4月花見。

 お花見をしよう。そう言ったのは、ご主人さまだった。珍しいこともあるもんだ。なんて、思いながら外で食べるお弁当を私は今、作っている。

「ご主人さまは寝てても良かったんですよ。」

隣りで眠そうに目を瞬かせながら、ご主人さまはおにぎりをその大きな手でぎゅっぎゅと握っている。明らかに指の間から米粒がポトポト落ちているが、それを指摘するべきか本人が起きるのを待つか。

「うーん、でも、俺が行きたいって言ったわけだし・・ねえ。」

私の大好きなふわふわの綿飴のような髪が、寝起きアピールするようにいつも以上に跳ねている。私は思わず背伸びをしてその乱れ髪に触れようとした。

 あまりに近すぎると錯覚してしまうことがある。

自分の手が、おにぎりを握っていることに気づいて髪に触れることはしなかった。それでも、私の脳裏には一瞬だけ、ふわふわの髪を撫でてあげると嬉しそうに猫のように切れ長の目を三日月のように細めるご主人さまの姿が浮かんだ。

「他に何を入れますか?卵焼きと、タコさんウインナーでいいかな。」

「うん、そうすると野菜がないか。」

「野菜?あぁ、じゃあ、サラダとか?ポテトサラダならすぐ作れるから。芋とハムときゅうり。それから、にんじんと玉ねぎを冷蔵庫から出して。」

「はあい。」

起きろ。思わずそう言ってしまいそうなくらいに眠たげな甘えた声で返事をするとご主人さまはもそもそとその大きな体をちょこちょこと移動する。その間におにぎりに海苔を巻いてしまう。海苔で覆ってしまえば、形なんてそうそうわからない。

「はい、これね。」

「・・・やっぱり、ご主人さま、寝てていいよ。」

「え?なんで?」

「だって、これ・・・さつま芋だよ。普通ポテトサラダって言ったらじゃが芋でしょ。」

普段が普段、しっかりしているだけにこのギャップは目に余る。いや、普段もしっかりしていないことのほうが多いのだけど。いや、本当に外にいるときの普段はしっかりとしているのだけど。家にいるときの普段は、髪型と同じくらいにふわふわだ。

「あれ?俺、もしかして寝ぼけてる?」

「はい、もしかしなくても寝ぼけてる。」

ずっと高いところにあるご主人さまの顔が、へにゃりと情けなく崩れた。困ったように笑うから、私もつられて笑ってしまう。

 錯覚というのは、本当に怖いものだ。

私は、そのまま綺麗に洗い流した手でご主人さまの綿飴みたいな髪をよしよしと撫でた。気づいたときには、目の前に嬉しそうに細められた切れ長の瞳があった。

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