依頼 其ノ弐 【万華鏡】LOVE IS OVER
恋は、されど、恋
愛は惜しみなく
愛したければ愛せばいい
心がすれ違って、胸の奥が軋んだらどうすればいい?
もう傍に居られなくなったら?
別れは? どう整理すればいい?
そんなものは今はまだ知らなくていい――
人を好きになると、思いが膨れ上がって息が出来ないほどに苦しい。どうしてこんなに苦しくなるのかな。
天辺の青が、きらきらが輝く。
指先をほんの少しだけ伸ばせば、届きそうなのに。
ゆらゆらと揺れる天辺は思ったよりもとても遠い。
あの頃の私達は、まるで空に恋した人魚のようだった。夕暮れの橙も、朝焼けの紫も。すべてが美しく、儚い夢のようだった。
冬の花火の音が鼓膜を痺れさせる。冷たく今にも凍りつきそうな空気は指先と鼻先を赤く染めていく。そして、遠くの人の喜びの歓声が聞こえる。微かに風に乗って火薬の匂いもした気がする。年がはまだ明けていないのに、人は早く早くと急かすんだ。何をそんなに急ぐの? 生き急ぐように皆、真新しいことに夢中になる。そうして、迎える準備をするのです。
海の匂いと一緒に新しいモノがもうすぐそばまでやって来るよ。さっきから遠くのビルの音楽が風に乗ってこちらまで流れてくるんだ。なんて心地良い。ああ、きっとここも悪くないのだろう。
私は、ふと、そう思ったんだ
*****
「やめて、やめて! そんなに押したら僕、吐いちゃう! ぜんぶ吐いちゃう!」
まったく。さっきからリビングの俺の特等席から見える場所でコイツらはなにをやっているんだ。
リビングルームにヨガマットを引き、見たこともない筋トレマシンが何台か運ばれている。どういった意味があるのか? さっきから賢太郎が西口と揉めながら、取り扱い説明書とにらめっこをしていた。
「そんなにしたらダメですってば! ああ〜 痛い! そんなに固いものを僕に押しつけないで! いやいや、もう限界です…… 賢太郎さん……やめてくだ……さ……い ……やだ、もうやめ……てえ」
傍から聞けば、如何わしいことをしているような気分になる。こういうのを美徳というのか?
いやいや、違うだろ…… 俺。
「彰さん…… 如何わしいことは何も言ってませんから…… これは、ただのストレッチマシンです。僕の体が硬いだけですよ! 変な妄想やめてください!」
西口が賢太郎に上から背中を器具ごと押さえつけられ悶えているようにも見えるが、ストレッチマシンでストレッチしているだけのことだけで、やましいことも、悩ましいこともないのである。
「西口にびた一文、興味などない。それに、俺は女が好きだが……」
わざとらしく言葉を漏らして賢太郎が悲しそうに窓の外を見上げた。雨がいつ降ってもおかしくない空だった。
――花の移ろい、世は美しき景色。
されど、外には出られぬ、鳥籠の鳥。
嗚呼、また、あの人を待つ。
そうして今宵も月が妖艶に輝く。
鳥籠の鳥は外の世界に憧れを持つ。
約束は夢。迷いは毒を運んでくるのね。
赤い尾びれの琉金がガラスの中を美しく染めていく。優雅に飛び跳ねるといっしょに跳ねた水が玉になって踊る。
嗚呼、いっそ。私もそこで溺れてしまいたい。心もゆっくりと溶けながら底に沈んでいくの。
******
私は籠の鳥。白い壁の綺麗な空気の無駄に広い部屋。私は、ずっとずっと眠ったままだ。プールで溺れた私は、アタマに酸素が届くのがちょっと遅くて、呼吸が止まって。それからは心臓が動いているのに脳は死んじゃったらしい。
でもね?
声は出せなくても、身体が自分では動かせなくても、生きているんだよ。みんなが私に話しかけてくれているの、ちゃんと届いているよ。しっかり聞こえているよ。マッサージをいつもしてくれてありがとう。いつも綺麗なパジャマをありがとう。お父さんは毎日、会社帰りに花を持ってきてくれる。心で見えているよ。とてもいい匂いが鼻の奥をくすぐる。声が出せなくても、私はありがとうって思っているからね。
お母さんも、お父さんも、大好きだよ。
いつも本当にありがとう。
って…… 本当に思ってると、考えているの? 冗談でしょ。
貴方たちの声と心が私には見えているよ?
「いつまでこんな日が続くの?」
「……ずっとじゃないさ」
「どうして…… もう耐えきれないわ」
「世間体ってものを考えて発言してくれ」
「何よ! 嫌なことは私にばかりおしつけて」
「嫌なことって…… キミはなんてことを!」
「アナタだってそう思っているんでしょ!」
って…… 子どもの目の前で揉めないでよ。 そんなに嫌なら、もうそのスイッチを切ればいいのに。もうそんなチューブ抜いちゃえばいいのに。
なーんてね。嘘。思ってないよ。
これから先、医学が進歩して脳がコンイチハ! ってしたらいいのにね。私みたいな子が、人が助かるようにって私は祈っているよ。
ずっと、ずっとね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます