第4話 魔鏡

『第百二十三回 オカルト部 恐怖体験合宿』


 妃花の指定通りに金曜日に部室に来ると、妙に凝ったポスターが扉に貼られていた。

 第百二十三回 オカルト部 恐怖体験合宿のタイトルと共に、参加者名や日時、そしてご丁寧に伊藤潤二先生張りの絵柄で、四人の生徒の後ろ姿とそれに相対するように鏡の中で叫ぶ少女の姿が描かれている。


「もしかしてさ、これ準備してたのかな」

「えっ、マジで…」


 よくよくポスターを見ると手描きの様な感じが見受けられる。

 予想以上の出来栄えにひしひしと伝わってくるやる気が怖い。

 なにより今回の合宿に向ける妃花の気合の入り方が怖い。


「確かに描きたてっぽい質感だな。よく見ると、この後ろ姿の生徒、自分達じゃないか」

「うわ、ホントだ。このジャージの着こなし、妃花先輩じゃん」

「手描きかよ、もしかして立花先輩が描いたのかな?」

「いやいや、流石にそんなに多才じゃないだろう。美術部とかに頼んだんじゃないかね」


 扉に貼られたポスターをしげしげと見ていると、ツカツカと近づく音がし扉が勢いよく開かれた。


「早く入ってこーい!」


 勢いよく扉を開いたのは妃花であった。

 分かりやすくぷんすこ起こったポーズをして扉の前に仁王立ちしている。


「何入り口でグダグダ言ってるの、楽しい楽しい合宿なんだから早く始めようよ!」

「あ、すみません」


 妃花の勢いに押されて思わず謝ってしまう三人。

 彼女の後ろについて部室に入ると、部室内は既に合宿の用意が全てできている様だった。


「ようこそ、恐怖体験合宿へ」


 ようこそと言う形で両手を広げてこちらを見る妃花の後ろには、四つの寝袋が置かれ、テーブルの上には大量のお菓子と飲み物、それと様々な書籍が置かれていた。また、部屋の隅には段ボールに入れられたカップラーメンが山になって置かれている。


「何なんですか、これは」

「ん、何って恐怖体験合宿だぞ。言っただろ、合宿をするって」

「いや、そうですけどそうじゃなくて。てか恐怖体験合宿って何ですか」


 ミロクが突っ込みを入れる。


「ふふん、オカルト部の伝統的な行事だよ。肝試しから、百物語会談、を見に行くツアーなど、オカルト部は様々な行事をしているんだ。オカルト関係だから当然夜遅く、深夜帯がメインの行動時間になるために合宿と言う名目で泊まりこみが多くなるんだ」

「だから百二十三回なんですか」

「ふふん」


 なぜか妃花が偉そうに鼻を鳴らす。


「まあ、代々続く流れだから私が百二十三回参加したわけじゃないけどな」

「流石に去年一年でそれだけやってたら引きますわ」


 でも部活だけでなくプライベートでの行動も合わせると、それぐらい一年でやりそうなのが妃花だと思う三人。


 一夜は奥に用意された数々の物を見ながら思う。

 代々続く流れがいつからなのかは分からないが、なるほど受け継がれた伝統と寝袋がある理由が何となくわかる。

 確かにオカルトとなると深夜帯の活動が多くなるので夜食やらなんやらの用意が準備できているのも納得できる。

 入部してから隣の倉庫はあまり確認していなかったが、そこにこれらの物が詰まっていたんだろう。


「妃花先輩楽しそうですね」

「そうだな、夜は私が一番活動的になる時間帯だからな」


 嬉しそうにほほ笑む妃花は、今は背中まであるストレートの黒髪を左右で結びおさげにしていた。

 普段は清楚系の美人といった雰囲気であったが、おさげにした事により一気に雰囲気が幼くなった。

 不思議なモノだと一夜は思う。澪もだが、髪形を変えるだけで全く別の雰囲気になってしまう。髪形と化粧で別人になれる女性は実は一番のオカルトなんじゃないかと、どうでも良い事を考えていた。


