第3話 覚悟
「遅かったな、澪」
がっくりと肩を落とした澪が部室に入ってくる。
「遅かったじゃないわよ、あんな、あんな辱めを受けて、どんな顔して顔合わせればいいか…」
「ん、なんか言ったか?」
ぼそぼそと呟く声は、しかし一夜には届かず首を傾げるばかりだ。
そんな様子の一夜を見て、ますます澪は頬を膨らませる。
「まあまあ、澪ちゃん。はい席に着いて」
妃花が彼女の様子を慮って隣の席を勧めると、澪は大人しく席に着いた。
席に着くと目の前に自信が持ってきた箱が机の上に置いてある。
「それで、箱の中はなんか入ってたの?」
自身が棚から取った段ボールを指さし聞いた。持った感じは何も入ってなさそうだったが一応だ。
「いや、何も入っていなかった」
予想通りの回答が一夜から告げられる。
「そうなのよねー。前に整理した時にがっつり入れて仕舞ったんだけど、誰か持って行っちゃったのかなぁ」
隣の妃花が不思議そうに首を傾げた。
「整理っていつしました」
「んー、新入生が入ってくる前の春休みだから、三月末かな」
「それ以降は触ってない?」
「少なくとも私は触ってないよー」
「中身は取るけど、箱は律義に元に戻したんだね」
ミロクの指摘に一夜が続ける。
「そうなると、誰かが新学期に入ってから中身の会報だけを意図的に盗み出したと言う事か」
「えっ、盗み出したとか、犯罪じゃん!」
盗み出すと言う言葉に反応し澪が声を上げる。
先ほどの痴態を忘れるためにも、若干から元気気味に振る舞う。
「確かにそうですね。どうします、先生に連絡しますか。それと警察にも」
一夜が具体的な提案を出すも、隣の妃花は渋そうな表情をした。
一夜の提案には乗り気でないのが表情から見て取れる。
「うーん、取られたのは会報だしそれほど価値のある者じゃないしなぁ。とりあえず、オカルト部のグループメッセージに知ってる子が居ないか聞いて様子を見ようか。あまり大ごとにもしたくないし」
「そうですか、まあ先輩がそう言うなら従いますよ」
「いぎなーし」
「了解」
若干引っ掛かりはあるものの、騒ぎを大きくしないためにも妃花の一言に従う事にした。
グループメッセージ自体は後で妃花が流してくれるらしい。
「それじゃー今日は帰ろうか。何も収穫は無かったし」
「妃花先輩、一緒に帰りましょう!」
澪は妃花の言葉に同意する。
今日の失態を忘れるためにも早く家に帰ってお風呂に入りたい。
「ちょっと待ってください。先輩、肝心な事聞いていません」
席を立とうとする妃花に一夜が声を掛ける。
「ん、何だい?」
「何だいじゃないですよ。旧校舎の七不思議の事です。なぜそんなに隠したがるんですか」
忘れてたとでも言いたげにお道化た表情を取る妃花だが、一夜の真剣な表情を見て考えを改めたようだ。
「なぜ、一夜君はそんなに旧校舎の七不思議の事を聞きたいんだい?」
真面目な声音で妃花が一夜に尋ねる。
そこは確かに澪も気になった。一夜はとにかくオカルトに異様な執着を見せる時がある。
それほど長い付き合いは無いが、それでも知り合ってからその様な状況はたまに見受けられた。
今回もそうだ、ただの七不思議に対してオカルト好きと言うだけではない何かの執着を感じる。
一夜は口を開かなかった。
そこには先ほどまでの軽い空気は既に部室内には無かった。
沈黙が部室内を覆う。
時間にして一分から二分程度の事であったが、そこにいる人間には長い沈黙に感じられた。
暫くの後、俯きつつ一夜が重い口を開く。
「オカルトが好きで、一方でオカルトを好きな自分を憎んでいるから、ですかね…」
一夜はそこで一呼吸入れ、思い出すように話を続ける。
俯いたまま喋っているのでその表情はうまく読み取れない。
「実は昔、小学生の頃クラスメイトが突然行方不明になった事があったんです。クラスでインフルエンザが流行してそのまま学級閉鎖になりました。学級閉鎖後、クラスメイトの一人が突然おかしな行動をするようになったんです」
一夜の独白は続く。
「そのまま彼は行方不明になって死体で発見されました。実は彼が死体で見つかって半年ほど経った後、ジャーナリストを名乗る方と仲良くなる機会があり、色々とその事件の話を聞く機会がありました」
