三月 餃子

 はい、これ。そう言って渡された袋を開けると、中身は思った通りのいつものあれだった。

「ご主人さま、またこんなの買ってきて。しかもだんだんと、チョイスが変態じみてきている。・・・怖いよう。」

「かわいいでしょ。見た瞬間に、これだ!!って思ったんだよ。」

成人過ぎた良い男が、ネコ尻尾を見つめてこれだ!って思うとか、この人本当に変態なんじゃないだろうか。

「とりあえず、ありがとうございます。」

「うん。じゃぁ、付けて見せて。」

「・・・はあ、」

言われるままに、尻尾をつければご主人さまは満足そうに笑って、ぱちぱちと手を叩いて喜んだ。

本当にこの人、変態なんじゃないの。

「似合ってる、かわいい。かわいい。」

「そいつは、どうも。」

外すのも面倒なので、私はそのまま夜ご飯の支度をすることにした。キッチンを動き回るたびにお尻に、何かが動いて触れる。時折、太ももにざわりと当たるから、虫かと思って叩いてしまう。全く厄介だ。

「はは、何か本当にネコみたい。自分の尻尾にじゃれてるね。」

「・・・にゃー」

本当にネコなら良かったのに。

そう思って口から出した鳴き声に、ご主人さまは目を細めて口元を三日月にして笑った。

「じゃあ、できたら呼んでね。」

「はい。」

今日は餃子にしようと思っていたから、皮を出して、作っておいた種を冷蔵庫から取り出す。太ももに当たる尻尾はだいぶ気にならなくなってきた。そう、今は餃子が一番だ。

「うまくつつんで、ぎょーざくんっ、うまくつつんでぎょーざくんっ」

黙っているのはつまらないので、歌を歌ってリズムに乗るように身体を動かしながら、できた餃子を皿に並べていく。

形は悪いけれど味はいいはずだ。家にいた頃に何度か作ったときは、とても好評だった。

「・・・楽しそう。」

「餃子作りは、包みが肝心です。」

「おお!!綺麗な餃子がある!美味しそう!」

「まだ焼いてないから、今食べたらお腹壊すと思うけど。」

すぐ隣りにやってきたご主人さまが大きな背をかがめて、嬉しそうに目を細める。大きな手と長い指がすっと伸びてきて私の前にあった白いペラペラの皮を一枚、はがす。それから、私の手元を覗き込むと真似をするように手のひらに皮を広げ、種をスプーンで掬い、真ん中に落とす。

「これ、何が入っているの。お肉と・・ニラ?」

「あと、キャベツとニンニクと生姜。」

「へえ、そんなにたくさん入っているんだ。」

ひだを作るように、ご主人さまの大きな手がちまちまと指を動かす様がなんだか笑える。

「あれ、なんだか広がるんだけど。」

「あぁ、それは水をこうしてここに、つける。」

ひだに、すーっとなぞるように水をつける。ほんの少し色が変わったそれはもう一度触れれば指に張り付く。そうして剥がれたら、もう二度とは同じような力では粘らない。

 男と女みたいでしょ。

いつだったか、一緒に餃子を作っていた母がそう言っていた。あの時、母は一体どんな表情をしていただろうか。

それを思い出した私は、今、どんな顔をしているだろうか。

あの時と同じように無邪気な子供の顔をしているのか、それとも。

「おお、できた。中々、いいんじゃない?」

「・・・・具が少なすぎて、なんだかワンタンみたい。」

「えー・・そうかな。」

自分で作った餃子を、そっと皿に乗せ嬉しそうに愛しそうに指で突く。子どもみたいな顔。

具が多すぎて閉じなくなるよりはいいか。未だに私だって餃子の中身のちょうど良い量なんてわからない。ただなんとなくの目分量だ。

「・・イモムシ餃子。」

丸々と太った緑が入ったこれを、母はそう呼んだ。

「あぁ、確かに。これ、芋虫みたいだなあ。」

かわいーなんて隣りで二つ目のワンタン餃子を製作しているご主人さまの低い声が言う。

 帰りたいなんて思うわけじゃなく、それでも私の帰る家はあそこしかないんだと、漠然と感じた。

 「うん!!うま!すごい、美味しい!!」

「それは、良かったです。ビールとも合うらしいですよ。」

ご飯となめこの中華風スープを机に置くついでにと、冷蔵庫から出してきたビールを渡すとご主人さまは大げさに喜んでみせる。

 整った顔が子どものように笑う。

その笑顔を見れなくて、見たくなくて視線を逸らして芋虫餃子を見る。大きな皿に並べられた餃子。

ほんの少し、いや、けっこう焦げが目に付く餃子。キツネ色ってなに。キツネはみんな同じ色してるの。そんなわけないでしょ、象だってキリンだって色は微妙に個体差あるんだから。一丸にキツネ色っておかしいでしょ。

「大丈夫だって、このくらい色が濃いほうがパリパリしてて美味しいから。」

「・・・キツネ色です。これは、キツネ色なんです。」

「そうだよ。俺が知っているキツネもこんな色してたもん。」

この人、馬鹿じゃないの。

何度も思って、だけど口に出せない言葉がまた、頭のまわりをぐるぐるまわる。

この人、ばかじゃないの。

優しく、温かく、細められた目が腹立たしくて焦げが多そうな餃子を口に放り込んだ。

家で作ったときと同じ、私にとっては

苦くて、まずい。

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