「それにしても色々と本揃えてますね。三津田信三に岩井志麻子、キング、トマス・ハリスなどなど。最新のものから古典まで色々と」

「旧校舎の図書室のホラー棚から適当に見繕ってきた」


 一番上の一冊を取りペラペラと捲りながら妃花が答える。


「えっ、旧校舎に図書室あるんですか」


 活字中毒のミロクが反応する。


「あるけど立ち入り禁止だぞ」

「えっ、でも立花先輩そこから持ってきたんですよね」

「そうだぞ、私は特別だからな」


 偉そうにふんぞり返る妃花にミロクが追いすがる。


「そんな、僕もその図書館に行かせてくださいよ」

「だめだ、図書館も現場だからな。素人をおいそれと入れるわけにはいかないんだ、諦めろ」


 追いすがるミロクをすげなくあしらう妃花。

 現場とは恐らく七不思議の事だろう。其れならいつか行く機会があるかもしれない。


「まー、たまにこうやって図書館から本持ってきてやるから、それで我慢しろ」


 妃花からの提案に納得できないような顔をしていたが、とりあえず我慢したようだ。

 旧校舎の七不思議を調べる過程で入る事もあるかもしれない。

 そこまで考えて一旦矛を収めた格好になった。


「さて、実際に七不思議『鏡面の少女』を見に行くまでにはまだまだ時間がある。なのでお菓子でも食べながらオカルト部らしく色々と議論でもしようじゃないか」


 妃花が席に着き、それに釣られるように全員が着席する。

 おもむろに手近なお菓子を手に取ると、次々とパーティー開けをしていく妃花。

 慌てて澪が止めるまでに五個のスナック菓子を開封すると、足りるか? と言った疑問の表情を見せた後バリバリと口にしだした。

 

「妃花先輩、お菓子開けすぎじゃないですか?」

「そう? これくらい食べれるっしょ」

「そうですかねぇ」


 妃花のジャンク食品の食べっぷりに若干引きながら、一夜が確認する。


「ところで、まだまだ時間があるとの事でしたが、今日の七不思議の確認は何時頃やるんですか?」

「ん、ちょっと待ってな」


 そう言ってスマホを取り出すと何かを調べ始めた。


「んー、メモったんだが。あったあった。今日はな、四時半頃スタンバっとけば大丈夫だろう」

「よ、四時半?」


 スッとんきょな声を上げる澪。


「そんな早いんですか。寝不足はお肌の敵なんですけど…」

「なんだ澪、そんな事を気にしてるのか。大丈夫だぞ、無理に気にすることは無い肌をしている」

「うっさいぼけ、喧嘩売ってるのか」


 安心させようと声を掛けたつもりだったが、なぜか澪にキレられた。

 よくよく言葉足らずな事が多く、女性を傷つけてしまう事の多い一夜であるが、今回もどうやら何か言葉が足りなかったらしい。

 困り果てた一夜を哀れんだのか、ミロクが助け舟を出す。


「澪、一夜は十分澪の肌は綺麗だから気にしないで大丈夫だって言ってるんだよ」

「な、な、な」


 ミロクの言葉に顔を赤くして動揺を見せる。

 照れをごまかすためか、澪はポリポリと目の前のスナック菓子を小動物の様に食べ始めた。


「仲がいいなぁ、君たちは」

「仲良くなんてありません!」


 妃花の言葉を否定しては見たものの、その言葉に余り実は伴っていなかった。

 自分でもそれが分かっていたのか、ますます身体を小さくして照れながらスナック菓子を頬張る。


「ははは、まあいいか。ところで君たちは鏡にまつわるオカルト話を知っているかな?」


 唐突に始まるオカルト話。

 しかし入学してまだ数か月しか経っていないとは言え、オカルト部の部員である。唐突な話題転換にも関わらず、オカルトの話ならば問題なく付いて行く事が出来た。澪以外は。

 

「そうですね、有名どころでは合わせ鏡の現象とかでしょうか」

「合わせ鏡、良いね!」


 ニコニコとする妃花とは相反してぼんやりとした顔をしている澪を見て、一夜は合わせ鏡に関して解説を入れる。

 

「合わせ鏡は、鏡に関するオカルト話ではポピュラーな話題だ。やり方は諸説様々存在するが、共通しているのは有る時間帯に合わせ鏡を見ると何かが写るってものだな。合わせ鏡自体は知ってるだろ、二つないしは複数の鏡を平行或いは角度を付けて互いが写るように配置するものだ」

「自分の背中とか、後頭部を見たいときとか、手鏡を使ってやったりもするよね」


 ミロクが合いの手を入れ、澪が真剣な顔で成るほどとと頷いている。


「例えば、午前0時に合わせ鏡を見ると自分の将来の姿が見える、や、午前4時44分に見ると合わせ鏡内の13枚目に自分の死に顔が見える等など。時間や枚数などは語る人によって様々だが、都市伝説として色々語られてる訳だ」


 と一夜が話せば、妃花も続けて


「昔から鏡自体にも霊力が宿るとされている。天孫降臨に於いて天照大御神が宝鏡奉殿の神勅を授けられたり、八咫鏡などとしてご神体として祀られていたりするな。鏡が割れると不吉だとか、姿見はカバーをかけろなんて話も出てくるのはそう言った鏡の霊力に対する観念を現しているともいえるな」


