第8話 店長
小テストは最後の悪あがきのおかげでギリギリ合格できた。
当の本人はギリギリ不合格で今、居残り補習を受けている最中だ。
「頑張ってね!」
と応援してあげたのに
「裏切り者〜」
と悔しそうな顔をしていたユリナを見捨て、私は帰宅の最中だ。
今からの予定は、行ってもいいと思う大学を何個か見つけること。
来週までには決めろと学校の先生に言われたのでもう猶予もない。割り切って取り掛かることにする。
もうテキトーに決めても、なるようにしかならないし、みんなそうやって、生きていけてるんだから別にそれでいい気がしてきた。
前まであんなに意固地になっていたのは、ただ引っ込みがつかなくなっていただけなのか、正直、自分でもわかんなくなっていた。
電車から降り家へと歩く。
私の家の真ん前で自転車にまたがりながら、スマホをいじっている人影が見える。
「エミカ先輩?」
「セナちゃん!どうしたの?」
先輩が自転車を降り私に駆け寄る。
「え?」
「えっ?てセナちゃんがバイト飛んだって店長いってたから、なんかあったと思って」
そういやバイトのこと思いっきり忘れてた。
飛んだから勝手にやめたんだってなると思っていた。
過去にもそういう人たちいっぱいいたし。
心配してわざわざ家まで来るなんて思ってもいなかった。
「なんかあったの?」
先輩が本気で心配してくれることに、バイトを飛んだ言い訳を考えるより申し訳なさの感情が膨らむ。
「何にもないです」
「バイトで嫌なことあった?」
「バイトは関係なくて……」
「私かな?」
「いや本当に何にもなくて……ただなんかもう面倒臭くて、いいやってなっちゃって、一回飛んだから行きにくくなって、その」
もっとマシな言い方はなかったのかと自分でも呆れて来る。
見損なわれるんだろうな。
もう二度とエミカ先輩に口聞いてもらえないだろうな。今更、後悔が浮かんで来た。
「良かった〜!!」
予想外の言葉にポカンとしてしまう。
「え?」
「いや、前相談受けた時にね、テキトーに考えたほうがいいみたいなこと言ったから真剣に悩んでる人にそれはなかったかなって後になって思って。もしかしたら私が原因かもみたいな。」
「それは全くないです!先輩の言葉ですっごい楽になれましたし。本当になんか私の気分的なアレで飛んじゃって、ごめんなさい!」
「泣くな泣くな、いや〜私のせいじゃなくて本当よかった。今日バイト入ってるでしょ今から行くよ」
「え、でも」
「大丈夫大丈夫、私に任せなさい」
私は言われるがまま先輩の自転車の荷台に座りそのままニケツでバイト先に運搬された。
「ほら行くよ」
「でも、私」
「いいから、いいから」
問答無用で店に入れられる。
「店長〜セナちゃんが戻ってきましたよ!」
割とイケメンと顔面偏差値の評判はいいが、いつも少しだけ眠そうというか気だるそうな顔をしている。
少し残念な店長が、座っていじっていたパソコンから目を離し、こちらを振り返る
「お前が無理やり引っ張ってきたようにしか見えんが、大丈夫だったかセナ」
「いや、あの、本当にごめんなさい」
「バイト続けてくれるのか?」
「……いいんですか? 私、本当に何にも理由なくて飛んで迷惑かけて」
「何にもないならよかったよ。いやよくはないんだけど、むしろ続けてくれたほうが助かる。セナちゃんがいないと目の保養ができなくなるからな」
「私もいるじゃないですか!」
「鏡を見てから言え」
「ひど〜」
「ま、冗談はさておき、店長として言うと、基本的に飛ぶことは迷惑なことだし働くにあたってしてはいけません。二度としないように」
「はい、もうしません。御免な 「ただ」
謝ろうとすると店長の声に遮られる
「俺としていうと、君らの時期ってさ、青春真っ只中で人生でいろんなことを吸収できるしいろんな経験をしとくべき時じゃん。いいことも悪いことも」
ふっと優しく笑いながら言葉を続ける
「悪いことだとしてもいい経験になったり、いい思い出にもなったりするからさ。今のうち、色々やっとくべきだと思うよ。」
少し恥ずかしそうに頬を掻きながら、にっこりする店長
「ねっ言ったでしょ大丈夫って、私なんて何回無断欠勤したか」
「自慢にならねーよ、一応ダメだからな?もうしないでくれよ、とくにエミカ」
「えー私ですか!?自分だってするくせに」
「俺はちゃんと連絡いれるぞ」
「前、私が電話かけるまで寝てて結局やすんだじゃん」
「あれは本当にしんどかったんだって、無理はいけない」
ポンと先輩に肩を叩かれる。
「店長ですらこんな感じだから大丈夫だよ!」
「オーナーには内緒で頼むなガチで」
「はい、ほんとにごめんなさい」
「まー息抜きも大事だし、まあ、無断欠勤はやめよう、心配にもなるしな、これはルールだ今決めた!」
「えー厳しすぎ」
「いや先輩それが当たり前です」
「セナちゃんに裏切られた〜」
「セナちゃんに軽蔑されたくなかったら無断欠勤しないことだな」
「連絡入れればいいんでしょ余裕余裕」
私が飛んだことはもうサラッと流れてしまった。
いいのかなって罪悪感が少し残ったが、いい人達に恵まれていたことを自覚できたし、もう無断欠勤はしないと思う。
私はこんな居心地のいい場所、いい人を無駄に手放そうとしていたんだと思うと、ほんとなにやってんだろって感じだ。
「さー仕事するか」
そう言って立ち上がり伸びをした店長
「はーい」
「はい」
あくびをしながらスタッフルームを出る店長の背中を追いかけた。
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