「ジャーナリストと仲良くなる小学生か、身体は子供、中身は大人っぽくてなかなか面白いね」
「ええ、私もびっくりです。あの人が何で私に色々話してくれたのか不思議ですが、興味深い話を聞きました」
妃花の軽い冗談も特に気にする様子も無く答える一夜。
一旦話を止めお茶を口に含む。
「詳しい話は省きますが、とても興味深い内容でした。不思議と言うかオカルトチックな話で、その話がすごく面白かった、わくわくしたんです。クラスメイトの命を奪った内容にとてもワクワクしてしまったんです」
「なるほど。そこでオカルトに興味を持ってしまった」
「はい。オカルトはオカルトとして、ただそこに有るだけで面白い。そう思ってしまった。しかし、その感情とは裏腹にクラスメイトを奪ったオカルトを楽しむ自分が許せなかった」
悔やむかのように、或いは自分を嘲るかのように口元を歪める。
「決して友人と言うわけでは無かったが、クラスメイトとしてそれなりに仲良くしていた人物が突然いなくなる。それも常識では考えられないような内容で。その現象を聞けば聞くほど、興味深く、しかしクラスメイトの命を奪ったそれを楽しいと思う自分が酷く醜いものの様に思えていたんです。なので、アレはオカルトじゃなくただの事件だったと言う事を証明したいんです。そのために、様々なオカルトを片っ端から調べ、その謎を解いて、最終的にオカルトが無くなればアレもオカルトじゃなくただの事件になる。そのために、このオカルト部に入ったんです。なので七不思議も全て確認して、単なる噂話程度の物か、それともそうじゃないのか確認したいんです」
話し終わったのか、一夜は項垂れる様にし荒い息を吐く。普段冷静な彼には珍しく興奮したように話ていた。
こんな一夜を澪は初めて見た。常に冷静だが、ぶっきらぼうで、何を考えているのか分からない、無表情を貼り付けたような顔を常にしていた一夜が、後悔の念を持ったかのように憔悴している姿は少し寂しそうに見えた。
そんな一夜を見ながら、妃花はとても嫌らしい笑みを浮かべる。
「一夜君、君凄く歪んでるねぇ」
「言われなくても分かっていますよ」
妃花の言動にため息を吐きながら頷く一夜。
「いや、咎めている分けじゃないんだよ。とても興味深い。君のその心の歪み、とても良いね。オカルトを呼び寄せそうな、すごい良い歪み方をしている」
「そうですか」
「うん、良いね。君が欲しくなった。しかしまだ駄目だ、まだ覚悟を確認できていない」
本当に面白そうな、心の底から楽しんでいると言った笑みを浮かべ何事か呟く妃花。
妃花がつぶやき始めてから、急に場の空気が変わった。
先ほどまでに沈痛な思いが揺蕩うような暗い雰囲気では無く、暗くもしかし怪しい雰囲気が醸し出されてきた。
「ひ、妃花先輩?」
澪は隣に座る妃花の様子が変わったことに少し怯えた様子で呼びかける。
「良いかい、まだ大丈夫だ。まだ戻れるよ。それでも聞きたいかい?」
「戻れるって…、何がですか?」
ミロクが場の空気と妃花に押された様に震えた声で聞き返す。
「何もない、正常な生活にだよ。ここから先は未知への領域、君たちが知らなかった本当のオカルト領域だ」
ゴクリと誰かの喉がなった。
「本当の?」
「本当の、本物の、真実の、オカルトだ」
澪ですら場の空気に押されて軽口を挟めないでいる。
「良いかい、大丈夫かい、今ならまだ戻れる。今すぐこの部室から出ればまだ間に合うよ」
一夜は立ち上がらない。彼には覚悟があった。
ミロクは立ち上がらない。彼には興味があった。
澪は立ち上がらない。彼女には憧れがあった。
それぞれ理由は別だったが、席を立ちあがる者は一人も居なかった。
「君たちの意地は見せてもらったが、安心したまえ。怖がらせるような事を言ってしまったが大丈夫、ここはオカルト部だよ。ちょっとした怖さのスパイスだよ」
そう言うと妃花の雰囲気が変わる。
いつもの優しい先輩の姿に戻ってており、何気ない放課後の部室の空気にに戻っていた。
「も、もー。妃花先輩怖がらせないでくださいよ」
「はっはっは、ごめんごめん」
ちょっとむくれ様子の澪の頭を撫でながら妃花は笑う。
