箱と箱と箱と箱
北谷 四音
箱と箱と箱と箱
気が付くと私はここにいた。どうしてここにいるのか、どうやってここへ来たのか、それまでの記憶は全くない。横たわっていた体を起こし、現状把握に努める。まず、ここを一言で形容するならば、それは「白」である。見渡す限り、白。私の脳は未だ冴えず、靄がかかったようなぼんやりした状態であり、状況はつかめない。
辺りの調査が必要である。そうして立ち上がった私の体は妙に重い。広さは一般的な学校の教室くらいだろうか。あるいはもっと広いかもしれない。壁はあるが、窓や戸はない。つまり、人が出入りできるような場所はないのだ。手を伸ばしてジャンプしてみるが、私の手は何物にも触れず、空振りであった。もしかしたら、天井などはないのかもしれない。有益な情報は得られぬままだが、一つ分かるのは、私は箱のようなものに閉じ込められているということだ。
ふと視界に白以外のものがちらついた。前方に黒いスクリーンが現れていた。確かに先程まではなかった。その奇妙なものへと手を伸ばし、触れようと試みるが、それは叶わなかった。私の手はスクリーンをすり抜けていったのだった。その時、ザーと気味の悪い音声とともに「砂嵐」が流れた。私が狼狽えた一瞬の後、それに鮮明な映像が映った。
たった今産まれたばかりの赤ちゃんが元気に泣く。息を切らした母親はどこか達成感に満ち溢れ、出産に立ち会った父親の頬には、キラキラと雫が伝っていた。助産師は、元気な女の子ですよと言って赤ちゃんを抱きあげた。
赤ちゃんはとても可愛くて、まだ見ていたいと思ったが、その映像はどんどんと進んでいってしまった。
彼女は四つん這いを経て立って歩くようになり、やがて幼児と呼べるような容姿になっていた。これは、彼女の成長過程のようだ。彼女はすくすくと育っていった。小学校でも中学校でも高校でも、多くの友だちに囲まれ、とても楽しそうだった。彼女はこれから未来ある幸せな人生を歩んでいくのだろうと私は思った。
しかし、彼女の人生は唐突に終止符が打たれたのだった。
高校二年生の時のことだ。学校の帰り道、彼女は信号待ちをしていた。そこに制御不能となった猛スピードの車がやってきて――彼女はスマホの画面に見入っていて、気づいた時にはすでに遅かった。――彼女を轢いていったのだった。余談だが、この時運転手は心臓発作を起こし、死亡していたようだった。
頭に鈍い痛みが走って、私はそれまでの記憶を取り戻した。頭にかかっていた靄は晴れ、私が置かれている状況をはっきりとさせた。
彼女は、私だったのだ。今見ていたものは、誕生から車に轢かれて意識を失うまでの、私の人生である。だとしたら、ここはきっと……私の意識の中だ。スクリーンの向こうの私とここにいる私はリンクしているようで、先程から息が苦しい。心臓を締め付けるような痛みと不明瞭な視界の中、私は物語の続きを静かに見届けた。
救急搬送された彼女もとい私は現在、手術台の上に横たわっている。駆けつけてくれた私の家族は、今にも泣きだしそうな顔で、私を見守っていた。しかし、心電図の波形は緩やかな曲線から直線になり、耳を劈くようなピーーという音が鳴った。
医師が家族に「ご臨終です」と告げたのを聞き、ワタシの意識は、途切れた。
――暑い。ここはどこだろう。真っ暗だ。体の自由は利くようである。少し体を動かすと何かにぶつかった。どうやら私は、私より一回り大きな箱の中に閉じ込められているらしい。
それにしても、ひどくアツい。
……あれ? 熱い?
私は漸く状況を理解した。もう遅いと分かっていても叫ばずにはいられなかった。
誰か助けて! 私はまだ生きて――……。
身を焦がす灼熱の中で私の意識は途切れた。
気が付くと私は妙に心地よい液体に揺蕩っていた。どうしてここにいるのか、どうやってここへ来たのか、それまでの記憶は全くない。
「もしもーし、パパですよー」
不明瞭だがどこからか声が聞こえてきた。返事をしようにもなぜか言葉を発することはできなかった。少し体を動かしてみる。
「あっ! 今お腹蹴ったわ!」
今度の声は、まるで私の内側から聞こえてくるような変な感覚。
――私はまた箱の中にいた。
箱と箱と箱と箱 北谷 四音 @kitaya_shion
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