二月 バレンタイン。
ドロドロと溶けていく茶色を見つめて私は、自分の胸に尋ねることをしない。
「この世には、義理チョコという便利なチョコがあるんだ。そう、これは、それだ。」
誰もいない台所に立ちながら、私は買ってきた板チョコを電子レンジに入れて溶かす。湯せんで溶かすと面倒だから、私はチョコを溶かすときはいつも電子レンジだ。
好きな男の子なんていたことはなかった。当たり前だが、好きな女の子だっていなかった。私には、好きな人なんて存在したことすらなかった。それでも、毎年バレンタインにはこうしてせっせとチョコを買って手作りのお菓子を作っていた。想いなんて込めたことはない。ただ、レシピに書いてある通りに材料を揃えて調理するだけ。それだけ。
「バレンタインなんて、ただのチョコを作るイベントなんだ。私は、まんまとメディアに踊らされている一般的な人間だ。」
誰に言うでもなく私の口はペラペラと次々言い訳めいた言葉を紡ぐ。何に対しての言い訳なのか。誰に対しての言い訳なのか。わかりたくないし、わからないから考えもしない。
「あとは、これを冷蔵庫で冷やしましょう。・・・多めに作ったから、残念なイケメンにもあげましょう。ラッピングもしてあげましょう。」
何かを作るのは、好きだ。料理もお菓子も、材料を揃えて下ごしらえをして、そうしてバラバラだった点を繋いで線にしていくように、一つの食べ物を作り出す。私にしては、生産的な誰かが食べる物を作る。その作業は、どちらかと言えば好きだ。
だけど、自分で作った物を食べるのはあまり好きではない。
「ご主人さまと残念なイケメンと・・・あ、あとマスターにもあげよう。日頃のお礼に。」
私が作るものは、いつも私以外の誰かのためにあるものだ。私は、私のために何かを作ったりはしない。私が作ったものを私はほしくない。だとしたら、私はいったい誰が作ったものがほしいんだろうか。
私が欲しいものは、誰が作ってくれるんだろうか。
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