


「準備が整えば殿下が発表されるけれど、今から言う話は内緒ね。巻き込まれたチャラ男には話をしてもいいと殿下に許可を得ているから」

 えっ、怖い話とかなら皆と一緒でいいかも。でもちょっと興味ある。


 陛下と王妃様は散財が趣味みたいな人たちで、二人は芸術全般が大好き。陛下は特に骨董品、王妃様は新しい芸術に目がなかったらしい。

 オークションに参加しては骨董品を買い漁り、新進気鋭の芸術家がいると聞けば支援する。二人のデートは劇場などを貸し切って演劇を見たりオペラを見たり。音楽祭も二人の為に開催されることも頻繁にあったとか。


 芸術家からしたら有難いパトロンでしかないけれど、二人はファッションも大好き。最先端の衣装に身を包み、一度袖を通されただけでそれ以後は着なかった服や、仕立てはしたものの何となく着なかった服は山の様。


 食事にも自分たちの私財を入れて予算以上に豪華にしていた。朝食はシンプルなパンだけでも最低三種類は用意させて、その日の気分で食べるパンを変える。

 卵料理も半熟の目玉焼きにオムレツ、スクランブルエッグ、肉料理はカリカリのベーコンからステーキ、汁物はスープから濃厚なビーフシチューまで。チーズは十種類以上…。


「ちょっと、涎を垂らしそうな顔で見ないで」

「すみません、つい。無意識で…」

「それくらい余分に作らせて、食べたい物を食べたいだけ食べたら終わり」


「あの、昼食についても聞きたいな…」

「本題はそこじゃないから」

「はい。すみませんでした」


 それを一日三食、午前と午後のお茶、更に夕食後の語らいの時間にまで用意する。服も宝飾品もとっかえひっかえ。


「それで、自分たちに宛がわれた予算で足りると思う?」

「俺のご先祖様的にはそれくらいの生活をしていそうだけれど…」


「多分比較にならなくらい派手よ。そんな生活が出来るような予算は当然組まれていないから、息子に与えられていた予算にまで手を出していたそうよ」


 そんな事をすれば当然注意される。そこで彼らは何処かからお金が湧いてこないか真剣に考えたらしい。もっと他の事考えろよ。

 その時、照明の特許を取ったエイリークが目を付けられた。息子と年頃も合うし、婚約させようそうしようとなって、断ったエイリークの両親を脅迫して婚約者にしてしまったそう。


 自分たちに特許料が入る様にして、エイリークや王子には全く使わず、散財を続けていた。


「それを知った王子が私に言って来たの。両親が贅沢したいが為に君の財産を食い物にしている、と。知っていたから知っています、としか答えられなかった」

「それは、ね…」


「事情を知って、顔面蒼白になって謝る殿下が不憫だったわ。彼は何も悪くないのに。自分の予算さえ親に使われていたから、服も華美な物は着ていなかったし、ご両親と並ぶとお金をいかにかけて貰えていないか丸わかりだったもの」


 それから殿下はどうやってあの両親からエイリークを解放すべきか、考えに考えた。けれど、正式な書類で結ばれた婚約とその際の契約は、殿下ではどうやっても覆すことが出来なかった。

 結局自分の両親のせいだからと、殿下が失態を演じる事になったそう。


「だから、私と殿下の関係は実はずっと良好なのよ。茶飲み友達程度と言えばその程度ではあるけれど。趣味が合わないからね」


 それで殿下は今回の事を起こした。陛下たちに気が付かれない為に女性の地位向上云々言っているけれど、実質は権力者の横暴を許さない為の法律が制定される。

 聡い人なら施行された法律を見たら気が付くレベルらしいが、陛下と王妃様は気が付かなかったとか。殿下とその協力者によって時間をかけて抜け道等がないよう、練りに練られた法律だそう。


「陛下たちは部下に裏切られたと思うでしょうけれど、引退する準備も進められているところよ。準備が整えば今回の事も公表されるわ。後は私と王子が被害者同士仲良くしていたことを知らしめて、終了の予定」

「王子なのに、お金に苦労していたんだな…」

 

「そうよ。殿下はこれ以上私にも伯爵家にも迷惑はかけられないって言っていたけれど、ある程度は支援するつもり。しばらくはきついでしょうから」

 殿下が協力してくれなかったら、エイリークは逃げられなかったと考えれば、黒オーラ一家が支援しようと思うのもわかる。


「…殿下も、私と同じ被害者なのよ」

 聞けば聞くほど、思っていたのと違ってた。殿下を馬鹿だ馬鹿だと思っていて失礼しました。

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