そして軽い口調で妃花は言った。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
一息ついて妃花は軽い口調で続ける。
「実はね、旧校舎の七不思議は全部本物なんだ」
*
からからと自転車を押す音が暗闇の中に響く。
学校からの帰り道、一夜とミロクと澪の三人は駅へと続く道を歩いていた。
一夜と澪は電車通学、ミロクは自転車通学だ。
「なんか怖かったね」
「ん、先輩か」
「うん、いつもと違う感じでなんか別人みたいに見えた」
自転車を押すミロクが答える。
「まあ、立花先輩は入学当初からぶっ飛んだ感じだったからな。今更な感じであまり驚かなかったかなぁ」
「確かにそう言われれば。部活紹介見て私も妃花先輩に惹かれたし」
入学当初の部活紹介のパフォーマンスを思い出す。後世に語り継がれる様な内容だったが、破天荒過ぎて結局一年で入部を決意し、部活にまともに参加したのはここに居る三人だけだった。
幽霊部員が多数存在すると言う噂もあるが、誰が幽霊部員だかは実は三人は知らされていない。
「それにしても一夜、先輩の話どう思う?」
先ほどから考え事をしていた一夜は、ミロクの質問に顔を上げると妃花の言葉を思い出す。
「ん、ああ。旧校舎の七不思議が全て本物だってやつか」
「そうそう、七不思議が本物って、本当にトイレの花子さん見たいな幽霊? が居るって事なのかな」
澪も興味津々に聞いてくる。
「どうだろうな。実際にこの目で確認しないと何とも言えないな。今週末に分かるだろう、本当かどうか」
妃花先輩から言われた内容を思い出す。
--
「実はね、旧校舎の七不思議は全部本物なんだ。だからおいそれとは教える事はできないんだ。でも君たちは旧校舎の七不思議を知りたいと言う。それじゃ仕方がない、教えよう。しかしただ教えるだけじゃ詰まらない、何せ私たちはオカルト部だからね」
そう言って妖艶にほほ笑むと、妃花は七不思議の情報を少しだけ三人に伝えた。
「まずは一つだけ教えよう。七不思議のタイトルは『鏡面の少女』。旧校舎第一棟の東西に延びる廊下の東端にある全身鏡に特定の時間だけ少女の姿が映りこむことがあると言う。物悲しそうなその姿は、まるで死してなお恨みを持つ霊体の様でもあり、白磁の如き白い肌は死者をそのまま鏡面に塗り固めたかの様である。少女はこの世の悲しみを全て内包し、少女を欲するものはその悲しみを全て受け、死者の国に連れていかれる」
「もちろんこの話はあくまで七不思議としての噂だ。真実は君たちに確認して貰いたいと思っているよ」
妃花はそう言ってスマートフォンを取り出すと、何かを確認し始めた。
「と言うわけで、そうだな。今週末が良さそうだな。明後日金曜日、部活動の一環で部室に泊まるから準備しておけ。安心したまえ、夕食は秘蔵のカップラーメンが各種取り揃えられている。それに寝床は代々受け継がれている寝袋があるから大丈夫だぞ」
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一方的にそれだけ言うと、妃花は高笑いをしながら部室を去って行った。下手に美人であるので高笑いがよく似合う。イブニングドレスなどを着ていたらどこかの貴族にも見えるかもしれない。現実はジャージだが。
「それにしても当日まで部活中止ってなんでだろうね」
妃花が最後に部室を出る間際に付け足した注意事項だ。
「何か準備があるんじゃないの?」
ミロクが答える。毎日のように安らかな読書場を求めて部室に行っていたミロクにはこの注意事項は結構な打撃だろう。この間はさっさと帰るか、図書館に籠るかもしれない。
「準備が有るって事はやっぱり何かトリックとか有るのかなぁ」
「さて、先輩があまりそう言うことをするようには思えんがな」
「やっぱり当日にならないと分からないかー」
学校から駅までは一本道であるがそこそこ距離がある。
意外と街灯の少ない通りはもう既に夕暮れを抜け、暗闇が覆い尽くそうとしていた。
すでに周りに生徒はおらず、一夜達三人が校門を抜ける時には校内にはすでに生徒は居ないようにも思えた。
「ところで澪は泊まりとか大丈夫なのか?」