 と語る。

 その流れで、ミロクも海外の話を出してくる。


「海外でも『ブラッディ・マリー』なんて話もありますね」

「ブラッディ・マリー?」


 澪がミロクに向かって首を傾げる。


「アメリカの伝承だったかな。鏡の前で三回名前を呼ぶと鏡にその姿を現すらしい。呼び方は色々とバリエーションは有るみたいだけど、基本的には長髪の比較的若い女性で、全身血まみれの恰好をして鏡に映るとされているね。見ると、気絶するとか発狂するとか言われているみたいだ」

「鏡の話題って色々あるんだね」


 それ以外にも、鏡に映る霊の存在や、鏡を使った悪魔の呼び出し方、霊体の通り道としての鏡の話題等、途中の夕食タイムを挟みながら様々な鏡にまつわるオカルト、都市伝説の話をした。

 他にも鏡をモチーフにした作品として、ルイス・キャロルの鏡の中のアリスや、江戸川乱歩の地獄鏡などの作品の話題も出たりした。鏡の中のアリスは珍しく澪も話に入れる話題で、大いに盛り上がった。

 

「やはり、鏡を効果的に使った作品で一番怖かった映画は、ポルターガイストですかね。顔を洗って鏡を見ると、どんどんと自分の顔の皮膚が剥けていって、歯もボロボロに落ちていくあの描写は今思い出しても怖いですね」

「ちょ、気持ち悪いからやめて」

「君は何歳なんだい。ポルターガイストって何年前の映画だって話だよ」


 一夜がホラー映画の話題に触れると、澪が途端に気持ち悪そうな顔をし、妃花に呆れられた。

 トビー・フーパー最高なんだが? と解せない気持ちを心に抱く一夜だった。


「そう言えば魔鏡ってありますよね。あれもオカルトなんですかね?」


 ミロクが何となく思い出したことを口にする。


「字面からオカルトと関連付けられそうだが、あれはしっかりと裏打ちのある技術だ」

「技術?」


 澪が不思議そうに首を傾げる。


「魔鏡自体はオカルトでもなんでもなく、実際に存在する鏡の一種だ。魔鏡に光を当て反射させると、その反射された光の中に絵図が浮かぶと言うのが魔鏡だが、これにはきちんとした製造方法が存在する」

「有名な所だと、三角縁神獣鏡とか、隠れキリシタンが使ってたとされる、聖母マリアや十字架を映す鏡だね」


 妃花の補足に頷く一夜。


「製造方法は口で説明するとめんどくさいので簡単に説明するが、鏡面の裏側に投影させたい絵図を刻む。その後、鏡面を研磨していくと、裏面に掘られた凸凹により微妙な圧力が加わり鏡面が傍目には分からないほど僅かに歪む。その歪みが実際に光を反射した際に絵図を投影する事になると言う原理だ」

「なるほど、良く分からないわ」

「だろうな。適当にネットで検索しろ。詳しい手順付きで解説しているサイトがゴロゴロ出てくる」


 清々しいまでの澪の回答に、説明するのを諦めた一夜。

 

「さて、そろそろ良い時間だ」


 そう言って妃花が時計を見る。

 時刻は既に二十三時を回っていた。


「明日は早いから、そろそろ寝るか。さあ、テーブルを端に避けて寝床を作るぞ」

「えっ、妃花先輩。もしかして、全員ここで寝るんですか?」


 澪が驚きの声を上げながら、全員の顔を一瞥する。


「そうだぞ、他にどこで寝るっていうだ?」

「えっと、男女別の部屋とかじゃないんですかね?」


 ちらちらと一夜とミロクを横目で見ながら恥ずかしそうに聞いてくる。


「他の部屋は埃がすごいからなぁ。それにここ以外だと出るかもしれないぞ」

「出る?」


 澪の質問に両手を四谷怪談のお岩さんの様に揺らしながら、


「幽霊が」


 と妃花が凄むと、澪は引きつったような笑みを浮かべて、

 

「あ、やっぱりここで良いです。ここが良いです」


 と諦めた。


「ちょっと、アンタたち少し離れて寝てよね! あと私よりも早く寝て遅く起きてね、寝顔見られたくないし!」

「また無茶を言う」


 澪の無茶な要求にミロクがため息を吐く。


「枕が欲しいな。澪、膝枕してくれないか。お前の太ももなら丁度良さそうだ」


 そんな澪の事はお構いなしに、よりおかしい要求を平然とする一夜。


「なんだ、膝枕して欲しいのか一夜君。私の太ももで良ければ貸すのもやぶさかではないが」

「本当ですか!」


 妃花の思いがけない提案に、一夜が喜色満面に喜ぶ。


「駄目です! 何言ってるんですか。そんなに自分の身体を安売りしないでください!」


 と澪に一蹴される。


「そうか、残念だ。それでは澪頼む」

「キモイ、さっさと寝ろ」


 澪の怒りが収まり、全員が寝入るまで三十分以上の時間を要した。



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