「ん、大丈夫じゃないかな。うちの両親そう言うの何も言わないし。お兄ちゃんがめんどくさいかもしれないけど、妃花先輩も居るし何とかなると思うよ」
「ああ、零さんか。あの人シスコンだからな」
「何、一夜は会った事あるの?」
「ああ、同じ中学だったからな。そういや体育祭とかしれっと保護者席に居たりしたなあの人」
「お兄ちゃんあの時わざわざデカいカメラ持ってきたりしてちょー恥ずかしかった」
一夜と澪は同じ中学出身だった。
小学校は別で、一年、二年の間は特に親しく無かったが、中学三年の修学旅行時に起こった或る事件が切っ掛けで親しくなった。もちろん事件とはオカルト関係であり、あながち妃花が言った一夜がオカルトを呼び寄せると言うのは間違いでは無いのかもしれない。なんだかんだオカルトがらみの出来事に巻き込まれている気がする。
「それにしても、一夜が小学校の頃あんな体験してるとは知らなかったよ」
「そりゃ言ってないからな」
「そう言えば私その事件聞いたことあるかも。隣の小学校でなんか同い年の子が居なくなったとか殺されたとか聞いたかもしれない」
昔を思い出しながら澪が口にする。
「そう言えばあの頃なんか連続殺人事件とか無かったっけ?」
「T島町猟奇殺人事件か、結局あれ犯人捕まってないよな」
「あー、あったなそんな事件。当時集団下校とか色々やってた記憶があるな」
チリンチリン
不意に前方の暗闇から一台の自転車が飛び出し、一夜に向かってくる。。
「うぉ、危ない」
危なく轢かれそうになった一夜がとっさに横に避けると、自転車はそのまま走り去っていった。
「なんなのアレ、危なくない。大丈夫だった?」
「なんか突然出て来たよね、無灯火だったし」
澪が一夜を心配するように声を掛け、ミロクも心配している。
一夜は自転車が走り去った方向を見ていた。乗っていたのは女子高生だった様に見えた。一瞬の事だったので顔までは確認できなかったが、自分たちが通う高校の制服を着ていた事は確認できた。
彼女はどこに行ったのだろう。この先は高校しかない。高校の先は山道に入っていく。こんな時間に女子高生が山道に入って行くとは思えなかった。
かといって既に校門が閉まった校舎に何の用があるのだろう。忘れ物を取りに行くにしてはこんな時間だ、明日の朝では間に合わない何かが必要なのだろうか。
そもそも、あの生徒は顔が有ったのだろうか。暗い闇だけがそこに無かっただろうか。
「なあ、二人とも今の見たか」
澪、ミロクの二人に声を掛ける。
今見たものを彼らはどのように考えるだろうか。
「危なかったよね、一瞬だからあまり見えなかったけど、うちの制服だったかな?」
「何年生だろう、次会ったら文句言ってやる!」
二人の表情を見て一夜は思い直す。
「自転車に乗ってる女性の太ももって、いいよね」
「えっ?」
「ペダルを踏み込む時の緊張した太ももの筋肉の感じと、逆脚の弛緩した柔らかい太もものコントラスト。それが交互に現れる姿はまさに芸術品だろう」
「一夜、さっきの一瞬でそこまで見ていたのか」
「ちょっとキモイー」
ミロクの呆れたような表情と、澪の気持ち悪そうな表情が一夜の方に向く。
「そうだ澪、ちょっとミロクの自転車に乗ってくれないか。澪の太ももの動きを正面から確認したい」
「一夜キモイ! 正面からとかぱ、パンツ見えちゃうじゃないよ」
スカートを手で押さえながら、嫌な顔をして一夜を見下す。
「大丈夫だ、澪のパンツには興味はない。太ももが見たいんだ。左右で揺れる太もも、座面近くで擦れる内太もも、それを真正面から観察したい」
「ミロクー。コイツキモイんだけどなんか言ってやってよ」
澪はミロクに助けを求めるが、肝心のミロクは笑いながら、
「いいじゃん、乗ってあげなよ。正面から見たいって言ってんだから、そのまま轢いてあげればいいんだよ」
と適当な答えを返してくる。
「轢いてくれて構わないぞ。最後まで太ももを堪能できるなら、それぐらい我慢しよう」
「ちょっとコイツキモイんだけどー」
澪の叫び声が暗闇に響いた。
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